06
【“──”視点】
複数のモニターとパネルが並ぶ制御室。
無機質な記録映像と解析のための波形が、淡々と切り替わり続けていた。
映し出されたのは、与えられた水を口に含む者、食料を恐る恐る確かめる者、狭い寝台に身を横たえる者。
皆がそれぞれの小さな個室に閉じ込められ、同じ規格の部屋で同じように過ごしている。
映像は容赦なく記録され、音声は細かく解析され、数字と文字に分解されて保存されていく。
その中には、テープレコーダーに向かい、自分の言葉を吐き出す姿も含まれていた。
その時ーー
「やあ、初日は順調だったかい?」
背後から軽やかな声が響く。
制御室のドアをノックもせずに開き、何の気兼ねもなく踏み入ってくる足音。
モニターの端に反射するのは、気さくな笑みを浮かべた人影。
「……」
“──”は答えない。
ただ手元の操作盤に指を置き、映像を切り替えていく。
そこには、未だ机の前に座り、動かずにいる「9番」が映っていた。
無言で録音の終わったテープを置き直し、しばらく何も考えないように天井を見上げている姿が映っている。
吹き込まれた言葉も、間の取り方も、すべて数値化され、保存されていた。
「やっぱり、彼のことが気になるんだね」
軽い声は、愉快そうに弾む。
「でもさ、やっぱり無理だと思うよ。最初から浮いてたし、あの態度だ。……ほら、“化け物”なんて呼ばれるような奴だよ。きっと上手くやれっこない」
機械の音だけが静かに響き、モニターの光が反射する。
“──”は黙して見つめる。
「それに……あの“力”。いずれ誰かを傷つける。いや、壊す。そうならない保証なんて、どこにもない」
一瞬だけ声の調子が低く落ちる。
だがすぐにまた、軽やかな調子が戻った。
「ねえ、本当に見せられるのかな? 彼が人を傷つけずに済むところを。……それとも、やっぱり最後はーー」
笑みを含んだ声音。
しかし、その奥に潜む冷たい意図を、“──”は知っている。
返事はしない。
ただ、モニターに映る少年の顔を見据えていた。
その沈黙こそが、この場で唯一の答えだった。
* * *
夢を見ていた。
灰色の壁に囲まれた狭い施設の廊下。
古びた蛍光灯が唸るように点滅し、その下で、俺はいつも一人だった。
子供たちの笑い声が遠くに響く。
けれど、その輪に俺の居場所はない。
声が近づけば、決まって背中に冷たい言葉が投げられる。
「気味が悪い」
「近寄らないで」
「……化け物」
小さな頃から、ずっとそう言われてきた。
実際、俺はよく壊した。
玩具の車も、机の足も、ドアの蝶番も。
力なんて込めていない。
ただ触れただけで、砕け、折れた。
それを見た大人たちは顔をしかめ、子供たちは俺を避けた。
転んで膝をすりむいても、翌日には血が乾き、傷は塞がっていた。
骨を打っても、青あざは一晩で消えた。
他の子供より強く、速く、壊れにくい。
俺にとってはただの「当たり前」
だが周囲からすれば「異常」
だから俺は、いつも一人だった。
遊びに入ることもなく、食事の席では遠巻きに座り、眠りにつく時だけが心を落ち着けられる瞬間だった。
……なのに、今もなお、夢の中にまでその孤独が追いかけてくる……
いや。夢はそこで終わらなかった。
もっと遠く、もっと古い記憶。
小さな俺の頭に、温かい掌が置かれている。
ぽん、ぽん、と優しく撫でられる感触。
低い声が、耳の奥で囁いた。
「……蓮……お前はもっと……自由に……」
気のせいかもしれない。
現実のどこを探しても、そんな言葉をくれる人間はいなかった。
けれど確かに、その手の温もりは俺の中に残っていた……。
──ブゥゥン。
耳を裂く電子音が夢を引き裂く。
掌の温もりが消え、暗い廊下が白く塗り潰されていく。
『参加者諸君。起床の時間だ。速やかに身支度を整え、指定された場所へ移動せよ』
無機質な声が頭上のスピーカーから降ってくる。
瞼を開けると、真っ白な天井。
蛍光灯の唸りではなく、規則正しい換気の音。
俺は深く息を吐き、きしむベッドから身体を起こした。
夢を振り払うように髪をかき混ぜ、水のボトルを引き抜く。
冷たい液体が喉を滑り落ちる。
新しい一日が始まった。




