02
モニターに映る男は、白衣の襟を整えながら淡々と告げた。
『さて……君たちをここに集めた理由は単純だ。これから“ゲーム”をしてもらう。勝てば生き延び、負ければ罰を受ける。ただそれだけのことだ』
ざわ、と空気が乱れる。
誰かが息を呑み、誰かが短く呻く。
「……ゲームだぁ?」
軽く眉を吊り上げた大学生風の男が、モニターを睨みつける。
隣では、制服のリボンを揺らすお嬢様が即座に言葉を切り捨てた。
「バカバカしい。……今すぐ帰らせなさい」
その冷たい響きに、空気が一段と硬くなる。
サラリーマン風の男は額の汗を拭いきれず、虚ろな目で天井を仰いだ。
「……仕事が……まだ……締め切りが……」
言葉は尻切れに途切れ、喉に溶けて消える。
床にしゃがみ込んだ少女は、ぬいぐるみを抱きしめたまま小さく震えていた。
声を出そうとしても、喉が凍りついて動かない。
そして、ひとりシスターだけが目を閉じ、両手を重ねて祈り続けていた。
唇は確かに祈りの文句を形作っているのに、その肩は微かに震えている。
——誰もが動揺していた。
その中で、俺はモニターを睨みつける。
「……ふざけんな」
低く呟いた声は、やけに響いて聞こえた。
「いきなり拉致って命賭けろだ? 頭おかしいんじゃねえのか、あんた。さっさとここから出せよ! こんなクソみてえな遊び、付き合ってられるか!」
唇を歪め、吐き捨てるように言った。
空気が揺れる。
怯えたように息を呑む音が周囲から響いた。
モニターの中の男は、冷ややかに眼鏡を押し上げる。
『出す? 出てどうする』
静かな声に、場の空気がさらに冷え込む。
『お前に帰る場所などあるのか?』
一瞬、言葉が詰まった。
胸の奥に、ずっと押し込めてきた何かを握られるような感覚。
だが、俺はそのまま黙り込むのが癪で、歯を食いしばって睨み返した。
モニターの男の目が細まり、眼鏡の奥で冷たく光った。
『……反抗的な態度だな』
一拍置いて、抑揚のない声が響いた。
『ならば罰を与える』
——床が揺れた。
金属がせり上がる重い音と共に、足元のパネルが開く。
次の瞬間、無数の鉄杭が飛び出し———
俺の全身を容赦なく貫いた。
「——ッ!」
息が喉に張り付く。
冷たい鉄が肉を割き、背筋を突き抜ける感覚。
耳の奥で世界が反転するように轟き、視界が赤に染まった。
悲鳴が響く。
「やめろっ!」「ひぃ……!」
誰も近づけない。
誰も助けられない。
杭は血を滴らせたまま俺を持ち上げようとした。
だが、そこで——。
歯を食いしばる。
全身が熱を帯び、筋肉が膨れ上がった。
ぎしり、と杭が悲鳴をあげ、金属が軋み、やがて折れ曲がって砕け散る。
血に濡れた腕を無理やり引き抜き、俺は床を強く踏みしめた。
その瞬間、がらんどうの空間に響いたのは、砕け散った鉄杭が床に落ちる乾いた音と、血が滴る鈍い水音だけだった。
……空気が、止まった。
全員の視線が俺に釘付けになる。
恐怖に染まった眼差しが十数本の矢のように突き刺さってきた。
お嬢様は蒼白になった頬を震わせ、背後へと後ずさる。
「ありえませんわ……」
と小さく吐き捨てながらも、その声には明らかな怯えが混じっていた。
サラリーマン風の男は腰を抜かし、尻餅をついたまま足をじたばたと動かす。
「う、うわ……嘘だろ……!」
若いカップルは肩を寄せ合い、言葉を失って口をぱくぱくと開閉させている。
そして——壁際に立つ細身の男だけが、相も変わらず薄い笑みを浮かべたまま、愉快そうに目を細めていた。
「……化け物だ」
誰かの震える声が、やけに鮮明に響く。
俺は荒い息を吐き、血で濡れた手をだらりと下ろした。
視界の端で、自分の裂けた肉が蠢いているのが見える。
破れた皮膚がじわじわと寄り合い、裂けた筋繊維が絡み合い、肉の断面が押し戻されるように繋がっていく。
痛みは確かにある。
だが、それ以上に……治っていく自分の体の異様さが、誰よりも俺自身を苛立たせた。
誰の顔も見ない。見たくなかった。
「……ちっ」
床に血の混じった唾を落とし、壁に背を預ける。
その音は空間に沈み込み、誰も言葉を発さなかった。
——沈黙を破ったのは、モニターに映る白衣の男だった。
『……驚いたな』
眼鏡の奥の目が、ほんの一瞬だけ細められる。
だがそれ以上の言葉はなく、短い間の後に、彼は表情を引き締めて言葉を継いだ。
『……さて。今のが“見本”だ。反抗すれば、このように罰が与えられる』
低く落ち着いた声が、広い空間に反響する。
誰も、息を呑む音すら立てられない。
『ここにいる全員は、例外なくルールに従ってもらう。従わぬ者は……同じ目に遭うだけだ。』
淡々と告げられるその口調には、怒りや脅しの色はなかった。
ただ事実を伝えているだけ——それがかえって参加者たちの背筋を冷たくした。
『いいな?』
沈黙。誰一人、声を上げる者はいない。
呼吸音すらも今は凍りついたように消えていた。
モニターの男はわずかに頷くと、静かに宣告した。
『では——最初のゲームを始めよう』




