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エピソード1 ABYSS(アビス)

 世界は『能力』に支配されていた。


 地球上で生きる殆どの人間に付与されたその摩訶不思議な力が、いつから宿り始めたのかすら解明されていない現在。世の中は『能力による社会貢献度』の影響により社会格差が生まれ、『能力主義』というものが一般化していた。


 一般化したことにより、能力の才に恵まれた者は恵まれた分生活は豊かなものへと変わり、能力の才に恵まれなかった者は恵まれなかった分生活が貧相なものへと変わっていった。


 また、能力主義による社会格差は社会そのものを『表社会』と『裏社会』の二つにパックリと割ってしまった。


 ――能力は『平穏』を一瞬にして奪い去ったのだ。


 そして現在。俺はとある仕事を遂行するために、『ある資料』を小脇に抱え、警報が鳴り響く研究所を駆けていた。


『能力者から能力を取り出す実験資料』と書かれた茶色の封筒。名前の通り、この中には昔に『堕天』とよばれていた組織が行っていた人体実験の資料が挿入されている。


 今回の仕事は『その資料を現在保管している研究所に潜入し、その資料を持ち帰ること』というものであり、『裏社会』で行われる仕事の中では一般的なものである。


「殺せ! 殺せ!! 裏切り者を殺せぇぇえ!!!」


 後を追うヘルメットを被った雇われの兵士達は、ビームライフルを前を走る俺に向け、紅き閃光を絶え間なく放つ。頬を掠めつつもギリギリのところを回避した俺は物陰に身を隠し、すぐさま戦闘準備に取り掛かる。


 白衣の下に隠していたコンパクトハンドガンを二丁取り出し、直ぐに実弾を撃ち込めるように安全装置を外す。腰に差していた小刀を口に咥え、盗んだ資料を背中に差し込んだ後、彼らの方に目を向ける。


 彼らが隊列を作り、ジリジリと迫って来ているのを確認した後――白衣を彼らの方へと脱ぎ捨てた。


 バッと宙で彼らの視界を遮るようにして舞う白衣に一瞬の隙を見せた瞬間。両手に持つハンドガンの引き金を引く。ダン! ダン! ダン! と三発。白衣越しに撃つ。隙をついたためか、兵士一人につき一発。なおかつ三人とも致命傷である首、心臓、腎臓を貫通していた。


 小さな悲鳴を上げて倒れる同士の姿を見た他の兵士達がこちらへと目を向ける。そして、


「撃てぇ!」


 隊列の中の一人がそう言うと、周りの兵士達が一斉にビームライフルによる攻撃を開始する。


 ――屈するな!! 抗え!!


 無数に迫る紅き閃光に対抗するように二丁のハンドガンを彼らに発砲しながら駆け出した。後退できないのなら前進する――俺が裏社会の仕事で培った経験からくる考え方。


 飛び交う閃光を避けつつ、隊列内の兵士の数や体格、目線、特徴といった『目』から得られる情報を集める。そして、全体で8人の兵士が隊列内に居ること。大体の兵士は俺と同じくらいの筋肉量であるが、1人だけ筋肉量が桁違いのマッチョマンが居ること。全員ビームライフルの他に腰に警棒を差していることの三つの情報を取得し、ある一つの『仮説』を立てた。


「野郎共! 迎え撃てぇ!」


 マッチョマンが他の兵士達にそう声を掛けた瞬間。彼は手に持っていたビームライフルを後方へと投げ捨て――


「能力! 『馬鹿力』!!」


 そう唱えた瞬間。彼の衣類がブチブチと引きちぎれ、今にもはち切れそうな筋肉をモリモリに付けた上半身が露となる。


「やっぱり……」


「歯ぁ食いしばれよぉぉお!! 裏切り者ぉぉお!!!」


 隊列から抜けた彼は、握り拳を作りながら距離を詰める。力強く地を蹴った彼のスピードはビームライフルから放たれる閃光と同格の速さに到達していた。


 ――ブンッ!!


 顔面目掛けて放たれたその拳をスレスレの所で回避する。そして、俺は思う――こんなものを直で受けた際には命は無い……と。


「避けるなぁ! 俺の! 拳を! 受け入れろぉぉお!!」


 無数に放たれる閃光に加え、一度喰らえば大ピンチの拳が俺に向かってくる状況では資料を持ち帰ることは不可能だと思った俺は、逃げるようにして壁際に移動した後に、一瞬の隙をついて壁に足をつけ走り出した。


「――はぁ!? 忍者かよぉぉぉぉお!?!?!?」


 素っ頓狂な声を出すマッチョマンに構わずにハンドガンに残っている全ての弾をマッチョマン以外の兵士に撃ち込んだ。突然壁を走った俺に対処することができなかった兵士達は、次々に撃たれる弾丸によって命を奪われ、その場に倒れる。


