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孤独な怪物の鎖  作者:
開幕
5/16

04


俺の番が回ってきた。

嫌でも全員の視線が集まる。鬱陶しい。


「……御影みかげれん。高校生」


それだけ言って、背もたれにだらしなく身を預ける。


「罪?」


小さく笑い、吐き捨てる。


「……さあな。生まれてきたこと……なんじゃねーの。知らねぇけど」


沈黙が落ちた。

視線がまた重くなる。

誰も言葉を返さねぇ。

ただ居心地悪そうに顔を引きつらせてる。

俺は足先で床を小さく鳴らし、つまらなそうに息を吐いた。


「……生まれてきたこと、ねぇ」


その時、軽く笑う声が輪の中に落ちた。

声の主は、隣に座っていたユキだった。

柔らかな物腰で、笑みもどこか人懐こさを漂わせている。

だが――なぜか、その瞳だけは妙に鋭く、こちらをまっすぐ射抜いていた。


「それはまた、ずいぶん大雑把だね。まぁいいけどさ」


青年は肩を竦め、にこりと笑ってみせる。


「でも……あんな力、持ってたらさ。人でも物でも、思いのままに壊してきたんじゃないの?」


その声は明るい調子のまま。

だが含まれた言葉は、鋭い刃のように胸に突き刺さる。

空気がひやりと冷えた。

呼吸が荒くなり、喉から搾り出すように言葉が飛び出す。


「……違ぇよ」


声が低く響く。


「わざとじゃねぇ! 俺は……俺は、そんなつもりでやったことなんか、一度も……!」


言い切った瞬間、自分の声が裏返っていることに気づき、舌打ちして俯いた。

ユキはなおも笑みを崩さず、しかしその目だけは愉快そうに細められた。


「そっか。なら、いいけど」


笑みを浮かべるユキの声は軽やかだったはずなのに、その場に残された余韻は重く、冷たかった。


視線が交錯し、誰もが互いの顔色を探る。

その沈黙を断ち切ったのは、天井のスピーカーから響いた低い声だった。


『……結構。これで本日の“ゲーム”は終了とする』


一瞬、誰もが耳を疑い、緊張で張り詰めていた空気が、唐突に切り落とされたように揺らぐ。


「え……終わり?」

情けない声を上げたのは、田島だった。

汗で張り付いた髪を掻きむしりながら、狼狽したように辺りを見回す。


『不安か? 安心しろ。殺し合いはまだ始まっていない』


スピーカーの男の声は淡々と告げる。


『だが、これからを生き延びるために、休息も必要だ。——各自の部屋を用意してある。今から割り振ろう』


 カチリ、と音がして、床に番号札がせり出した。

それぞれに小さなカードが配られる。


『お前たちの居場所だ。安心しろ……少なくとも今夜は、そこで命を落とすことはない』

 

