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孤独な怪物の鎖  作者:
第一ゲーム
13/16

12


《盛り上がっているところ悪いが——》


冷たいスピーカーの声が流れ、先ほどまで僅かに緩んでいた部屋の空気がぎくりと収縮した。


《ルールを破ってもらっては困るな。投票を放棄したものには罰を、そう言ったはずだ》


その言葉に俺はゆっくりと顔を上げる。

まだ体のどこかで燻っている熱と焦げの匂いが背中に張りつき、喉が焼けたみたいに痛む。

モニターに映る白衣の男を睨みつけ、血でべっとり濡れた掌を握りしめたまま、かすれた声を押し出す。


「……俺が代わりに受けてやったんだ。文句はねぇだろ……。

 まだやるってんなら、その機械ごとぶっ壊してやる……!」


モニターの向こうで、男は一瞬だけ眉を動かしたように見えた。

だが返ってきたのは、冷淡で、抑揚のない声音だった。


《……なるほど、身代わり、か……仕方ない。今回は見逃してやろう》


飄々とした口調で男は告げる。 

胸をなぞるように安堵がかすめる。

だが誰も声を上げない。

静寂が張りついた部屋で、アナウンスだけが続いていく。


《さて、それでは、部屋を移動しようか。ゲームを続けられる状態ではなくなってしまったからな》


その瞬間、拘束具が一斉に外れるガチャリという音が響き、

続いて──


ユウマの黒焦げた体が、椅子からずるりと崩れ落ちた。

重い音が床に落ちた瞬間、部屋全体が息を呑んだように震えた。

さやかの視線がそこへ向きかけたのを見て、俺は咄嗟にその前へ腕を回し、抱き寄せて隠した。

彼女の小さな体がびくりと震え、俺の胸の前でぎゅっと服を握る。


「……見んな。大丈夫だ、今は……見るな」


自分でも驚くほど静かな声だった。

さやかの震えはまだ止まらないまま、俺の手首に熱い涙が落ちる。


「……っ……ユウ……マ」


かすれたアユミの声。彼女は唇を押さえたまま、一歩、また一歩と後ずさりしていく。

さっきまで、自分の命惜しさにユウマを切り捨てようとした。

その選択は、確かに必要なものだったのかもしれない。

それでも──目の前の“結果”に、胸を砕かれるような痛みが彼女の表情に溢れていた。


「ユウマ……馬鹿……ばかっ…なんでよ……!」


堰を切った涙に混じって、呟きは嗚咽に飲まれていく。

他の面々も、それぞれの仕方で崩れ落ちていた。

田島が椅子の横で膝をつき、ガタガタと歯を鳴らしている。


「あ……あ、あ……俺……人、人を……ころし……た……? 投票……押しただけで……俺……」

「五月蝿い!」


橘が怒鳴る。

だがその声はいつもの余裕や支配ではない。

明らかに、自分自身に言い聞かせるみたいに震えていた。


「こ、これは……ゲームだ。奴の……罪が……それほどまでに……重かった……だけだ……!」


拳を握る手まで震えているのが丸見えだった。

アンジェは胸元の十字架を握りしめ、皺だらけの指が白くなるほど力を込めていた。


「神よ……私は……私は……」


祈りなのか懺悔なのかさえ曖昧な声がかすかに続く。

麗華は唇を噛んで俯き、小さく震える肩を押さえながら呟く。


「……わたくしは……何があっても……生き延びなければ……なりませんの……

 たとえ……こんな……こんな形でも……」


その瞳の奥に走る罪悪感は、隠しようがなかった。

ユキだけが、まるで別世界の住人のように静かに笑っていた。冷たい瞳を細め、ちらりとモニターを見上げる。

まるで、いいところで邪魔をしてくれる、とでも言うように。


そんな中、さやかがようやく俺の胸から顔を上げた。

涙で濡れた瞳が震えながら、言葉にならない声を漏らす。


「……こんな……の……」


俺は彼女の頭に手を置いた。

火傷した腕がずきりと痛む。

それでも、はっきりと言葉を紡ぐ。


「終わらせる。こんなゲーム……絶対にだ」


スピーカーが再び鳴る。


《時間だ。移動しろ。……死体は処理しておく》


無情な機械音声に促され、俺たちはそれぞれ重たい足を引きずるようにして部屋を出た。

金属製の扉がゆっくりと開く軋みが、まるで何かが始まる合図のように不吉に響く。

誰も喋らない。

喋れば、自分が何をしてしまったかを、言葉にしてしまう気がして。

さやかは俺の袖を小さくつまむだけで、一言も発しなかった。

その手はさっきからずっと冷たい。

けれど、離せばきっと、もっと強く震える。

だから俺も、何も言わずに離さなかった。


背後では、アユミが自分の腕を抱きしめるようにして歩いていた。

目は腫れぼったく、まるで視界の端に、まだユウマの黒い影が焼き付いているみたいだった。

時折、何か言いたげな視線をこちらへ向けてくる。

俺が口にしたユウマの“罪”。

それが引き金になって、彼は処刑された。

——そう思えば、俺が殺したも同然だ。

それでもアユミは、何も言わなかった。

文句を言う資格なんて、自分にはない。

そう思い込むことで、必死に感情を押し殺しているように見えた。


田島は何度も息を吸っては吐き、吐いては吸い、喉の奥に何かを押し込むようにして歩いていた。


「俺、人殺しじゃないよな……ゲームって……ゲームって言ってたよな……?」


誰にも届かない声で呟くたび、肩が小刻みに跳ねる。

橘はそんな彼を一瞥したが、もはや強気な言葉は吐かなかった。

唇を固く結び、誰にも触れさせない岩のように沈黙を抱え込んでいる。



——そして。


長い廊下の先で、無機質な自動ドアが俺たちを待ち受けていた。

《第二ゲーム会場》と刻まれた看板が、無慈悲に光っている。

誰も口には出さなかった。

だが全員が悟っていた。

この先で、また誰かが死ぬかもしれない。


「……行くしかねぇんだろ」


俺がぽつりと呟くと、空気がわずかにざわめいた。

それは共感でも、同意でもない。

俺という存在を、まだ測りかねている——そんな距離の揺らぎだった。


俺の体の傷は、もうあらかた塞がっている。

さやかを庇ったこと。

ユキが暴いた過去。

異常な回復力。

そのすべてが、俺を“人間”として扱うかを躊躇わせていた。


ドアの前で、さやかがようやく小さく声を漏らした。


「……ねぇ、また……あんなの、あるのかな」


俺は一瞬だけ迷ってから、答えた。


「知らねぇ。でも、生きてここから出てやる——絶対に」


さやかは小さく頷いた。

やがて、スピーカーが冷たく告げる。


《第二ゲーム——“Labyrinth of Chains(鎖の迷宮)”へようこそ》


ドアが開く。

絶望が、ゆっくりと口を開いた。


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