10 よその冒険者と遭遇しました。
無事に森を抜けました。
顔に当たる柔らかい光に目が覚める。直後に感じるのは硬く冷たい感触と腰を中心とした体の痛みに目を細める。何事かと思って見渡せば見慣れた宿ではなく石と森、そして
『おお、目がさめたか。ちょうどよいころ合いじゃな。』
自分を見下ろす霊・・・。
『ぎゃあ、寝起きに祓おうとするな。』
「ああ、ごめんー。」
とっさに祓おうとして、直前で相手がエミリーであることに気づいて引っ込める。そうだった、昨日の朝には街を飛び出し、夜は森で眠りついたのだと思い出し、今度こそ俺は目が冷めた。
「ああ、体痛いー。」
起き上がり、身体を伸ばす。野宿なんて久しぶりだったが、面倒がらずに寝床を作るべきだったかもあしれない。そんな苦情を言う体をほぐすために動かしていると、門に明かりがついていることに気づいた。
『あれは、魔動ライトじゃな。周囲の微弱な魔力を吸収し、一定周期で光る。おそらくは、日の出を知らせるための灯りじゃ。』
俺の視線に気づいたエミリーがそう解説してくれた。これも古代文明の遺跡らしいけど、街にある松明や街頭とよりも光が柔らかく、目に優しい。持ち帰れば高値で売れそうだけど、古代文明の遺跡の設備は頑丈過ぎて、取り外しが困難と聞いたことがある。
「古代文明ってすごかったんだなー。」
『今となっては使う者も残っておらんがな。さて、お主、歩けそうか?」
返事代わりに焚火を足で始末し、毛布を鞄に積める。朝食は歩きながらでいいだろう。ここは魔物の生存圏、のんびりとはしていられない。
『この街道は、南部のプロスキー平原とお主の居た街ヴォルロート、かつてヴォルロードと呼ばれた街を繋ぐ重要な補給路じゃった。』
「その割には中途半端だねー。」
『悲しきかな、かつて街や村があった場所は森に呑まれてしまったのじゃ。人間側も何度か奪還を試みたが森の魔物の勢いを止めることは叶わずにとん挫した。やがて、森の中で道を維持するぐらいならそれぞれの街で何とかしたほうがコスパが良いと言う結論となり、この街道も放置されたわけじゃ。」
再びはじまる歴史な話を聞きながら、街道を歩く。森と違って非常に歩きやすい。足元はデコボコしていないし、木がないので日が差して明るい。魔物の脅威がありながら、一部の傭兵が近道として利用しているのも納得だ。どういう原理かはわからないけど、魔物の気配もない。
『とまれ、魔物じゃ。』
「あれー。」
言われて周囲を見回すが、森に変化はない。刺激が揺れる様子もなければ匂いも。
「がああああ。」
「おお、マジか。」
と思ったらエミリーの指さした先から茶色い塊が飛び出してきた。慌てて避けようと身構えるが、俺にたどり着く前に前にエミリーが手をかざすとそれは空中で止まりそのまま街道に落ちた。そのままエミリーが森に手を向けると、茂みががさがさと音を立て、そこにいた何かは遠ざかっていた。
「ホーンラビットかー。気づかなかったー。」
『これは斥候じゃな、それがやられたと分かれば、しばらくは安全じゃ。」
塊は犬並みにデカいウサギだった。薄茶色のふんわりとした毛皮につぶらな瞳と、とてもかわいいらしい見た目なのだが、額から伸びるネジくれた角が全てを台無しにしている。ホーンラビット、わりとどこにでも現れる魔物だ。
こいつは、可愛らしい見た目だが、ともかく獲物を油断させることがうまい魔物だ。
まず隠れるのがうまい。地面に掘った小さなな穴や茂み潜み気配を消し、姿を見られたときはすぐに逃げる。気づかずに近づいたり、その姿を見たりして相手が油断したタイミングを見計らい、今のように飛び出して攻撃してくる。また、常に複数で行動し、仲間の死すら相手を油断させるために利用する。先んじて攻撃して返り討ちにあった味方の死体を見て、油断させたとことを、急に飛び出してご自慢の角で獲物を貫くのだ。倒しきったと思って、死体を回収しようとしたところに一撃もらうというのは、新人の傭兵の死亡原因のトップ10に入るらしい。生きて遭遇するのは初めてだった。これで俺も新人卒業ということだろうか?
