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孤独な怪物の鎖  作者:
開幕
6/16

05


 長い廊下を進んだ先、一つ、また一つとドアが現れ、番号が記されたパネルが淡く光を放っていた。


「……ここか」

橘が立ち止まり、自分のカードと同じ数字の扉を確認する。

ドアが自動で開くと、彼は一瞥だけ仲間に投げて中に消えていった。

麗華も、ためらいながら部屋の中へ足を踏み入れる。


「まるで牢獄ですわね……」


と吐き捨てる声が漏れ、やがて足音が遠ざかる。

次々に他の者たちも、それぞれの番号に従って散っていく。

田島は「頼む……悪い夢であってくれ」とうわ言のように繰り返しながら部屋の中に消え、さやかはぬいぐるみを抱いたまま、小走りにドアへ吸い込まれていった。


残されたのは、俺ひとりだった。

カードに記された番号は「9」。

廊下の突き当たり、最も奥まった扉がそれだった。

無言のまま手をかけると、低い電子音とともにドアが左右に開く。

足を踏み入れた瞬間、背後で静かに閉まり、続いてカチリと錠が下りる音が響いた。

試しにノブを押してみたが、手応えはまるでない。

中からは開けられないらしい。

完全に閉じ込められた、というわけだ。


室内は整然としていた。

白一色の壁と床。

置かれているのはベッド一台と小さな机、それに椅子。

壁際にはミニサイズの冷蔵庫があり、中には無機質な並びで水のペットボトルと固形の栄養バーが詰められている。

洗面台と鏡もあったが、余計なものは一切ない。

徹底して「生き延びる最低限」しか用意されていなかった。


だが。

ただひとつ、机の上だけは違った。

黒い四角い塊——古めかしいテープレコーダーが鎮座している。

その下には白い紙が一枚。

黒々とした文字が並んでいた。


『指令:このテープに“他の参加者たちへの印象”を吹き込め』


 ……印象。

おそらく、他の奴らにも同じ指令が出されているのだろう。

だが、俺に向けられる言葉なんて、どうせ碌でもない内容ばかりに決まっている。

椅子を引き、レコーダーの前に腰を下ろした。

静寂が重くのしかかってくる。

隣の部屋から音は一切聞こえず、外の気配すらない。

耳に届くのは自分の呼吸と心臓の音だけだった。


 ……他の参加者の印象、か。

正直、語ることなんてない。

誰とも深く関わりたいと思わないし、そもそも俺は人と上手くやれるような人間じゃない。

それでも……やらない訳にはいかないのだろう。

机の上で、マイクの銀色が妙に冷たく光っていた。

意を決して指先で赤いランプを押し込むと、低い回転音が室内に流れ込む。


「……じゃ、まずはあの女だな」

ブランド物に身を包んだお嬢様の姿が脳裏に浮かぶ。

背筋を張って、誰よりも強そうな顔をしていたが、ああいうのは脆い。

「高等部って言ってたな……歳は俺と同じくらいか。……どうせ最初に泣き崩れるのは、ああいうタイプだろ。怖いなら、見なきゃいいのにな」


「サラリーマン……あいつはうるせぇ」

額の汗を拭きながら狼狽えていた姿が浮かぶ。

「小言ばっかで、見てるだけで疲れる。……まあ、あいつにはあいつなりの“帰りたい日常”があったんだろうけど」


「小せぇガキ……」

口にした途端、言葉が詰まる。

ぬいぐるみを抱いて泣いていた小さな肩。

「……こんなとこに来なきゃ、俺みたいな化け物に関わらずに済んだのにな……」


「偉そうなおっさん」

思い出しただけで眉間に皺が寄る。

「あの目つき……何か裏で企んでるに決まってる。信用できねぇ。……ま、俺に関係ねぇけどな」


「シスター」

あの震える声で祈っていた女。

けど、泣く少女の肩に手を置くその仕草は、驚くほど優しかった。

「神なんて信じたことねぇし、祈ったこともねぇ。けど……信じるものがあるなら、救われなきゃな」


「チャラい二人組」

終始くっついていた大学生たち。

「寄り添える相手がいるなら、それでいいんじゃねの。……俺には縁がねぇけど」


「……ユキ」

最後に、あの笑っていた男の顔が浮かぶ。

ずっと口元に薄い笑みを張り付けていた。

けど、あれは愛想笑いでも安心させる笑顔でもねぇ。

「……絶対に俺を嫌ってる」

そう言い切れるくらい、あの目はどこか底の見えねぇ色で俺を試すみたいに見てくる。

まるで、俺がどんな反応をするのかを楽しんでるみたいで。「……もう、あんま関わりたくねぇな」


吐き出してみれば、どれも突き放すような言葉ばかりだった。

それでいい。

この力は、無意識でも誰かを傷つける。

最初から距離を置いていれば、誰も壊さずに済む。


「……そうだな」


低く呟く。


「あいつの言う通り……俺はたくさん壊してきたのかもしれねぇな」


赤いランプが、じっとこちらを見ていた。

俺は録音を止めるボタンを押し、テープレコーダーをそのまま机の上に置いた。

巻き戻す気も、聞き返す気もない。

深く息を吐き、椅子から立ち上がる。

冷蔵庫を開けて水を一本取り出し、喉を湿らせると、無味の冷たさが胃に落ちていった。

机にボトルを置き、無造作にベッドへと歩み寄る。

ベッドは硬く、シーツは白い。

匂いも音も何もない部屋。

無理やり気持ちを切り替えるように片足ずつ靴を脱ぎ、乱暴にベッドへ倒れ込む。

天井を仰ぐと、真っ白な光が瞼に焼き付いた。


「……クソ……」


小さく吐き捨て、片腕で目を覆う。

眠れるかどうかなんてわからない。

だが、余計なことを考えるよりはマシだった。


こうして、初日の夜が静かに過ぎていった。


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