1 異世界転生と農夫の宿命
目が覚めた瞬間、鼻を突く草原の香りと、肌を撫でるそよ風を感じた。視界には、どこまでも続く緑の大地が広がっている。
そのとき、頭の中に柔らかい声が響いた。
『異世界スローライフ・システムへようこそ!あなたの使命は、この土地を豊かにし、村人たちの生活を支えることです。』
「…異世界転生か。最近の流行りってやつかよ。」
呆れたようにつぶやきながら、浮かぶ透明なウィンドウを見上げた。そこには見慣れないが、どこか引っかかる文字が並んでいた。
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ステータスウィンドウ
名前:カズキ・タナカ
職業:農夫
スキル:
万能農具生成(ランクS): 農作業や戦闘に使える便利な農具を生成。
作物瞬間育成(ランクA): 短時間で種を発芽・成長させる。
土壌改良(ランクB): 土地の状態を改善し、作物を育てやすくする。
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「農夫って…地味すぎないか?」
カズキは呆れたように肩を落としたが、次の瞬間、思わず笑いがこみ上げてきた。
「いや、なんかこれ…ゲームみたいだな。」
カズキは元の世界ではゲーム好きの青年だった。中でもお気に入りだったのが農業シミュレーションゲーム。「畑を耕して作物を育て、村を発展させる」シンプルな内容のゲームに夢中になり、時間を忘れて遊んでいた。現実の忙しい生活とは正反対の穏やかで満たされた時間に、密かに憧れていたのだ。
「仕事やめて、ゲームみたいなスローライフを送れたら最高だよな…。」
そんなことを考えながら夜通しゲームをプレイしていたある日、睡眠不足がたたったのか、突然意識が遠のいた。そして、目を覚ました時には、この異世界に転生していたのだった。
カズキは浮かぶウィンドウを見つめながら、ふと口元を緩めた。
「なるほどな…。これ、俺の好きなゲームと同じシステムってことか。」
ただ、実際に自分が農夫になることには少し戸惑いもあった。ゲームでは画面越しに楽しんでいただけだが、実際に土を耕し、作物を育てるのは別物だ。
「でもまあ…試してみるか。リアル農業スローライフってやつを。」
肩を落としながらウィンドウを閉じると、目の前に広がる小さな農地が目に入った。荒れ果てて雑草が生い茂る土地だが、どこか懐かしく、温かみを感じる景色だった。
そのとき、再び頭の中に柔らかい声が響いた。
『初期支援として、スローライフ・スターターセットを用意しました。ご確認ください。』
言葉と同時に、カズキのポケットが少し重くなる。驚いて中を確認すると、小さな袋が入っていた。袋には「トマトの種」と書かれている。
「なんだこれ。スターターセットって、種だけ?まあ…農夫には合ってるか。」
スキルを試すのにちょうど良さそうだと気づき、カズキは袋を握りしめた。
カズキは手をかざしてスキルを試してみることにした。
すると、目の前に金色に輝くクワが出現する。
「これが『万能農具生成』のスキルか…。見た目は普通のクワだけど、実際に使ってみないと分からないな。」
カズキはクワを握り、近くにあった荒れた土地を耕してみる。すると、力を入れる必要もなく、土は驚くほど柔らかくなった。
「おお、これはすごいな…。本当にゲームの世界に入ったみたいだ。」
次に、「作物瞬間育成」を試すことにした。袋からトマトの種を一粒取り出し、先ほど耕した土に埋める。そして、手をかざしてみると…わずか数秒で芽が出て、立派なトマトが実った。
「やべえ…。これ、完全に俺の好きなゲームそのものじゃん。」
カズキは思わず笑みを浮かべた。
そのとき、遠くから悲鳴が聞こえた。
「助けてー!誰かー!」
カズキは驚き、声のする方へ振り返った。そこには狼に追い詰められた一人の少女がいる。
「…まじかよ。ゲームにはない展開だな。」
カズキは一瞬立ち止まったが、すぐにクワを握り直した。そして自分に言い聞かせるように呟く。
「農夫だって戦えるってところ、見せてやるよ!」