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孤独な怪物の鎖  作者:
第二ゲーム
16/16

15


通路はしばらく、何事もなかったかのように続いていた。

蛍光灯の明滅も、壁に残る傷も、さっきまでと変わらない。

ただ――進むにつれて、足音の返り方が、少しずつおかしくなっていく。


……響く。

やけに、深く。


「……ねえ」


アユミが、小さく声を落とす。


「……音、なんか変じゃない?」


俺は答えず、歩調を緩める。

空気が、冷たい。

いや、正確には――吸い込まれる感じがする。

数十メートル先。

通路の向こう側が、妙に暗い。

照明は点いているはずなのに、そこだけ光が届いていないように見えた。

近づくにつれ、どんどんと闇が大きくなっていく。


次の瞬間。

カツン、と。

俺の足元で、小さな音がした。

何かを蹴った感触。

視線を落とすと、コンクリートの欠片が、縁から転がり落ちていく。


……落ちる。


地面に打ちつけられる音はしなかった。

いつまでも、いつまでも、下へ吸い込まれていく。


「……」


嫌な予感が、確信に変わる。

俺は足を止めた。

その数歩先で、通路は――途切れていた。


「……は?」


思わず漏れた声が、空間に吸い込まれる。

目の前に広がっていたのは、底が見えないほど深い闇だった。

覗き込もうとしても、光は途中で飲み込まれ、どこまで落ちていくのかすら分からない。

そして、その闇の上に。


「……足場、かよ」


ぽつり、ぽつりと。

暗闇に浮かび上がるように、間隔を空けて配置された、小さな金属板。

目を凝らせば、それが闇の中から聳える支柱に支えられていることがわかる。

一枚一枚が人ひとり分あるかどうかで、しかも鎖で繋がれた俺たち二人が同時に乗るには、どう考えても余裕がなかった。

向こう岸は、確かに見える。

だが、そこへ行くには、この穴を越えるしかない。


「無理でしょ、これ……」


アユミの声が、珍しく弱々しい。

引き返すか。

それとも、ここで様子を見るか。

そう考えた瞬間だった。


――ギィィィン、と。


背後から、耳を刺すような金属音が響いた。

振り返った瞬間、背筋が凍る。

通路の壁が割れ、回転する巨大なノコギリが、ゆっくりと、しかし確実にこちらへ迫ってきていた。

壁いっぱいに広がった刃の縁が火花を散らしながら回り、床を削り、逃げ場を喰い潰してくる。


「……冗談、でしょ」


立ち止まる選択肢は、消えた。


「…行くしかねぇ」


俺は即座に判断し、アユミの腕を掴んだ。


「え、ちょ――」


言葉を最後まで聞く前に、俺は彼女を担ぎ上げる。

抗議する暇すら与えない。


「鎖、絡まるぞ。暴れるな」

「……っ!」


アユミは一瞬きつく目を閉じ、それから歯を食いしばった。


「……落としたら、殺すから」

「落とさねぇよ」


そう言って、助走もなしに踏み切る。


――一つ目の足場。


着地の衝撃が、金属板を震わせた。

鎖が跳ね、手首に痛みが走る。

だが、止まる暇はない。

背後では、ノコギリがさらに速度を上げて迫ってくる。

前方では、別の刃が振り子のように左右へ揺れながら横切っていた。

下に広がる闇の中からも、突き出すように刃が現れ、引っ込む。


「……殺す気満々じゃねーか」


俺は歯を噛み締め、刃の動きだけに集中する。

振り子の周期。

突き出しのタイミング。

一瞬の隙。


「次、行くぞ」


1番近くにあった足場へ、跳ぶ。


――瞬間。


ガンッ、という嫌な感触と同時に、足元が沈んだ。


「――っ!?」


金属板が、支柱ごと砕けるように崩れ落ちる。

考えるより先に、体が動いた。

落下しかけた反動を無理やり引き戻し、俺は一つ前の足場の縁に叩きつけるように指を食い込ませた。

鎖が引き絞られ、アユミの体がぐらりと揺れる。


「……っ、蓮……!」


必死に歯を食いしばり、腕の力だけで体を引き上げる。

筋肉が悲鳴を上げるが、構わない。

なんとか、二人分の体を再び一つ目の足場へ戻した。


「……っは……っ」


息が荒くなる。

下を見れば、崩れ落ちた足場は、音もなく闇に消えていった。


「……くそっ、ハズレとかあんのかよ……」


吐き出すように呟き、視線を走らせる。

