表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤独な怪物の鎖  作者:
第一ゲーム
10/16

09


誰かが大きく息を吐く音が響いた。

重苦しい空気に押し潰されそうな中、今度は橘が低い声で口を開いた。


「……茶番はもう十分だろう」


鋭い眼光が円座をゆっくりと巡る。


「結局のところ、最も重い罪を持つ者に票を入れる。それが今回のルールだ。ならば――ひき逃げという大罪を犯した、この若造に決まりではないか」

「ち、ちげぇよ! 俺は――!」


ユウマが必死に叫ぶが、橘の冷徹な言葉がその声をかき消す。


「パニックだろうと何だろうと、人を轢いて逃げた事実は消えん。法の下では明確な重罪だ。……万引きや、アルバイトを無責任に放り出した程度とは、比べものにならん」

「ふざけんなよ! 俺はわざとじゃない! 俺だけ悪者にされるのおかしいだろ!?」


ユウマの目は血走り、拘束で自由にならぬ体を無理やり引き千切ろうと暴れた。


「まぁまぁ」


ユキが軽く笑みを浮かべる。


「君の言うことも一理あるけどさ。『誰が一番重いか』を決めるのは僕ら全員なんだよね? だから、ユウマくん。君が必死になればなるほど――かえって怪しく見えるんじゃないかな」

「っ……!」


ユウマの顔が苦渋に歪む。

麗華が小さく息を吐き、しとやかに告げる。


「残念ながら、あなたほど重い罪を抱えた方はいらっしゃらないと思いますわ。……皆さま、そろそろ“投票”に移ってもよろしいのではなくて?」


しばし沈黙。

やがて、アンジェが胸に十字を切り、伏し目がちに口を開いた。


「……私は、彼に投じます」


静かながら、凍るような声音。

そこには、仄かな怒りが混じっていた。


「これは裁きではなく……我が子を殺した者と彼を重ねた、私怨かもしれません。けれど、人を轢いて逃げた者を前にして、黙っていることなど……私にはできません」

「お、おい、シスターまで……」


ユウマが青ざめ、アユミへ縋るような視線を向けた。


「なぁアユミ、お前だけは……俺に……」


しかし彼女は顔を背け、鼻で笑う。


「はぁ? 無理。うち殺されたくないし。“お前だけは味方してくれるよな”とか、そういうのぉ? ドラマの見過ぎ。……悪いけど、うちは自分のために生きるから。罪を償って、男らしく散ってくんない?」


その言葉が突き刺さり、ユウマの叫びが虚しく響いた。


「クソッ……クソがッ!!」


次の瞬間、無機質な光を放っていたモニターの表面がふいにざらつくように揺らめき、白衣の男が姿を現した。

無表情のまま、眼鏡の奥からこちらを見下ろす。


『……話し合いは済んだか? それでは“投票”を開始しよう』


男の声に呼応するように、拘束された椅子の肘掛けが開いた。

そこに並んだ九つの赤いボタン。

ひとつひとつには、この場の参加者の名が刻まれていた。


『最も罪が重いと思う人物をを選べ。……選ばれた者には、相応の罰が下る』


重苦しい沈黙を最初に破ったのは、やはり橘だった。


「まったく……意思決定が遅いな。だから凡人は淘汰されるんだ」


胸元のスーツのボタンを直しながら、冷ややかに吐き捨てる。


「……経営も命も同じだ。切り捨てるべき駒は早々に処理する。それが鉄則だ」


迷いのない動作で、ユウマの名を押す。

電子音が静かに響いた。


「まぁ、当然ですわね」


麗華が涼やかに微笑み、白魚のような指先で同じボタンを押す。まるで判決を下す裁判官のように。


ユキは唇を吊り上げ、楽しげに肩をすくめる。


「僕は流れに逆らわない主義でね。……じゃあ、決まりかな」


軽い音と共に、さらに一票。


「……神よ、お赦しください」


アンジェは祈るように目を閉じ、震える指で赤い光に触れた。


「……くそっ……」


田島はよれたスーツの襟元を引きながら、怯えた顔で手を伸ばす。


「す、すまん……生きるためなんだ……!」


彼の選んだ先もユウマだった。


「チッ……ほんっと、やってらんない」


アユミは長い爪を叩きつけるようにボタンを押す。

強い音がやけに響いた。


俺も深く息を吐き、ゆっくりとユウマの名を押す。


「……悪いな」


次々と票が積み重なる。

モニター越しの白衣の男は表情を変えず、ただ無感情に見下ろしていた。


「ふざけんな……! お前ら全員、グルかよ!」


ユウマが拘束に身体をこすりつけるように暴れ、声を震わせながら叫ぶ。


「クソ……クソがっ!!」


言いながら、彼は眉間に血管が浮き、肘掛けのボタンを手当たり次第に叩き始めた。

その様子に、もはや理性など感じられない。

ただ拳を振るように、次々と赤いランプを潰していく。


「殺してやる! 誰でもいい、ぶっ殺せば終わるんだよ!」


表示された名前は、偶然にも橘だった。

だがその一票で状況が覆ることはもはやない。


「……ふん」


橘は鼻で笑い、片眉を吊り上げた。


「無駄な足掻きだな、小僧」


電子音がまた一つ鳴り、残るは――さやか。

幼い顔は蒼白に染まり、小さな手は震え続けていた。

赤く点灯するボタンの列を前に、彼女はぎゅっと膝の上のぬいぐるみを抱きしめる。


「……やだ……押せない……」


声は震え、涙がにじむ。


「さやかちゃん、早く……!」

「大丈夫だ、誰も責めない。だから――」


必死の声も届かない。

幼い指先は宙をさまよい、ぬいぐるみを抱く腕だけが強張っていた。


その時、モニターの白衣の男が冷たく告げる。


『――警告。投票を拒否する者も、処刑対象となる』


空気が一瞬で張り詰めた。


「さやかさん!」


麗華が思わず声を張る。


「急ぎなさい、時間切れになればあなたまで――!」

「さやかちゃん……大丈夫、押すだけでいいのよ」


アンジェが柔らかく続ける。

だが声の奥に焦燥が滲んでいるのは隠せなかった。


「お、おい……早くした方が……!」


田島の叫びは震え、切羽詰まった色を帯びていた。

それでも、少女は小さく首を振った。


「……人を……殺すボタンなんて……押せないよ……」


涙が頬を伝い、ぬいぐるみの耳をぎゅっと握る。


「……さやかちゃん」


ユキが低く呼びかけた。

その声音は驚くほど優しい。


「僕らの中で、一番生きていてほしいのは君なんだ。だから、勇気を出して」


小さな肩がびくりと揺れる。

しかし、その指先は最後までボタンに触れなかった。



《投票終了》


乾いた電子音が響く。

天井の光が冷たく降り注ぎ、モニターに投影された文字が場を切り裂く。


【ユウマ:七票】

【橘:一票】

【さやか:棄権】


「……あ……」


さやかは蒼ざめた顔で呟いた。


「わ、わたし……」


《第二のゲーム、処刑対象は――ユウマ。そして、投票を拒否した――さやか》


その瞬間、部屋の空気は息を呑む音さえ途絶え、静寂が落ちた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