『お主、まじで街っ子だったんじゃなー。これを機に魔物と対応する心構えを養うのじゃな。わっちがおらんかったら死んでたぞ。』
「だねー。」
声をかけられなかったら、死んでたわ。油断せずに行こう。
ホーンラビットはエミリーのアイテムボックスに収納してもらい、気を引き締めて街道を進む。
『お主、またへっぴり腰になっとるぞ。』
「だって怖いじゃんー。」
『だったらさっさと森を抜けるのみじゃ。少しペースを上げるぞ。ほれ、シャキシャキ歩け。』
そんな感じで歩くこと数時間、太陽が真上に登るころには街道の終わりが見えてきた。聞いた限りでは、南側が30分も歩かず森を抜けられるらしい。あと一息だ。
「GAAAAAAA。」
「ぐるるるる。」
と思ったら聞こえてくるウルフの唸り声。もう勘弁してほしい。
『安心しろ、まだ距離はあるし、標的はお主じゃない。』
「おいおい、それって。」
『他の傭兵たちが襲われておるのー。街道を抜けて、少し進んだあたりじゃと思うが。』
「助けないとー、だねー。」
傭兵は基本的に自己責任だ。自分の命を第一に動くなら、騒ぎを避けて進めばいい。だが、知ってしまった以上は見て見ぬふりもできない。少し迷ったが俺は唸り声のした方へと駆け出した。
『いいのか?お主の力では餌になるだけじゃぞ?』
「そこはエミリーさんだよりだねー。協力してくれないってなら逃げるよー。」
『かかか、面白い事をいう。よかろう。どのみち、ウルフを排除する必要はあるから、ここで恩を売っておくのも手じゃ。』
「死なばもろともー。」
『わかった、わかったから、その物騒なものを引っ込めて、わっちの話を聞くのじゃ。いいかーー。』
ウルフに襲われていたのは5人。立っていたのは2人だけだった。大きな両手剣を持つアタッカータイプの中年と、盾と剣をもったバランス型の若者。弓を掴んだまま仰向けで倒れて血を流しているのはスカウトで、僧侶っぽい恰好の女が必死に回復をし、最期の1人は商人風で恐怖に頭を抱えて蹲っている。
「マルセラ、ルーベンは。」
「血が、血が止まりません。もう少し、もう少しだけ時間を。」
「けど、そのままだと、俺たちはウルフの昼飯だぞ。」
めっちゃ切羽詰まってた。おそらくはスカウトである弓使いがやられ、彼を助けようとしている間にウルフの群れに囲まれてしまったのだろう。周辺には3匹のウルフの死骸があるが、まだ5匹は残っている。味方を庇いながらでは危ないだろう。
『では、相談した通りに行くぞ。うまくやれよ。』
「はいはい。」
エミリーが右手を掲げるのに合わせて、俺も走りながら右手を掲げる。俺たちの動作に呼応するように周囲の空気が揺らぎ、研ぎ澄まされる。
「ウインドカッター。」
次の瞬間には風の刃が飛び出して、ウルフたちに襲い掛かる。とっさに避けるが、2頭のウルフが頭の魔核を潰されて即死し、残り3頭も足が切れて動きが止まる。
「なっ。」
「今のうちに。留めを」
驚く傭兵たちに大声で促し、残りのウルフに留めを刺してもらう。エミリー曰く、すべてを倒すことはできたが、それだと怪しまれるとのことだったので、威力は一般的な魔法使いの全力程度まで抑えたらしい。
『ふふふ、ばっちりだ。じゃあ、わっちは隠れるからな。』
「ほんと便利だねー。」
何事もなかったかのように、すっと消えていくエミリーに感心してしまう。エミリーの存在がバレるのは後々面倒なので、俺が魔法使いのフリをして、助太刀に入りそのまま傭兵たちと接触する。接近するまでにエミリーから提案された作戦にそのまま乗っかったわけだ。魔法使いはいないし、僧侶も回復に集中しているから、きっとバレないとのことだが。
「あんたは?」
「通りすがり、やばそうだから、助太刀させていただきましたー。」
だからその物騒な物を向けないで欲しい。俺は両手をあげて敵意がないことをアピールしながら集団に近づいた。その様子を見て、中年はゆっくりと剣を下ろした。
相手の対応は間違っていない。傭兵はいつだって自己責任だし、魔物の生存圏とはいえ他の戦闘に嘴を突っ込むのはご法度だ。なんなら、そう言うどさくさで、他の傭兵を襲って金品を奪うなんて不届き者だっている。恩人とはいえ、すぐに信用をしてはいけない。
「すまない、助かった。あのままだと危なかった。」
「それは何より。」
「リーダー、血が止まりました。ルーベンは大丈夫です。」
「・・・本当に助かった。君は命の恩人だ。だが、」
「とりあえず、動きましょうかー。」