一つ目の足場から届く距離に、まだ二つ、金属の足場が残っていた。

どちらも似たような大きさで、どちらが安全かなんて、見ただけじゃ分からない。

だが、考える猶予はない。

背後から迫るノコギリは、もう風圧が背中を叩くほど近く、さらに頭上では別の刃が軌道を変え、ぎらつく刃先が、掠めるように俺たちの上を通過していく。

この足場に留まっているだけでも、身体を低くしたり、刃の動きに合わせて身を捻ったりしなければならず、いつバランスを崩してもおかしくなかった。


「……どっちか、行くしかねぇ」


そう判断し、俺は足に力を込める。

一か八か、どちらかに跳ぶしかない。


その瞬間。


「待って!!」


アユミの声が、鋭く響いた。

俺の腕に、ぎゅっと力が込められる。


「何だ、早く跳ばないと――」

「上、見て!」


苛立ち混じりに視線を上げた、その先。

天井に刻まれていたのは、ただの傷や模様じゃなかった。

足場の配置と対応するように、複雑に絡み合った線――迷路のような図形が、薄く、だが確かに描かれていた。


「……迷路?」

「多分……足場と、対応してる」


刃が頭上を掠め、反射的に身を屈めながら、俺は舌打ちする。


「今そんなの見てる余裕、ねぇだろ……!」


俺はアユミを抱えたまま、刃の動きに集中し、振り子のタイミングに合わせて体をずらす。

視界の端で迷路が見えても、細かく追う余裕なんてない。


「っ!……うちが見る!」


アユミは必死に声を張り上げ、天井を睨み続ける。

恐怖で呼吸が乱れているのが、抱えた身体越しにも伝わってくるのに、それでも目を逸らさない。


「さっきの……崩れた足場……!」


刃を避けながら、俺は短く応じる。


「……何だ!」

「やっぱりそうだ……さっきの足場に対応してるルート……行き止まりになってる!」


その言葉に、思考が一気に繋がった。


「……つまり」

「行き止まりのルートを選ぶと……足場が崩れる、たぶん……!」


背後のノコギリが、さらに距離を詰める。

刃の回転音が、もう耳元だ。


「なら……次はどっちだ」


俺は歯を食いしばりながら問い返す。

アユミは、天井と足場を必死に見比べ、震える声で続けた。


「残り二つ……左の方……

 そっちは、途中で線が塞がってる……行き止まり……!」

「……了解!」


叫ぶように返し、俺は迷わず右の足場へと跳んだ。

着地の衝撃が膝に走り、金属が悲鳴のような音を立てるが、崩れる気配はない。


――生きてる。


だが、安堵する間もなく。


「次……ある……!」


アユミの声が、ほとんど悲鳴に近い震えを帯びる。

足場は、まだ終わっていない。

闇の向こうに、ぽつり、ぽつりと続く小さな足場。

そしてそれに比例するかのように、刃の数が増えている。

左右から伸びてくる直線的な刃。

天井から吊られ、振り子のように大きく弧を描く刃。

さらには、足場と足場の間を横切るように、一定のリズムでせり出してくる刃まである。


「……ふざけてんな」


呟いた声は、刃の駆動音に掻き消された。


「アユミ、次も見れるか」

「わかってる……!」


俺は足場の中央に踏ん張りながら、刃の動きを目で追い、ほんの一瞬の隙を探す。

だが、頭上の迷路はもう、さっきよりも複雑に枝分かれしていて、一目で安全なルートが分かるほど単純じゃない。


「……さっきのは、たまたま片方が塞がってたけど、出口までの道は……まだ、分かんない……」

「構わねぇ。消去法でも選択肢が削れりゃ、上等だ」


そう言ってはみたものの、俺自身、分かっていた。

進むたびに分岐は増え、刃も増え、ミスの余地は確実に削られていく。

背後では、ノコギリがさらに速度を上げ、もはや退路という概念は消え失せていた。


「次の分岐……!」


アユミが、必死に天井を見上げる。


「二つ……いや、三つ……足場が、ある……!」


俺はアユミを抱え直し、振り子の刃が通過する瞬間に合わせて身体を沈める。

刃先が、ほんの数センチ上を掠め、冷たい風だけを残していった。


「……どれだ」

「ま、待って……今、見てる……!」


迷路の線は絡まり合い、途中で途切れ、再び繋がり、どこが正解でどこが罠なのか、判別するには時間が要る。

だが、その時間こそが、ここでは最も贅沢なものだった。


「……一つ、塞がってる……

 右端の……そこは、途中で戻れなくなる……!」

「じゃあ残り二つか」