その言葉が、逆に背筋を冷やした。


  * * *


全員でぞろぞろと廊下を歩く。

白い壁がどこまでも続く通路は、病院のようであり、監獄のようでもあった。


「……こんな酷い場所、泊まったこともありませんわ。このわたくしに対して、なんて無礼なんでしょう」


麗華は顎を上げ、かかとの高い靴を鳴らしながら歩いていた。


「ふむ……しかし、そんな状況でも周囲を冷静に見ていらっしゃる。桐生院家のご令嬢ともなると流石ですな」


橘が隣で薄く笑みを浮かべる。


「まあ……お世辞は結構ですわ。環境が悪いことぐらい、誰だって気づきますもの」

「いえいえ。環境に愚痴を零すのと、余裕をもって口にされるのとでは雲泥の差です」

「……ずいぶん口が上手ですこと」


 麗華はわずかに唇を吊り上げ、ちらと橘を横目で見た。


「いえ、本心です。桐生院家のお名前は常に耳にしております。麗華殿も、既にご家業を手伝われているとか」

「まあ……そうですわね。父のそばで少しずつ。もっとも、橘さんのように“苦労して這い上がる”経験はございませんけれど」

「はは……そこが血統の力というものでしょうな。羨ましい限りです」

「努力でどうにかなる部分と、そうでない部分があることくらい……理解なさっているはずですわ」

「おっしゃる通り。ですから、こうして学ばせていただきたいと考えております」

「学ぶ姿勢だけは評価いたしますわ。……せいぜい励んでくださいませ」


 麗華は勝ち誇ったように微笑み、前を向いた。

橘もにこやかに頭を下げるが、その口元は笑みを張りつけたまま、声にならぬ低さで呟いた。


「……世間知らずのお嬢ちゃんが、偉そうに」



 一方で、ユウマはポケットからスマホを引っ張り出し、金髪をかき上げながら画面を睨んでいた。


「……は? おいマジかよ。圏外なんだけど」


隣で覗き込んだアユミが、マニキュアの光る指先で自分のスマホを何度もタップする。


「ちょっと、ほんとじゃん! 電波一本も立ってないんだけど! ウソでしょ、LIME既読返せないとかマジありえないんだけど!」


「サークルの飲み、今週だっつーのに……これ絶対やばいやつだろ」

「え、やだやだやだぁ! うちもう怖いんだけど! ねえユウマ、なんとかしてよぉ!」

「はあ!? 俺にどーしろってんだよ! 俺だって死にたくねーわ!」


アユミは必死にユウマの腕にしがみつき、ユウマは苛立ちながらも振り払えずに顔をしかめる。



その少し後ろでは、さやかが小さな肩を震わせていた。

今にも泣き出しそうな顔で、ぬいぐるみを胸にぎゅっと押しつけている。

シスターのアンジェが、その小さな背をそっと包み込む。

シワの刻まれた手のひらが、ぎこちなくも温かく上下した。


「……大丈夫、大丈夫よ。神様はね、ちゃんと見ていてくださるから」

「……でも……怖い……。帰りたい……お母さんに会いたいよ……」


アンジェはその小さな頭を抱き寄せるように撫で、しわのある指で髪をすくう。


「……そうね。怖いわよね……こんなところに、どうしてあなたのような子まで……」


小さく天を仰ぎ、ひび割れた声で祈るように呟いた。


「神よ……我らに何をお与えになろうとしているのですか……」

「……うぅ……」

「いいの、泣いてもいいのよ、さやかちゃん……私はここにいるわ。必ず守ってみせるから」


アンジェの胸にすがり、さやかは声を詰まらせながらも必死に涙を堪えた。

ぬいぐるみを、今まででいちばん強く抱きしめながら。



列の少し後方では、よれたスーツ姿の田島が俯き、小さくため息をついていた。

指先を落ち着きなくいじり、くたびれた袖口が頼りなげに揺れている。


「……これ、ほんとに冗談とかじゃないのか……?……テレビのドッキリとか、そういうやつで……」


掠れた声で呟き、唇を噛む。


「でも……ほんとに死ぬとかだったら……俺、会社どうすりゃいいんだ……。連絡もできないし……無断欠勤なんて続いたら、クビ……いや、もう……」


声は震え、言葉の先が尻すぼみに消えていく。

その隣で歩いていたユキが、ひょいと首を傾け、笑みを浮かべた。


「冗談なら最高だけどね。でも、違うかもしれないから怖いんでしょ?」

「ひっ……そ、そうだよ……! 俺、俺、何もしてないのに……」

「まあまあ、落ち着いて。大丈夫大丈夫。いきなり殺されるわけじゃないだろうし」

「……そ、そう……かな……」

「そうそう。だからさ――笑っとこ? 僕ら仲間なんだし」


にこりと歯を見せたユキの目は、愉快そうに細められていた。

その軽口に救われたように、田島は小さく頷いた。

けれど同時に、ぞわりと背筋に冷たいものが走る。

その笑みの奥に、何か得体の知れないものが潜んでいる気がしてならなかった。



それぞれが、誰かと声を交わし、隣と結びつこうとする。

ーーただ一人を除いて。


俺は最後尾を歩いていた。

彼らの声は届いてくる。

笑いも愚痴も、不安も慰めも。

だが、その輪の中に俺の名前は決して出てこない。

口に出して避けられるよりも、無言で外される方がずっと堪える。

まるで、そこに居ないことが当然のように。

俺だけ、存在そのものが薄い膜で隔てられている。

慣れっこだ。


けれど、この沈黙の重さだけは……何度経験しても胸を抉った。


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