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水槽

作者: 千景 もも
掲載日:2025/11/24



 はじめは、可愛くて素直な女が下に付いてラッキーだと浮かれていた。


 先輩としてデキるところを見せて、失敗したらケツ叩いてフォローしてやって、なんでも相談に乗ってやって。そうすれば、この純粋で美人な女は俺を頼るようになるだろうと。惚れたなどと言い出したら、どう断ってやろうかと。


 そんな、どうしようもなく人を見下したクズみたいなことばかりを考えていたから。


 きっと、天罰がくだったんだと思う。



「せいぜい頑張れ、でしたっけ?」

「……っ」



 静かに歩み寄る彼女は、穏やかに浮かべた笑みを崩さない。


 ただ、俺の心に重りを重ねるように、言葉を置いていく。単純に言葉が思い浮かびすらしない。震えるように吐く気体は、空気よりも重い。微かに香っていた白百合の香水。それが、今日はいやに鼻を抜けた。



「あなたの応援があったので私、がんばっちゃいました」



 また、一歩。


 近付かれるたびに、背中を伝う汗がまた線をつくる。


 ……無理だ、と思った。


 抗うだとか逃げるだとか。それ以前にはっきりしないような、本能的な何か。彼女の柔らかく綻ぶ様は、花が開くようなのに。俺の心は針の上を転がっている。



「お、うえん、ですか」



 言葉の通りに受け取る人間はいない。


 耳が痛いと、流せたらよかった。


 でも、間を埋めるために出したような言葉すらも掠れる。喉に張り付いて、うまく出し方を思い出せない。言葉を交わす段階ですらないような気がしてきて、伝う汗ばかりが気になる。


 知らなかったと、言ったら。傲ること自体が彼女を害しているわけではない。それだけは、どうにかわかったけれど。


でも、本当に、知らなかったんだよ。



「か、会長……あの、僕は」



 一矢報いようとした。

 でも、それが本当に命取りだった。


 気付けないような俺だったからこそ、こんな情けない姿をさらして慈悲を乞うているわけだけれど。この場に不釣り合いなほどの、熱を帯びた彼女の瞳。まるで蛇に首を絞められていくように、俺の反抗心を絡め取る。



「俺、でしょう? それに会長だなんて、よそよそしい呼び方しないでください。私の名前、忘れちゃったんですか?」



 彼女の発する言葉。音として入ってくるのに、思考は受け止めることを拒否する。掘り起こされる黒歴史だって。自分の恥ずかしさなんかもうどうだっていい。彼女を怒らせないための方法は何かと。模索しながら募る焦りばかりが、先行していく。


 結局、このお粗末な頭では呼び方を変えるくらいしか思い浮かべることができない。本当に、使えない。



「みはる、さん」

「うん、なぁに?」



 にこにこと俺の言葉を待つその姿。


 理想の上司そのものなはずなのに。悪魔は、天使のような美しさで人を惑わせると聞く。きっと人の姿をしていれば、こんな感じなんじゃないか。現実逃避することだけは頭がよく働く。


 得体の知れないものに怯える、その要因。


 実際にも底知れない権力やら金やらコネやら地位やら。背景はいくらでもあるんだろう。だって正体を知る前から、会長にまつわる噓みたいな噂はいくつも回っていた。それこそ、一側面じゃ図れないくらいの。


 そして他責へと思考が流れる弱々しい自分。どうしようもないと気付くのは、いつも事が起きた後。



「どうして。教えて、くれなかったんですか」

「だって教えちゃったらつまらないじゃない」



 ふふ、と春のような吐息を漏らして、整った口元を緩ませる彼女。



「つまらない……?」



 ひどく、屈辱的だと思った。


 つまらない、ってなんだ。どれだけ折られても、自分にまだそんなプライドが残っていることには驚いたたけれど。アンタの気分一つで俺は潰されていくのか、とも思っていて。


 そりゃ、身の程知らずが噛み付く様はさぞ滑稽だろうけれど。それならひと思いにやってくれた方が、まだマシだ。反省して次にいこうと思える。


……なんてことを、本気で、思っていて。


 このときの俺は、本当の意味で身の程知らずという言葉を受け入れることができていなかったんだと思う。


 だって、これは。


 これは本当に、終わりがないようだったから。



「なんでそんな、俺のこと見て……罰してくれないんですか」

「んん……教えてもいいけど」



 考えさせるように置かれた間がまた、居心地の悪さを助長させる。心理戦に長けた会長らしいと思った。こんないち社員に発揮しないでくれと、自慢の強心臓が不自然に心拍数を上げていく。


 ──ゆっくりと、近づいて来ていた彼女。


 逃げられる距離。体なんて拘束されていなかった。それなのに、足が動かなかった。視界を埋め尽くす獰猛な色を強く含んだ瞳が、俺の哀れな姿をよく映している。ゆるく弧を描いた中に消えた自分。熱いまま、重みの消える目元。


 伸ばされた手が、ひたりと自分の頬に触れた。何かを拭うように指をすべらせ、濡れた指先を口に含んだ彼女は。



「怯える君が何より愛おしいからだよ」



 ……あぁ、それは。

 俺を泳がせたかったわけだ。




ここまでの流れ

テーマがオフィス恋愛と提示される

→いっつも男側が支配になっちゃうから、お姉さま書きたいな

→行きすぎた捕食者女王様誕生(???)

→いいや出しちゃえ


読んでいただいて、ありがとうございました。

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