「……うん。でも、どっちも……まだ先は、分かんない……」


刃が、今度は下からせり上がるように出現し、俺は反射的に足場の端へと寄る。

金属同士が擦れ合う甲高い音が、耳を刺す。

一度だけ深く息を吸い、足場の縁に踏ん張りながら、出来るだけ低く、落ち着いた声で言った。


「大丈夫だ。

 この距離なら……俺なら、跳んで戻れる」


刃が頭上を掠め、金属音が耳鳴りのように残る。

それでも俺は視線を前に据えたまま、続ける。


「だから焦るな。

 外れだと思ったら、引き返せばいい。……まだ、詰んでねぇ」


アユミが一瞬、俺を見上げる。

その目には、恐怖と、疑いと、それでも縋るような何かが混じっていた。


「……ほんとに?」

「ああ」


短く、断言する。

自信があるように聞こえたかどうかは分からないが、少なくとも迷いは見せなかった。


「……じゃ、じゃあ……次……中央……

 その先、分岐はあるけど……今のところ、塞がってない……」

「了解」


俺は頷き、刃の動きを一瞬で読み切ってから踏み切る。

振り子が最奥へ振れた、その刹那を狙って。

着地。


足場は、――耐えた。


「……生きてる」


思わず零れた呟きに、アユミが小さく息を吐く。


「次……次は……」


そうして、俺たちは少しずつ進んだ。

一つ跳び、二つ跳び、時には迷路の線を頼りに慎重に選び、時には一か八かで踏み込む。


――外れを引いたことも、一度や二度じゃない。


「……ごめん、間に合わない…!」


そうしてやみくもに飛び乗った足場が崩れた瞬間、俺は歯を食いしばり、即座に後退する。


「掴まれ!」


跳び戻った瞬間、横から突き出してきた刃が、避け切れない角度で迫っていた。


「……っ!」


俺は反射的に身体を捻り、アユミを内側に抱え込む。

次の瞬間、刃が俺の肩口を掠め、肉を裂く感触と、熱が走った。


「――蓮っ!?」

「……平気だ、浅い」


血が滲む感覚は確かにあったが、止まるわけにはいかない。

歯を食いしばり、再び安全な足場へと戻る。


「……ごめ……うちの、判断が……」

「違う」


俺は即座に遮る。


「アユミがいなきゃ、ここまで来れてなかった。十分、導いてくれてる」


息を整えながら、俺はもう一度前を見る。

刃は増え、動きは速くなり、選べる足場は少しずつ減っている。


それでも。


向こう岸は、もう僅かのところまで近づいていた。

闇の向こうに、蛍光灯の灯る通路。

足場ではない、確かな終点。


「……もう、あと少しだな」


俺がそう言うと、アユミは小さく頷いたが、その表情は晴れなかった。

むしろ、さっきよりも必死に、何度も何度も天井の迷路を追っている。


「……待って」


声が、震える。


「……ちょっと、待って……」

「どうした」


俺は足場の端で動きを止め、刃を避けながらアユミを見る。


「……おかしい……」


彼女の視線が、行ったり来たりする。

届く距離にある足場。

それと対応する、頭上の迷路。


「……ここも……ここも……」


指先が、小さく宙をなぞる。


「……全部……行き止まり……」


俺は、思わず眉を寄せた。


「……何?」

「無い……正解のルートが……」


アユミの声は、今にも泣き出しそうに掠れていた。


「何度見ても……

 届く足場と、迷路の線が……全部、途中で塞がってる…… どこを選んでも……ゴールに繋がってない……!」


彼女は何度も首を振り、必死にもう一度迷路を追う。

だが、答えは変わらない。

行き止まり。

行き止まり。

行き止まり。


「……そんな、はず……」


アユミの声が掠れた、その直後だった。

彼女は、はっとしたように息を呑み、反射的に後ろを振り返る。


――さっき通ってきた足場。

崩れたもの、残ったもの、その配置。


「……待って」


今度は、さっきまでの焦りとは違う。

何かに気づいた時の、息を詰めた声音だった。

アユミは俺の腕の中で身を捻り、もう一度、天井の迷路を睨みつける。

視線が、今までとは逆に――“遡る”ように動き始めた。


「……もしかして……」


刃が背後を擦り抜け、風圧が髪を揺らす。

それでも、彼女は目を逸らさなかった。


「……全部が全部、即死じゃなかった……?」

「……あ?」

「不正解のルートでも……

 足場が崩れないところがあった……?

