08
ユウマは拘束のベルトが軋むほど身を乗り出し、小さく頷いたさやかに食ってかかる。
「なぁ、こいつの罪ってなんだよ! どうせさぁ、人とか殺してんじゃねーの?」
「んなわけねぇだろ!」
俺は思わず声を荒げていた。
「人殺しなのは、お前のほうだろ」
ユウマの顔が一瞬で赤く染まる。
「てめぇ……好き勝手言ってんじゃねぇぞ!」
それに目を細め、静かに返した。
「好き勝手じゃねぇ。……お前が逃げたって書いてあった。車で人をはねて、そのまま走り去ったんだろ? それが“罪”だ。隠しても無駄だ」
ユウマの唇が小刻みに震えた。
しばし沈黙が落ちる。
「ち、違う……違うんだよ! あれは……事故で、俺はパニックになって逃げちまっただけなんだ! 連絡するつもりだった、でも……怖くなって……」
「そうか」
俺は低く続ける。
「じゃあ証拠はあるのか? 救護は? 通報は? ……どっちもしてねぇなら、ただの“ひき逃げ”だ」
ユウマは言葉を失い、歯を食いしばった。
「っ……クソが! なら俺だって暴露してやるよ! そこのくたびれたおっさんはなぁ、日頃から万引きしてんだとよ!どうりで、コソコソしたツラしてんな!」
「な、な……なんてことを言うんだ……!」
田島は狼狽え、スーツの襟をいじりながら視線を逸らす。
「だ、だったら……お、俺だって――」
「やめたまえ」
威圧するような声が遮った。
橘だった。
「そんな子どもの喧嘩のように罪をぶつけ合っても意味はない。……それに、万引き程度よりも、ひき逃げのほうが罪深いのは明白だろう。ならばそれで決まりではないか」
場を収めるような声音――だが、どこか自分の罪に触れられまいとする必死さが滲む。
麗華が冷笑を浮かべた。
「あらあら。……随分と必死に矛先を逸らそうとなさるのね。よほど、ご自分の罪を明かされたくないと見えますわ。ますます気になりますこと」
「……そろそろ口を慎んだほうがいい、小娘」
橘の眼光が鋭く光る。
「私がお前の罪を握っていることを忘れるな」
「まぁ。怖いですわね」
麗華は余裕を崩さぬまま、挑発的に微笑んだ。
そして小さく肩を竦める。
「――けれど、先ほどあなたに軽く指摘された通りですわ。ならば、もう隠す必要もありませんわね。わたくしの方から明かしましょう」
わずかに間を置き、麗華はすっと表情を引き締めた。
「恐らく、わたくしの暴かれた“罪”とは……父の違法な取引を知りながら黙認していたこと、でしょう。ですが、それは誤解ですの。わたくしは父の側に仕えながら、虎視眈々と機会を窺っていたのです。父の不正を暴き、正しくあろうとする者たちと新たな会社を立ち上げるために」
橘の顔に苛立ちが走る。
「っ! それを証明するものがどこにいる! 今まで通り会社を続けていれば、桐生院家の全てを手に入れられるのだぞ。わざわざ下剋上などする必要があるまい! 騙されるな!」
「まぁ……そうやって取り乱すあたり、随分と後ろ暗いものを抱えているのはあなたの方ではなくて?」
「くっ……!」
橘の眉間に皺が寄る。
麗華と橘の応酬で場が熱を帯びる中、田島が追い討ちをかけるように震える声を絞り出した。
「……た、橘さん。俺、知ってるんだ……あんたの――」
「黙れっ!」
怒声が轟いた。
橘が拘束された身を椅子ごと揺らし、鬼のような形相で田島を睨みつける。
「余計なことを言うな! ここで裁かれるべきは私ではない!」
その迫力に田島は縮み上がり、口を噤んだ。
「見ろ!」
橘は苛立ちを隠さず声を張り上げる。
「最も重い罪を背負っているのは、どう考えてもひき逃げをしたこの若造だ! 命を奪っておきながら逃げ去ったのだぞ? それ以上に重い罪があるとでも言うのか!」
「てめぇ……!」
ユウマが拘束を振り切らんばかりに身を乗り出した。
「俺ばっか吊し上げてんじゃねえ! お前らも、さっさと別のやつの罪を吐けよ! 他にもいんだろ? 俺だけ悪者にすんなよ!」
麗華が鼻で笑う。
「残念ながら、あなたほど重い罪を抱えている者はそうそういないのではありませんこと? 少なくとも、わたくしの知る限りでは。……そこの男の罪なんて『バイトを何度か無断で辞めた』程度でしたわ」
その言葉にユキがへらりと口角を上げ、拘束されたまま肩を揺らして笑った。
「えぇー。言っちゃうだ。麗華ちゃんって意地悪だねぇ。でもさ、それなら気になるんだけど……シスターさんはアユミちゃんの罪を言う気はなさそうだよね。で、アユミちゃんは? 彼氏を助けられるチャンスかもしれないのに、自分から言わないの?」
「っ……」
ユウマの喉がごくりと鳴った。
目が泳ぎ、焦燥を隠しきれない。
必死に彼女へ向けて声を張り上げる。
「なぁ、アユミ! 頼むよ、言ってくれ! なんでもいいからさ……何かあるんだろ!? 俺を助けてくれよ!」
その懇願に、アユミは拘束された体をわずかに動かし、鮮やかなマニキュアの爪をギリギリと椅子の肘掛に立てる。
顔を上げた時、その瞳には涙ではなく、怒りの火花が散っていた。
「はぁ!? なに言ってんのあんた! 頭おかしくない? 要はさ、うちがここで自分の罪ぶっちゃけて、“そっちのほうが重いね〜”とか言われたら、今度はうちが死ぬかもしんないってことじゃん! そんなの、まじありえないんだけど!」
声を荒げるうちに、アユミはさらにまくしたてる。
「だいたいひき逃げとかさ、初耳なんですけど? あんた今まで黙ってたわけ? 最低すぎ。信じらんない。……ちなみに言っとくけどぉ、うちが知ってるさやかちゃんの罪なんて、学校で花瓶割ったとかそのレベルだったからね? マジかわいいもんじゃん。だからもう、あんただけ大人しく罪背負って死ねば? ほんっとサイッテー!」
「っ……てめぇ!」
ユウマは顔を真っ赤にし、拘束が軋むほど身を乗り出した。
「ふざけんなよ! なんで俺ばっかりなんだよ! 他のやつらもなんかあるだろ! 隠してねぇで早く言えよ! 俺をスケープゴートにすんじゃねぇ!!」
空気はさらに荒み、互いに矛先を向け合う声が飛び交う。
冷たいモニターの光が彼らを無慈悲に照らしていた。




