03
モニターの男は、一瞬だけ何かを確認するように視線を落とした。
やがて、淡々と告げる。
『——まずは、移動してもらおう』
低い機械音が床下で唸り始め、壁の一角が重々しく動いた。
鉄の扉がスライドするように開き、冷たい風と共に長い通路が姿を現す。
『案内は不要だろう。奥へ進め。次の部屋が用意されている』
声はもはやモニターからではなく、天井に埋め込まれたスピーカーから響いてきた。
無機質で感情の乏しい響きが、かえって不気味さを強調する。
一同は顔を見合わせた。
沈黙が続いたのち、高圧的な中年の男が鼻を鳴らす。
「……行くしかあるまい」
苛立ちを隠さぬ足音を響かせ、真っ先に通路へと歩みを進める。
お嬢様はその後を追うが、こちらの傍を通り過ぎる時に一瞬だけ眉を顰め、スカートを翻して大げさに距離を取った。
「……不快ですわ」
小さく吐き捨てる声が、わざとらしく耳に届く。
サラリーマン風の男は視線を合わせることすらできず、ふらつきながら慌てて身を避ける。
若いカップルは互いに腕を絡め合い、彼女が小声で囁いた。
「あいつやばくない?こわぁ……」
彼はうなずき、目を逸らしたまま早足で通り過ぎる。
シスターは祈りの言葉を口の中で繰り返し、幼い少女の背中をそっと支えながら歩く。
——誰もが意識的に視線を逸らしていた。
肩がぶつからないよう、不自然なほどの間隔を空けて。
「……ああ、どうせ俺は一人だ」
人は、異質なものを本能的に排除する。
恐怖と嫌悪が混じったその眼差しを、もう慣れたように受け流す。
唇を引き結び、ポケットに両手を突っ込むと、最後尾を無言で歩いた。
* * *
通路を抜けると、広がっていたのは円形の部屋だった。
白い壁は冷たく無機質で、天井からは無数のライトが照らし出している。
中央には、等間隔に並べられた九脚の椅子。
まるで裁きを下すための法廷のように、円を描くよう配置されていた。
スピーカーが再び低く唸り、男の声が響いた。
『座れ。これから始めるのは“罪の告白”だ。ただし……互いを知らずに罪を吐き出すのは無意味だろう。自己紹介を兼ね、己の罪を一つ、語ってもらう。順番は——そこの君からだ』
指名されたのは、刺繍入りのリボンを制服の胸元に飾ったお嬢様だった。
彼女は一瞬むっとしたように顎を上げ、立ち上がった。
「……わたくしは、桐生院 麗華。ご覧の通り、桐生院家の者であり、桜華女学院高等部の二年生ですわ」
声には誇りと警戒が入り混じる。
「罪、というのなら……ふふ。友人との約束を一度すっぽかしたことがございます。それが、わたくしの罪ですわ」
小さく鼻で笑い、麗華は椅子に腰を戻す。
軽い罪を選んだことは明白だった。
続いて立ち上がったのは、シスター服の老齢の女性だ。
「……私はアンジェ。修道院にて、シスターとして祈りと共に生きてきました。罪……それは、祈るべき時に疑念を抱いたこと。神を疑った一瞬の弱さ、それを悔い続けております」
深々と十字を切り、座り直した。
その隣、小さな体でぬいぐるみを抱く少女が、恐る恐る口を開いた。
「……わ、わたし……さやか……小学5年生です……。罪……は……お母さんに、嘘ついたこと……宿題やったって……」
声は涙でかすれていた。
大学生風のカップルが順に答える。
「俺、ユウマ。大学二年、バイトはカラオケ店。罪? まぁ……講義さぼってパチンコ行ったとかじゃね?」
と軽薄に笑う。
「アユミ。……うちの罪はぁ、えーと、元カレと二股かけてたこと?」
隣の女は髪をかき上げ、半ば自慢げに告げた。
次に、くたびれたスーツ姿の男が、おどおどと名乗る。
「え、えっと……田島です。普通のサラリーマンで……罪……あ、そうだ、会社の備品を勝手に持ち帰ったことが……」
彼の声はみじめに震えていた。
中年の男は腕を組んだまま、不機嫌そうに答える。
「橘。橘 剛三だ。企業をいくつか経営している。罪? ……従業員を叱り飛ばして、辞めさせたことがある。それが罪だとするならな」
最後に立ち上がったのは、薄い笑みを浮かべた細身の男。
「僕のことは……まあ“ユキ”とでも呼んでくれ。バイトを転々としてるだけの、どこにでもいるフリーターさ。罪? ……そうだなぁ。人に嘘をついたことかな。『大丈夫だよ』って言ったのに、全然大丈夫じゃなかった。まあ、よくある事だよね」
その笑みは相変わらず掴みどころがない。
そして、全員の視線が最後の人物——血に濡れた少年へと向いた。




