04
俺の番が回ってきた。
嫌でも全員の視線が集まる。鬱陶しい。
「……御影、蓮。高校生」
それだけ言って、背もたれにだらしなく身を預ける。
「罪?」
小さく笑い、吐き捨てる。
「……さあな。生まれてきたこと……なんじゃねーの。知らねぇけど」
沈黙が落ちた。
視線がまた重くなる。
誰も言葉を返さねぇ。
ただ居心地悪そうに顔を引きつらせてる。
俺は足先で床を小さく鳴らし、つまらなそうに息を吐いた。
「……生まれてきたこと、ねぇ」
その時、軽く笑う声が輪の中に落ちた。
声の主は、隣に座っていたユキだった。
柔らかな物腰で、笑みもどこか人懐こさを漂わせている。
だが――なぜか、その瞳だけは妙に鋭く、こちらをまっすぐ射抜いていた。
「それはまた、ずいぶん大雑把だね。まぁいいけどさ」
青年は肩を竦め、にこりと笑ってみせる。
「でも……あんな力、持ってたらさ。人でも物でも、思いのままに壊してきたんじゃないの?」
その声は明るい調子のまま。
だが含まれた言葉は、鋭い刃のように胸に突き刺さる。
空気がひやりと冷えた。
呼吸が荒くなり、喉から搾り出すように言葉が飛び出す。
「……違ぇよ」
声が低く響く。
「わざとじゃねぇ! 俺は……俺は、そんなつもりでやったことなんか、一度も……!」
言い切った瞬間、自分の声が裏返っていることに気づき、舌打ちして俯いた。
ユキはなおも笑みを崩さず、しかしその目だけは愉快そうに細められた。
「そっか。なら、いいけど」
笑みを浮かべるユキの声は軽やかだったはずなのに、その場に残された余韻は重く、冷たかった。
視線が交錯し、誰もが互いの顔色を探る。
その沈黙を断ち切ったのは、天井のスピーカーから響いた低い声だった。
『……結構。これで本日の“ゲーム”は終了とする』
一瞬、誰もが耳を疑い、緊張で張り詰めていた空気が、唐突に切り落とされたように揺らぐ。
「え……終わり?」
情けない声を上げたのは、田島だった。
汗で張り付いた髪を掻きむしりながら、狼狽したように辺りを見回す。
『不安か? 安心しろ。殺し合いはまだ始まっていない』
スピーカーの男の声は淡々と告げる。
『だが、これからを生き延びるために、休息も必要だ。——各自の部屋を用意してある。今から割り振ろう』
カチリ、と音がして、床に番号札がせり出した。
それぞれに小さなカードが配られる。
『お前たちの居場所だ。安心しろ……少なくとも今夜は、そこで命を落とすことはない』
その言葉が、逆に背筋を冷やした。
* * *
全員でぞろぞろと廊下を歩く。
白い壁がどこまでも続く通路は、病院のようであり、監獄のようでもあった。
「……こんな酷い場所、泊まったこともありませんわ。このわたくしに対して、なんて無礼なんでしょう」
麗華は顎を上げ、かかとの高い靴を鳴らしながら歩いていた。
「ふむ……しかし、そんな状況でも周囲を冷静に見ていらっしゃる。桐生院家のご令嬢ともなると流石ですな」
橘が隣で薄く笑みを浮かべる。
「まあ……お世辞は結構ですわ。環境が悪いことぐらい、誰だって気づきますもの」
「いえいえ。環境に愚痴を零すのと、余裕をもって口にされるのとでは雲泥の差です」
「……ずいぶん口が上手ですこと」
麗華はわずかに唇を吊り上げ、ちらと橘を横目で見た。
「いえ、本心です。桐生院家のお名前は常に耳にしております。麗華殿も、既にご家業を手伝われているとか」
「まあ……そうですわね。父のそばで少しずつ。もっとも、橘さんのように“苦労して這い上がる”経験はございませんけれど」
「はは……そこが血統の力というものでしょうな。羨ましい限りです」
「努力でどうにかなる部分と、そうでない部分があることくらい……理解なさっているはずですわ」
「おっしゃる通り。ですから、こうして学ばせていただきたいと考えております」
