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孤独な怪物の鎖  作者:
第二ゲーム
14/16

13


扉の向こうに広がっていたのは、思っていたよりも静かな空間だった。

円形のホール、その中央に並んでいるのは――四つの無機質な物体。

腰ほどの高さの金属製の台座が、等間隔に配置されている。


一見しただけでは用途が分からない。

だが、近づくにつれて気づく。

それぞれの台座は、左右に一つずつ、人の手首を置くためのくぼみを備えていた。

そのくぼみを繋ぐように、間に重たい鎖が垂れ下がっている。鎖の長さは、およそ一・五メートルほど。


……嫌な予感しかしない。


やがて、天井の巨大モニターが砂嵐を走らせ、白衣の男の姿を映し出した。


《第二ゲームへようこそ》


落ち着き払った声が、ホールの空気を一段階冷やした。


《このゲームは二名一組で行ってもらう。組み合わせはこちらで既に決めさせてもらった》


その言葉に、誰かが小さく息を呑む。


《互いの手首を鎖で繋ぎ、一定時間、生存を維持すること。それが今回の目的だ》


説明の合間に、4組の台座がカシャン、と音を立てて開いた。

金属の蓋が沈み込み、それぞれの表面に名前が刻まれたパネルが浮かび上がる。


「……橘さんと、わたくし?」


麗華が小さく呟く。

橘は一瞬だけ目を細め、それから短く舌打ちをして前に出た。


「あら、最初の頃とは随分とご様子が違いますわね。もうお世辞を言うのはおやめになったのかしら?」

「ふん。価値があるのはお前の父親の会社だけだ。何も知らないなら利用してやろうと思ったが――お前のような小賢しい小娘など不要だ」


麗華は一瞬、目を伏せ、それからゆっくりと微笑んだ。


「……ああ、どうしてずっとあなたに嫌悪感があったのか、分かりましたわ。そういう薄汚いところが、とても父に似ていて不快だったのですのね」

「やはり平和ボケしたガキだな。経営というのはそういうものだ。足を引っ張るなよ、小娘」

「それはこちらのセリフですわ。もうよいお年ですもの、体力もなくてさぞ大変でしょう? おじさま」


刃物のような言葉が、静かに飛び交う。

空気だけが、ひどく冷え切っていった。


一方で、アンジェは未だ狼狽したままの田島に、そっと声をかける。


「田島さん……よろしく、お願いします」


その声に田島ははっとして瞬きをし、慌てて深く頭を下げた。


「あ、あ……こちらこそ。……すみません、足、引っ張るかもしれなくて」

「大丈夫です。私の方こそ、あまり動けないかもしれません。ご迷惑をおかけしたら……」

「い、いえ、とんでもないです……俺なんかで、本当に……」


そう言いながら、田島は落ち着きなく、くたびれたスーツの襟元を弄っていた。



「さやかちゃん、よろしくねぇ」


ユキの軽い声に、さやかはわずかに肩をすくめる。

ちらりと俺を不安そうに見上げてから、ユキへと向き直り、小さく頷いた。


「……うん」

「あはは。そんなに怖がらないでほしいな。僕はいつだって、“人”の味方だからね」


そう言って、ユキは細めた視線をこちらに一瞬だけ向ける。

意味ありげな笑みを残し、さやかの手を引いて台座へと向かった。


そして――


《蓮とアユミ》


俺の足がぴたりと止まった。

隣のアユミも、まるで胸を突かれたように目を見開く。


「……なんで、よりによって……」


小さく漏れた声は、俺に聞かせるつもりのないものだったのだろう。

俺も同じことを思ったが、口には出さなかった。


「……行くぞ」


それだけ告げて、俺は台座の左側に立つ。

アユミは一瞬躊躇い、それから乱暴に反対側に立った。


《それでは、手首を置け》


モニターの声に逆らえる者はいない。

俺はくぼみに左手を置いた。

ひんやりとした金属が、掌の熱を奪う。

一拍遅れて、アユミの手首が反対側に置かれる。


ガシャン。


重たい音とともに、鎖が弾けるように伸び、互いの手首を繋いだ。

長さは短すぎず、だが余裕もない。

一歩離れれば、すぐに引き戻される距離。


「……これ、近すぎ」


アユミが顔をしかめる。


「文句は俺に言うな」

「分かってるっつーの……!」


《パートナーは選べない。互いを信じようが、拒もうが、君たちに残された生存の道は——常に二人であることだけだ》


白衣の男が、温度のない声で告げた。


《互いの行動は、常にもう一人に影響する。勝手な判断は、即ち死を意味することもあるだろう》


アユミが俺の鎖を見下ろし、複雑そうに顔を歪める。

息が触れるほどの距離にいながら、心はまだひどく遠かった。


「……邪魔だけは、しないでよ」

「そっちこそ、勝手に死ぬなよ。引きずられるのはごめんだ」


そんな軽口を返してはみせたが、お互い笑える余裕なんてない。

鎖がわずかに揺れ、冷たい金属音が二人の沈黙を縫い止める。


その瞬間ーー


床が低く唸るような音を立て、ホール全体がわずかに振動した。

台座の縁が沈み込み、円形の床がゆっくりと分断されていく。それぞれのペアごとに、足元の床が別々に動き出す。


「……始まる」


誰かの声が、かすれて消えた瞬間、床が傾き、俺たちは強制的に後ろへとバランスを崩した。


「うわっ…!」


傾斜をつけられた通路へと“流される”感覚だ。

俺とアユミは、ほとんど同時に足をついた。

鎖が鳴り、手首に冷たい衝撃が走る。


「ちょ、ちょっと……っ!」


アユミが反射的に声を上げる。

派手な金髪は乱れ、ネイルの長い指が鎖を掴む。

強気な口調は残っているが、その奥にある焦りは隠しきれていない。


「……歩幅を合わせよう。転んだら終わりだ」


俺が低く言うと、アユミは一瞬だけこちらを睨み、それから舌打ちした。


「……言われなくても分かってるし」


そう言いながらも、彼女は無意識に俺の半歩後ろに位置を取った。

通路は細く、天井は低い。

蛍光灯が不規則に点滅し、壁には無数の引っ掻き傷と黒ずんだ染みが残っている。


ーー誰かが、ここで必死にもがいた痕跡。


《制限時間は六十分、最後まで生き残れ》


天井のスピーカーが無機質に告げた。


《当然だが、このエリアには、二名同時でなければ回避できない仕掛けも存在する。協力を怠れば、待っているのは“死”だ》


「……協力、ね」


アユミが鼻で笑った。


「こんな鎖で繋いどいて、よく言うわ」


その直後だった。

ガンッ――と、背後で重い音が響く。

反射的に振り返るより早く、床が沈む気配を感じた。


「アユミ、前!」


俺は叫び、鎖ごと彼女を引き寄せて跳ぶ。

刹那、さっきまで俺たちが立っていた床から、鋭い刃がせり上がった。


「……っ!」


着地の衝撃で、アユミが息を詰まらせる。


「ちょ……今の、マジで……」


言葉が途中で途切れ、彼女は俺を見た。

派手なメイクの奥の瞳が、恐怖で揺れている。


「……なんで、分かったの」

「なんとなく」


俺は短く答える。

説明できるほどの理由はなかった。

鎖が揺れ、二人の距離が一瞬だけ縮まる。

アユミは何か言いかけて、結局視線を逸らした。


通路の先には、まだ闇が続いている。

誰も多くを語らない。

誰も、誰かを完全には信じていない。


それでも、鎖は外れない。

第二のゲームは、静かに、確実に牙を剥き始めていた。


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