話をする前に、ここは魔物の生存圏。ケガ人がいる以上留まるのは危険だ。俺たちはケガ人の弓使いを庇いながら、移動をすることにした。若者が弓使いを背負い、僧侶は商人に肩を貸す。リーダーと思われる両手剣の中年は剣を持ちながら、周囲を警戒する。俺はそれを邪魔しないように後ろから黙ってついていった。
彼らは地元の傭兵らしく、森から出るまでの道のりは非常にスムーズだった。しかもすぐそばに、傭兵たちの集まるキャンプ地があり、木造の宿屋まであった。さっそくベットを確保したかったが、まずは弓使いを救護所に運び、ベットで寝かせた。幸い、僧侶の回復が間に合い、命に関わるような怪我は残っておらず、数日休めば回復するとのことだ。
「いやー助かった。このあたりまでウルフが降りてくるくなんて珍しいからな。想定外だった。」
「こちらも助かりましたー。森で迷子だったのでー。」
そこに至って、リーダーと思われ中年剣士は俺に礼を言った。
「俺はカイロ。寝ているやつはルーベン。」
「マルセラと言います。この度は助かりました。」
「ジェイムスだ。すごい魔法だったな。あんた。」
「スカルだ。よろしくー。」
自己紹介もそこそこ、聞いてもないのに、彼らは事情を話してくれた。
「俺たち4人は、ここら辺を拠点にしている傭兵でな。今回は商人さんの護衛で森にはいっていたんだが、運悪くウルフの群れに遭遇してしまってな。」
「ああー、なるほどー。災難でしたねー。」
森で獲れる素材を求める商人が自分で採取するために護衛を雇うことはある。傭兵というのは、腕っぷしは強くても繊細な作業を苦手としている奴が多いので、取り扱いの難しい素材の採取を専門知識のある商人や研究者が行い、傭兵がその護衛をするのだ。森の浅い場所に限られるが、こうした護衛依頼は、実入りがいいので、割と人気だ。
『それでウルフに襲われていては、大損じゃのー。』
「素材の確保はできたんですかー。」
「ああ、幸いな。素材採取直後の隙にウルフに襲われたんだ。」
なんか雑音が混じった気がするが、状況は理解できたので気にしない。
「で、スカル、あんたは何でも森に?」
「ああ、実はー、北の方から森を抜けてきたところでしてー。」
「はっ、北から、森?嘘だろ。」
「いえ、リーダー、あれだけの魔法を使えるならありえますわ。スカルさんは優秀な傭兵なんですね。」
「そこそこですよー。運がよかったというのが大きいですしー。」
驚く一同の中で、僧侶のマルセラさんだけは納得した様子だった。同じく魔法を主体とする職業だからこそ、エミリーの魔法の規格外っぷりを理解できたのかもしれない。
「見た限り、すごい魔力です。さぞ名前のある魔法使いなのでは?。」
『ははは、小娘め。いい目をしてるじゃないか。あの状況でわっちの魔法の巧みさを分かるとは。』
「いやいや、そんなことないですよ。一部の魔法に特化しているだけですー。」
雑音がうるせえ。あと尊敬のまなざしがすごくきまずい。
「まあ、どんな理由であれ、俺たちには幸運だったというわけだ。で、御礼の話なんだが。」
「ああ、それなら、今日の宿を紹介してくれませんかねー。森を抜けてきたばかりなので、できたらベットで寝たいんですよー。」
「はは、それくらいなら任せてくれ、ここでならそこそこ、顔が効く。」
些細なことだが、これは大事なことだ。傭兵は自己責任であるが、信用商売でもある。このようにベットの数が限られるキャンプ場では、一見さんが宿舎を利用することは難しく、テントか野宿を覚悟しないとならない。ひどい場合は物資を買うにも、ぼったくられる可能性だってある。カイロさん達が地元の傭兵というならば、その紹介はかなり貴重なものだ。
「いやー、久しぶりにベットで寝られそうだ―。」
「ああ、その気持ちすごくわかるぞ。野宿はしんどいからな。任せろ、俺たちが利用している宿舎にも空き部屋があったはずだ。」
「ありがとうございますー。」
とりあえず、今日の宿は確保できたのでよし。情けは人の為ならずというやつだ。それにこの場所なら携帯食料よりはマシなものが食べられるはずだ。
『いうて、野宿したのは森で一泊だけじゃろうて。根っからの街っ子じゃの、お主。』
「じゃあ、早速お願いできますかー。」
「任せてくれ。」
なんか雑音がうるさいが、気にしてはいけない。
エミリー『わっちの声は、スカルにしか聞こえてないし、姿も見えない。そうなるように調整してるのじゃ。』
スカル「無駄に器用ー。」