「学ぶ姿勢だけは評価いたしますわ。……せいぜい励んでくださいませ」
麗華は勝ち誇ったように微笑み、前を向いた。
橘もにこやかに頭を下げるが、その口元は笑みを張りつけたまま、声にならぬ低さで呟いた。
「……世間知らずのお嬢ちゃんが、偉そうに」
一方で、ユウマはポケットからスマホを引っ張り出し、金髪をかき上げながら画面を睨んでいた。
「……は? おいマジかよ。圏外なんだけど」
隣で覗き込んだアユミが、マニキュアの光る指先で自分のスマホを何度もタップする。
「ちょっと、ほんとじゃん! 電波一本も立ってないんだけど! ウソでしょ、LIME既読返せないとかマジありえないんだけど!」
「サークルの飲み、今週だっつーのに……これ絶対やばいやつだろ」
「え、やだやだやだぁ! うちもう怖いんだけど! ねえユウマ、なんとかしてよぉ!」
「はあ!? 俺にどーしろってんだよ! 俺だって死にたくねーわ!」
アユミは必死にユウマの腕にしがみつき、ユウマは苛立ちながらも振り払えずに顔をしかめる。
その少し後ろでは、さやかが小さな肩を震わせていた。
今にも泣き出しそうな顔で、ぬいぐるみを胸にぎゅっと押しつけている。
シスターのアンジェが、その小さな背をそっと包み込む。
シワの刻まれた手のひらが、ぎこちなくも温かく上下した。
「……大丈夫、大丈夫よ。神様はね、ちゃんと見ていてくださるから」
「……でも……怖い……。帰りたい……お母さんに会いたいよ……」
アンジェはその小さな頭を抱き寄せるように撫で、しわのある指で髪をすくう。
「……そうね。怖いわよね……こんなところに、どうしてあなたのような子まで……」
小さく天を仰ぎ、ひび割れた声で祈るように呟いた。
「神よ……我らに何をお与えになろうとしているのですか……」
「……うぅ……」
「いいの、泣いてもいいのよ、さやかちゃん……私はここにいるわ。必ず守ってみせるから」
アンジェの胸にすがり、さやかは声を詰まらせながらも必死に涙を堪えた。
ぬいぐるみを、今まででいちばん強く抱きしめながら。
列の少し後方では、よれたスーツ姿の田島が俯き、小さくため息をついていた。
指先を落ち着きなくいじり、くたびれた袖口が頼りなげに揺れている。
「……これ、ほんとに冗談とかじゃないのか……?……テレビのドッキリとか、そういうやつで……」
掠れた声で呟き、唇を噛む。
「でも……ほんとに死ぬとかだったら……俺、会社どうすりゃいいんだ……。連絡もできないし……無断欠勤なんて続いたら、クビ……いや、もう……」
声は震え、言葉の先が尻すぼみに消えていく。
その隣で歩いていたユキが、ひょいと首を傾け、笑みを浮かべた。
「冗談なら最高だけどね。でも、違うかもしれないから怖いんでしょ?」
「ひっ……そ、そうだよ……! 俺、俺、何もしてないのに……」
「まあまあ、落ち着いて。大丈夫大丈夫。いきなり殺されるわけじゃないだろうし」
「……そ、そう……かな……」
「そうそう。だからさ――笑っとこ? 僕ら仲間なんだし」
にこりと歯を見せたユキの目は、愉快そうに細められていた。
その軽口に救われたように、田島は小さく頷いた。
けれど同時に、ぞわりと背筋に冷たいものが走る。
その笑みの奥に、何か得体の知れないものが潜んでいる気がしてならなかった。
それぞれが、誰かと声を交わし、隣と結びつこうとする。
ーーただ一人を除いて。
俺は最後尾を歩いていた。
彼らの声は届いてくる。
笑いも愚痴も、不安も慰めも。
だが、その輪の中に俺の名前は決して出てこない。
口に出して避けられるよりも、無言で外される方がずっと堪える。
まるで、そこに居ないことが当然のように。
俺だけ、存在そのものが薄い膜で隔てられている。
慣れっこだ。
けれど、この沈黙の重さだけは……何度経験しても胸を抉った。




