4話
しばらく窓の近くの席に座り、考え込んでいるとゼニスの部屋を誰かが扉をノックした。
「どうぞ。」
「お、お兄様。あの、もう体調は大丈夫なんですか?」
この子は、ヴィヴィアンにすごく似ている。きっとゼニスの妹のシエラ・メルデニークだろう。
まるで、人形みたいだな小さくて可愛いし。
「うん。もう大丈夫だよ。」
シエラは少し驚いた顔をした。
俺が記憶喪失だということを知らないのだろか、単純に体調を心配してくれている。
「あの、お兄様がよく食べていた物を持ってきました。これ、どうぞ。」
少し声が震えている?シエラは俺に怯えているのか?だとしても恐れている相手に食べ物を持て来るだろうか。まあ、ちょうどなにか食べたかったし受け取っておこう。
「ありがとう。」
これは、フルーツか。ちゃんと一口サイズに切られていてとても美味しいな。
それにしても、どうしてずっと俺が食べている様子を見ているんだ?もしかして一緒に食べたいのか?
「あーシエラ、一緒に食べる?」
「え、あ、一緒に食べたいです!」
やっぱりちょっとかわいいな。なんかよそよそしいけど。
「今、記憶がないんだ。だからシエラのこともよく覚えてないんだ。ごめんね。」
俺が記憶ないことを知らないだろうから、初めに言っておいたほうがいいだろう。後々めんどくさくなるかもしれないからな。
「え、記憶がないんですか!?」
やっぱり驚くよな。俺が別人だって言うことは、言わない方がいいな。
「...だから、ちょっと雰囲気が違うのか.....前のお兄様に戻った感じがするし...。」
「どうした?」
「あ、いえ!なんでもないです。えへへ。」
何やら、ゼニスには聞こえないような小声でシエラばブツブツ独り言を言っていた。
そういえば、家族から見たゼニスはどんな感じだったのだろう。マリアは雇われている側だし、正直な事は言えないだろう。それに自分の人格がどのようなものか気になる。
「ねえ、シエラ。記憶が無くなる前の俺ってどんな感じだったのかな。」
シエラはフルーツを食べていた手をピタッと止め、ゼニスの顔を見た。
俺と目が合うと、少し気まずそうにして目を逸らした。
「あ、え...と。」
シエラは戸惑っている。
無理に聞かない方がいいのか?いや、ここで聞いておきたい。
「正直に教えて欲しいんだ。」
それほど、前のゼニスの素行が悪かったのだろうか、幼いシエラが言いずらい程に。
「あの、前のお兄様はちょっと怖かったです。」
あぁ。やっぱりそうだったのか。恐らくだが、自分に嫌気が差し自暴自棄になったのだろう。この家系を考えると、幼いシエラですら自分の特技というものを持っている。
ゼニスには、心底同情するよ。この家には居場所がなかったのだな。だが、お前は愛されていたよ。視野が狭かっただけだ。
「そっか。教えてくれてありがとう。シエラには危害はなかったのかな。」
「暴力は振るわれませんでした。」
「なら、暴言を吐かれたことがある...。」というところか。
「は...い。」
シエラは俯いてしまった。
シエラが落ち込むことではないだろう。この子はゼニスに除け者にされても、邪険に扱われても見放すことは出来なかった。
「記憶がないとはいえ、シエラを邪険に扱ってごめんな。」
「ううん。私、お兄様が大好きだから。お兄様が飛び降りたって聞いてすごいショックが大きかったんです。だから、生きてるだけでも嬉しい。」
「...そっか。」
ゼニスは、思わずシエラの頭を撫ぜた。
「えへへ。」シエラはとても満足そうな笑みを浮かべている。それほど、ゼニスの事が大好きだったのだろう。
その事に気づいていたら、ゼニスはもっとこの場所で息がしやすかったのではないだろうか。
その後も、他愛のない話をしばらく続けた。
ただひとつだけを思った。シエラは、俺がこれから守るべき存在なのだろう。