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孤独な怪物の鎖  作者:
第二ゲーム
15/16

14


通路を進みながら、鎖の重みが手首に残るたび、どうしても意識が引き戻される。

アユミの呼吸、靴音、すぐ隣にいるという事実。

しばらく、言葉はなかった。

蛍光灯の点滅と、遠くで軋むような金属音だけが続く。


……耐えきれなくなったのは、俺の方だった。


「……悪かった」


自分でも驚くほど、声は低く、短かった。

アユミの足が、ほんの一瞬だけ止まる。

だが振り返らない。


「なにが」


そっけない声。

怒っているのか、もうどうでもいいのか、判別がつかない。


「ユウマのことだ。……あいつの“罪”を、みんなの前で話した」


鎖がわずかに鳴る。

アユミの肩が、ほんの少しだけ強張ったのが分かった。


「……あれで、ユウマが死んだ。 結果的に、そうなった」


言い訳みたいな言葉を続けそうになって、やめた。

そんなものは、何の意味も持たない。


「……俺が黙ってりゃ、ああはならなかった」


しばらく沈黙。

通路の先から、どこかで水が滴る音が聞こえる。

ぽたり、ぽたりと、妙に間延びした音。


「……今さら」


アユミが、ぽつりと言った。


「今さら謝られてもさ。ユウマ、もう……」


言葉を切り、唇を噛む。

今までの強気な口調は、そこにはなかった。


「……うちだって、投票した。 怖かったし、生きたかったし…… だから、人のこと言えない」


そう言ってから、彼女は少しだけ声を荒らげた。


「……でもっ! あんたが言わなきゃ、あんな空気にはならなかった!」


鎖が引かれ、距離が縮まる。

振り向いた彼女の目は、怒りと混乱と、ほんのわずかな恐怖で揺れていた。


「……わかってる」


それだけ答える。


「だから、謝った。

 許してほしい、とは言わねぇ」


アユミは一瞬、言葉を失ったように口を開き、それから乱暴に視線を逸らした。


「……ほんと、ムカつく」


小さく吐き捨てるように言う。


「そういうとこ。

 開き直らないで、変に真面目なとこ」

「……わるい」

「だから!謝るなっつーの!」


言い合いになりかけて、でも続かない。

代わりに、また沈黙が落ちる。

しばらく歩いてから、アユミが低く言った。


「……でもさ」


声のトーンが、少しだけ落ち着いていた。


「さやかちゃん、助けたのは……

 あれは、ほんとだと思ってる」


俺は何も言わない。


「正直、怖かったよ。

 あんたあの時……死なないの、普通じゃなかったし」


一瞬、言葉に詰まる気配。


「でも……

 あの子、あんたにしがみついてた」


鎖を見下ろしながら、彼女は続ける。


「怖がってるのに、離れなかった。

 あれ見て……ちょっとだけ、分かんなくなった」


何が、と聞かなくても分かる。

俺が、ただの“危ない奴”なのか。

それとも――それ以外なのか。


「……勘違いすんな」


俺は前を見たまま言った。


「俺は、正しいことなんて出来ねぇ。

 ただ……見捨てられなかっただけだ」


一拍、間があった。

通路に、靴音と鎖の擦れる音だけが残る。

その静けさの中で、アユミがぽつりと口を開いた。


「……ねぇ」


呼ばれても、すぐには顔を向けられない。

視線の先には、まだ続く細い通路と、ちらつく蛍光灯だけがあった。


「さっきのさ」

「ユキが言ってたこと」


歩きながら、彼女は俺の横顔を盗み見るように続ける。


「養護施設の……あれってさ」


一瞬、言葉を選ぶような間があって。


「……本当なの?」


喉が、ひくりと引き攣った。

否定する言葉は浮かばず、肯定するほどの勇気もない。

沈黙が答えになったのだろう。

アユミはそれ以上追い詰めるような口調にはならず、けれど、逃がしもしなかった。


「さっき、言ってたよね」


俺の言葉を、彼女はそのまま拾い上げる。


「正しいことなんて出来ないって。

 でも……見捨てなかっただけだって」


鎖が、わずかに張る。

歩調がずれたのを、互いに無言で修正する。


「それってさ」


アユミは、ほんの少しだけ声を落とした。


「……その時も、同じだったの?」


俺は、答えなかった。

いや、答えられなかった。


「……」


あの時の光景を思い出す。

それだけで、過去の景色が、音と匂いを伴って押し寄せてくる。

裏庭で、光の消えた目で、倒れていた葵の姿。

それを取り囲む、5人の影。

それを見た瞬間、頭が、真っ白になった。

視界が狭まり、血の音だけがやけに大きくなる、あの感覚。


「……助けたかったやつがいたのも、本当だ」


最初の一撃。

それだけなら、まだ言い訳が出来たかもしれない。


「……でも、止まらなかったんだ、俺は」


拳を振るう感触が、今でも皮膚の裏に残っている。


「助けるため、だけじゃなかった」


俺は、唾を飲み込んだ。


「許せなかったんだ」


いつも笑顔だった彼女から、笑顔を奪った彼ら。

だから。


「痛いって声も、助けてって声も……聞こえてたのに、無視した」


言葉にするほど、胸の奥が重くなる。


「瀕死になるまで、やった。

 ……止めなかった」


鎖が、小さく鳴る。


「結果的に助かったとか、守るためだったとか……そんなの、全部あとから付けた理由だ」


俺は、はっきりと言った。


「結局あれは――

 言い訳の出来ない、俺の罪だ」


しばらく、足音だけが続いた。

アユミは、すぐには何も言わなかった。

その沈黙が、拒絶じゃないと分かっていても、心臓の奥がじくじくと痛む。

やがて、彼女は小さく息を吐いた。


「……そっか」


そう言ってから、ちらりと俺を見る。


「でもさ」


ほんの一瞬、言葉を探すように視線を逸らして。


「“助けた”のも…… 全部が嘘ってわけじゃないでしょ」


俺は、何も返さなかった。


「だから、厄介なんだよね。 そういうの」


自嘲気味に、アユミは笑う。


「完全な悪なら、簡単だったのに」


アユミは、鎖をわずかに引き、俺の歩幅に合わせた。


「うちもさ、謝りたいやつがいるんだ……だから」

「?」

「このゲーム中は、生き残ろ。

 罪の精算は、終わってからちゃんとしよ、お互い」

「……ああ」


短く答える。

鎖が、今度は先ほどよりも静かに揺れた。

距離は変わらない。

けれど、さっきより少しだけ――息が合わせやすくなっていた。


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