 ただ……そこからは、ゴールに辿り着けないだけで……」


一瞬、理解が追いつかず、俺は舌を鳴らした。


「……っ、タチが悪いな……」


罠としては、あまりにも性質が悪い。

“生き残れる”と錯覚させて、時間と選択肢を奪う構造。

アユミは、必死に迷路を遡る。

線の始点。

三つ前の分岐。


「……あった……」


声が、わずかに弾んだ。


「ここ……

 さっき、私たちが選ばなかった方……

 線、途中で塞がってない……」


彼女の指が、空中で小さく震える。


「……そこから……こっち……繋がってる……ゴール……行ける……!」


ほんの一瞬。

恐怖に曇っていた顔に、微かな光が差した。


「……蓮……!戻ればいけ…る……」


だが。

言葉の途中で、アユミの表情が凍りつく。


「……っ」


彼女は、ゆっくりと後ろを見た。

最初からずっと、逃げ道を削るように、じりじりと迫ってきていた回転刃。

今やそれは、正解ルートへ戻るために必要な足場よりも、はるか手前まで侵食していた。

刃と刃の隙間は、もう跳躍できる距離じゃない。

戻ろうとすれば、確実に切り刻まれる。


「……嘘……」


アユミの声が、震え落ちる。


「……戻れ、ない……」


俺は歯を食いしばり、後ろを見る。

正解ルートの“入口”には、もう辿り着けない。

残されたのは、行き止まりだと分かっている“こちら側”の進路だけ。


「……クソ……」


吐き捨てるように呟きながらも、俺は刃ではなく、アユミの顔を見た。

恐怖でこわばっているのに、必死に思考を止めまいとしている、その目。


「……アユミ」


自分でも驚くほど、声は静かだった。


「本当の正解ルートで……ここから一番近い足場は、どれだ」


アユミは一瞬、何を言われたのか分からないという顔をしてから、それでももう一度天井の迷路を睨みつける。

刃が軋む音が、背中のすぐ後ろまで迫っているというのに、彼女は必死に線を追った。


「……えっと……えっと……」


視線が走り、指が震えながら動く。


「……これ……

 ハズレの足場を、一個……挟んだ、その先……」


彼女は、震える指で虚空を指した。

俺たちから見て斜め前、ゴールの一つ手前の、やや大きめの足場。

今立っている足場から、二つ先。


「……あそこ……

 あそこが……正解のルート……」


刃が、風を裂く音を立てた。


「分かった」


俺は短く答え、次の瞬間にはもう動いていた。


「――手、こっち」


アユミと鎖で繋がっている俺の左手。

その甲に、彼女の右手を重ねさせる。


「え……?」

「離すな」


言葉はそれだけ。

俺は彼女に背を向け、腰を落とす。


「……っ、ちょ、何……!」


抗議する声を無視して、アユミの脚を掴み、強引に背へと担ぎ上げた。

細い体重が、肩と背中にかかる。


「しっかり掴まれ」

「ま、待って……! 無茶だよ、それ……!」


刃が、もう足場の縁を削り始めている。

躊躇っている時間はない。

俺は、ゆっくりと息を吸い込んだ。


「……大丈夫だ」


助走の一歩を踏み出しながら、言った。



「俺は――化け物だからな」



「……っ!」


アユミの息を呑む音と同時に、俺は跳んだ。

空気が、消える。

