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孤独な怪物の鎖  作者:
開幕
3/16

02

モニターに映る男は、白衣の襟を整えながら淡々と告げた。


『さて……君たちをここに集めた理由は単純だ。これから“ゲーム”をしてもらう。勝てば生き延び、負ければ罰を受ける。ただそれだけのことだ』


ざわ、と空気が乱れる。

誰かが息を呑み、誰かが短く呻く。


「……ゲームだぁ?」


軽く眉を吊り上げた大学生風の男が、モニターを睨みつける。


隣では、制服のリボンを揺らすお嬢様が即座に言葉を切り捨てた。


「バカバカしい。……今すぐ帰らせなさい」


その冷たい響きに、空気が一段と硬くなる。


サラリーマン風の男は額の汗を拭いきれず、虚ろな目で天井を仰いだ。


「……仕事が……まだ……締め切りが……」


言葉は尻切れに途切れ、喉に溶けて消える。


床にしゃがみ込んだ少女は、ぬいぐるみを抱きしめたまま小さく震えていた。

声を出そうとしても、喉が凍りついて動かない。


そして、ひとりシスターだけが目を閉じ、両手を重ねて祈り続けていた。

唇は確かに祈りの文句を形作っているのに、その肩は微かに震えている。


——誰もが動揺していた。

その中で、俺はモニターを睨みつける。


「……ふざけんな」


低く呟いた声は、やけに響いて聞こえた。


「いきなり拉致って命賭けろだ? 頭おかしいんじゃねえのか、あんた。さっさとここから出せよ! こんなクソみてえな遊び、付き合ってられるか!」


唇を歪め、吐き捨てるように言った。

空気が揺れる。

怯えたように息を呑む音が周囲から響いた。

モニターの中の男は、冷ややかに眼鏡を押し上げる。


『出す? 出てどうする』


静かな声に、場の空気がさらに冷え込む。


『お前に帰る場所などあるのか?』


一瞬、言葉が詰まった。

胸の奥に、ずっと押し込めてきた何かを握られるような感覚。

だが、俺はそのまま黙り込むのが癪で、歯を食いしばって睨み返した。

モニターの男の目が細まり、眼鏡の奥で冷たく光った。


『……反抗的な態度だな』


一拍置いて、抑揚のない声が響いた。


『ならば罰を与える』


——床が揺れた。


金属がせり上がる重い音と共に、足元のパネルが開く。

次の瞬間、無数の鉄杭が飛び出し———



俺の全身を容赦なく貫いた。


「——ッ!」


息が喉に張り付く。

冷たい鉄が肉を割き、背筋を突き抜ける感覚。

耳の奥で世界が反転するように轟き、視界が赤に染まった。

悲鳴が響く。


「やめろっ!」「ひぃ……!」


誰も近づけない。

誰も助けられない。

杭は血を滴らせたまま俺を持ち上げようとした。

だが、そこで——。


歯を食いしばる。

全身が熱を帯び、筋肉が膨れ上がった。

ぎしり、と杭が悲鳴をあげ、金属が軋み、やがて折れ曲がって砕け散る。

血に濡れた腕を無理やり引き抜き、俺は床を強く踏みしめた。

その瞬間、がらんどうの空間に響いたのは、砕け散った鉄杭が床に落ちる乾いた音と、血が滴る鈍い水音だけだった。


……空気が、止まった。

全員の視線が俺に釘付けになる。

恐怖に染まった眼差しが十数本の矢のように突き刺さってきた。

お嬢様は蒼白になった頬を震わせ、背後へと後ずさる。


「ありえませんわ……」


と小さく吐き捨てながらも、その声には明らかな怯えが混じっていた。

サラリーマン風の男は腰を抜かし、尻餅をついたまま足をじたばたと動かす。


「う、うわ……嘘だろ……!」


若いカップルは肩を寄せ合い、言葉を失って口をぱくぱくと開閉させている。

そして——壁際に立つ細身の男だけが、相も変わらず薄い笑みを浮かべたまま、愉快そうに目を細めていた。


「……化け物だ」


誰かの震える声が、やけに鮮明に響く。

俺は荒い息を吐き、血で濡れた手をだらりと下ろした。

視界の端で、自分の裂けた肉が蠢いているのが見える。

破れた皮膚がじわじわと寄り合い、裂けた筋繊維が絡み合い、肉の断面が押し戻されるように繋がっていく。

痛みは確かにある。

だが、それ以上に……治っていく自分の体の異様さが、誰よりも俺自身を苛立たせた。

誰の顔も見ない。見たくなかった。


「……ちっ」


床に血の混じった唾を落とし、壁に背を預ける。

その音は空間に沈み込み、誰も言葉を発さなかった。


——沈黙を破ったのは、モニターに映る白衣の男だった。


『……驚いたな』


眼鏡の奥の目が、ほんの一瞬だけ細められる。

だがそれ以上の言葉はなく、短い間の後に、彼は表情を引き締めて言葉を継いだ。


『……さて。今のが“見本”だ。反抗すれば、このように罰が与えられる』


低く落ち着いた声が、広い空間に反響する。

誰も、息を呑む音すら立てられない。


『ここにいる全員は、例外なくルールに従ってもらう。従わぬ者は……同じ目に遭うだけだ。』


淡々と告げられるその口調には、怒りや脅しの色はなかった。

ただ事実を伝えているだけ——それがかえって参加者たちの背筋を冷たくした。


『いいな?』


沈黙。誰一人、声を上げる者はいない。

呼吸音すらも今は凍りついたように消えていた。

モニターの男はわずかに頷くと、静かに宣告した。


『では——最初のゲームを始めよう』


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