12
《盛り上がっているところ悪いが——》
冷たいスピーカーの声が流れ、先ほどまで僅かに緩んでいた部屋の空気がぎくりと収縮した。
《ルールを破ってもらっては困るな。投票を放棄したものには罰を、そう言ったはずだ》
その言葉に俺はゆっくりと顔を上げる。
まだ体のどこかで燻っている熱と焦げの匂いが背中に張りつき、喉が焼けたみたいに痛む。
モニターに映る白衣の男を睨みつけ、血でべっとり濡れた掌を握りしめたまま、かすれた声を押し出す。
「……俺が代わりに受けてやったんだ。文句はねぇだろ……。
まだやるってんなら、その機械ごとぶっ壊してやる……!」
モニターの向こうで、男は一瞬だけ眉を動かしたように見えた。
だが返ってきたのは、冷淡で、抑揚のない声音だった。
《……なるほど、身代わり、か……仕方ない。今回は見逃してやろう》
飄々とした口調で男は告げる。
胸をなぞるように安堵がかすめる。
だが誰も声を上げない。
静寂が張りついた部屋で、アナウンスだけが続いていく。
《さて、それでは、部屋を移動しようか。ゲームを続けられる状態ではなくなってしまったからな》
その瞬間、拘束具が一斉に外れるガチャリという音が響き、
続いて──
ユウマの黒焦げた体が、椅子からずるりと崩れ落ちた。
重い音が床に落ちた瞬間、部屋全体が息を呑んだように震えた。
さやかの視線がそこへ向きかけたのを見て、俺は咄嗟にその前へ腕を回し、抱き寄せて隠した。
彼女の小さな体がびくりと震え、俺の胸の前でぎゅっと服を握る。
「……見んな。大丈夫だ、今は……見るな」
自分でも驚くほど静かな声だった。
さやかの震えはまだ止まらないまま、俺の手首に熱い涙が落ちる。
「……っ……ユウ……マ」
かすれたアユミの声。彼女は唇を押さえたまま、一歩、また一歩と後ずさりしていく。
さっきまで、自分の命惜しさにユウマを切り捨てようとした。
その選択は、確かに必要なものだったのかもしれない。
それでも──目の前の“結果”に、胸を砕かれるような痛みが彼女の表情に溢れていた。
「ユウマ……馬鹿……ばかっ…なんでよ……!」
堰を切った涙に混じって、呟きは嗚咽に飲まれていく。
他の面々も、それぞれの仕方で崩れ落ちていた。
田島が椅子の横で膝をつき、ガタガタと歯を鳴らしている。
「あ……あ、あ……俺……人、人を……ころし……た……? 投票……押しただけで……俺……」
「五月蝿い!」
橘が怒鳴る。
だがその声はいつもの余裕や支配ではない。
明らかに、自分自身に言い聞かせるみたいに震えていた。
「こ、これは……ゲームだ。奴の……罪が……それほどまでに……重かった……だけだ……!」
拳を握る手まで震えているのが丸見えだった。
アンジェは胸元の十字架を握りしめ、皺だらけの指が白くなるほど力を込めていた。
「神よ……私は……私は……」
祈りなのか懺悔なのかさえ曖昧な声がかすかに続く。
麗華は唇を噛んで俯き、小さく震える肩を押さえながら呟く。
「……わたくしは……何があっても……生き延びなければ……なりませんの……
たとえ……こんな……こんな形でも……」
その瞳の奥に走る罪悪感は、隠しようがなかった。
ユキだけが、まるで別世界の住人のように静かに笑っていた。冷たい瞳を細め、ちらりとモニターを見上げる。
まるで、いいところで邪魔をしてくれる、とでも言うように。
そんな中、さやかがようやく俺の胸から顔を上げた。
涙で濡れた瞳が震えながら、言葉にならない声を漏らす。
「……こんな……の……」
俺は彼女の頭に手を置いた。
火傷した腕がずきりと痛む。
それでも、はっきりと言葉を紡ぐ。
「終わらせる。こんなゲーム……絶対にだ」
スピーカーが再び鳴る。
《時間だ。移動しろ。……死体は処理しておく》
無情な機械音声に促され、俺たちはそれぞれ重たい足を引きずるようにして部屋を出た。
金属製の扉がゆっくりと開く軋みが、まるで何かが始まる合図のように不吉に響く。
誰も喋らない。
喋れば、自分が何をしてしまったかを、言葉にしてしまう気がして。
さやかは俺の袖を小さくつまむだけで、一言も発しなかった。
その手はさっきからずっと冷たい。
けれど、離せばきっと、もっと強く震える。
だから俺も、何も言わずに離さなかった。
背後では、アユミが自分の腕を抱きしめるようにして歩いていた。
目は腫れぼったく、まるで視界の端に、まだユウマの黒い影が焼き付いているみたいだった。
時折、何か言いたげな視線をこちらへ向けてくる。
俺が口にしたユウマの“罪”。
それが引き金になって、彼は処刑された。
——そう思えば、俺が殺したも同然だ。
それでもアユミは、何も言わなかった。
文句を言う資格なんて、自分にはない。
そう思い込むことで、必死に感情を押し殺しているように見えた。
田島は何度も息を吸っては吐き、吐いては吸い、喉の奥に何かを押し込むようにして歩いていた。
「俺、人殺しじゃないよな……ゲームって……ゲームって言ってたよな……?」
誰にも届かない声で呟くたび、肩が小刻みに跳ねる。
橘はそんな彼を一瞥したが、もはや強気な言葉は吐かなかった。
唇を固く結び、誰にも触れさせない岩のように沈黙を抱え込んでいる。
——そして。
長い廊下の先で、無機質な自動ドアが俺たちを待ち受けていた。
《第二ゲーム会場》と刻まれた看板が、無慈悲に光っている。
誰も口には出さなかった。
だが全員が悟っていた。
この先で、また誰かが死ぬかもしれない。
「……行くしかねぇんだろ」
俺がぽつりと呟くと、空気がわずかにざわめいた。
それは共感でも、同意でもない。
俺という存在を、まだ測りかねている——そんな距離の揺らぎだった。
俺の体の傷は、もうあらかた塞がっている。
さやかを庇ったこと。
ユキが暴いた過去。
異常な回復力。
そのすべてが、俺を“人間”として扱うかを躊躇わせていた。
ドアの前で、さやかがようやく小さく声を漏らした。
「……ねぇ、また……あんなの、あるのかな」
俺は一瞬だけ迷ってから、答えた。
「知らねぇ。でも、生きてここから出てやる——絶対に」
さやかは小さく頷いた。
やがて、スピーカーが冷たく告げる。
《第二ゲーム——“Labyrinth of Chains(鎖の迷宮)”へようこそ》
ドアが開く。
絶望が、ゆっくりと口を開いた。