足場が遠ざかる。

次の瞬間、足裏に伝わった感触は――脆い。


「っ!!」


着地した刹那、嫌な感触が走る。

ミシ、と、音を立てて、足場が軋んだ。


「蓮っ――!」


叫び声と同時に、足場が崩れ始める。

だが、止まらない。

俺はその“沈む床”を、全力で踏み締めた。

一瞬だけ。

ほんの一瞬だけ、反発を作り出し――


「――っ!」


もう一度、前へ。

だが、今度は低い。

本来の跳躍位置より、明らかに下。

足は、届かない。


「……っ、く……!」


視界いっぱいに、正解の足場の縁が迫る。

指先が、空を切る。


――否。


「……っ!」


ガン、と鈍い衝撃。

俺の右手が、縁を掴んだ。

指が悲鳴を上げ、縁にかけた手の皮膚が裂ける感触が走る。

だが、離さない。

背中で、アユミが息を止めているのが分かる。

歯を食いしばり、腕に力を込める。

崩れ落ちる足場の残響が、闇の底へ消えていく。

落ちたら終わりだ。


腕が、きしむ。

肩が抜けそうになるほどの重みが、全身にのしかかる。

裂けた指先から、ぬるりと血が伝った。


「……っ、蓮……! 無理……!」


背中で、アユミの声が震える。

だが、その震えすら、今は支えだった。


「……大丈夫だ……!」


声を絞り出し、もう一度、腕に力を込める。

血に濡れた指が、ようやく縁を越え、掌が床を捉えた。


「……っ!」


腹を擦り、膝を打ちつけ、それでも構わず身体を引きずり上げる。

最後はほとんど、転がり込むようにして――


 俺たちは、正解の足場の上に倒れ込んだ。


「……はっ……は……」


肺が、空気を貪る。

喉が焼けつく。

心臓が、耳の奥で暴れている。

数秒。

いや、もっと短かったかもしれない。

それでも、確かに――“生きている”と実感できる時間があった。


「……っ、は……」


背中から、アユミがずるりと降りる。

鎖が擦れる音がして、彼女はその場に膝をついた。

肩で息をしながら、それでも、ーーふっと笑ったように息を吐いた。


「……なに、それ……

 ほんと……ありえない……」


震えている声。

でも、泣いてはいない。

俺はうつ伏せのまま、片目だけで彼女を見る。

笑う余裕なんてないはずなのに、口の端だけが勝手に動いた。


「……言ったろ?……化け物だって……」


自嘲みたいな言葉だった。

なのに。


アユミは、一瞬だけ目を見開いて――次の瞬間、くしゃっと顔を歪めた。


「……ばか……」


小さく吐き捨てるみたいに言って、でも、その声は責めるよりも、ほっとした響きを含んでいた。


「……死ぬかと……思った……」


そう言って、彼女はその場に座り込む。

両手で顔を覆って、深く息を吸い、吐く。


「……でも……

 生きてる……よね……?」


確認するみたいな問い。

俺がそれにゆっくりと頷こうとした、その瞬間だった。


先に顔を上げていたアユミの肩越しに、振り子のように勢いをつけた刃が彼女に向かって迫っているのが見えた。


「アユミ!!後ろ!!!」







「……え?」


アユミの喉から、酷く間の抜けた声が零れ落ちた。


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