 俺が壁を走り終えた頃には俺とマッチョマンだけしかこの地に立ってはいなかった。


「ははっ! ははははははははははははははははははははははははははははははははははあ!!!!」


 血をダラダラと流し、赤黒い血溜まりを作る屍を挟むようにして俺達は向かい合う。俺に対する恐怖か、それとも呆気なく殺された同士達への怒りか、それともはたまた別の要因なのか。俺にはよくわからなかったが、彼は狂ったように笑っていた。


「俺の筋肉に怖気付いて周りに居た雑魚共を先に片付けたのか……いい判断だ! 特に俺に怖気付いたってところ! 最っ高だ!」


「何勝手に俺がお前にビビったみたいになってるんだよ。単純に裏社会で暗躍するこの研究所で雇われの兵士として動くお前と他の兵士達の身体の違いを見れば誰でも『お前に発砲しても効果は薄い』とわかるはずだ」


「ほぉ? わからないと思うのだが……何故そう思った」


「裏社会で暗躍する研究所に雇われの兵士として属しているということは、お前達は『裏社会の人間』と捉えるしかなくなる。表社会の人間にこんな仕事をさせることは不可能だからな。そして、裏社会で生活する人の大抵は能力に恵まれなかった者。能力主義であるこの世界で俺達が金を稼ぐには『命を落とす危険性のある仕事』に勤めるしかない。そのような場所で生きるお前が、同じ場所で生きる兵士達よりも筋肉が付いているということはつまり、『天性の才能』か『筋肉を付ける程の金を持つ実力者』の二択にまで絞ることができる」


「実力者か……いい響きだ! だが謎だ。何故筋肉が付いているだけでそこまで過剰評価する?」


「単純な話だ。俺がそこに到達していないからだ」


「つまり……お前は俺よりも弱いと言いたいのかぁ!」


 こくりと頷き頷く。彼は盛大に笑った。


「いいなぁ! いいねぇ!! とてもいいじゃないか!!! 最高だ!!! この仕事でワクワクしたのはいつぶりだぁぁぁあ!!!」


 そう胸の高鳴りを抑えずに言う彼は両手を握りしめ、殺気を放つ。ヒリヒリと感じるそれに逆らうように、咥えた小刀を右手に持ち替えた後、地を蹴った。


 一気に距離を詰め、彼の首に刃を突き刺そうとする。しかし、彼は俺のスピードに反応し、刃の側面に向け拳を打ち付ける。


「俺と同じ実力を持つ者にそんなことを言われるなんてなぁ!!!」


 反撃されるとは思っていなかった俺は、刃の側面に打撃を入れられたことにより、大きく身体のバランスを失う。彼は生まれた隙を逃さぬように素早くもう一方の腕に能力を発動させ……俺の腹に一撃繰り出した。


「ガハッ!!」


「おいおい……達者なのは口だけか? この裏切り者!」


 幸い、腹に力を入れてダメージを最小限に抑えることができたため、命を落とすということはなかったが、意識が飛ぶほどの威力を放つ拳を食らった俺は吐血し、仰向けの状態で倒れた。


「防御してこの有様……どうやら俺は勝手にお前のことを俺と同格だと過剰評価しすぎたようだな」


「……勝手に過剰評価するんじゃねぇよ。脳みそまで筋肉でできてんのか?」


 煽るようにしてニッと口角を上げて言う。


「そんな俺に負けたお前は雑魚決定だよ!!」


 そして、彼は拳を振り落とす。段々と迫るその攻撃を、


 ――握ってあった小刀で、あっさりと手首ごと切り落とした。


「……は」


 あっさりと切り落とされたため、唖然とする彼に畳み掛けるようにして、俺は立ち上がるのと同時に彼の両足首に小刀の刃を横に入れて切り落とした。


 だるま落としが倒れるように、彼は地に落ちる。


「形勢逆転……惨めだな」


「お前っ!……騙したのかっ!!」


 四肢あるうちの三つから血を吹き出す彼はそう問いかける。俺は首を横に振った。


「騙してなんかいない。お前の攻撃を食らって倒れたのは事実。ただ俺が『あの状況で俺が勝つ場面に変えれる力』があっただけだ」


「化け物かよ!! この薄汚いゴミ虫が!!」


 殺意をビンビンに孕んだその眼を向けて言い放つ。俺は顔面に一発、蹴りを入れた後にこう彼に言う。


「薄汚くてもいい。ゴミ虫でもいい。俺は、『君』が幸せなら何にだってなれる」


 そして、彼に小刀の刃を向ける。


「……で、その薄汚い奴に殺されそうになっている気分はどうだ?」


「ふざけるなっ!! ふざけるなっふざけるなっふざけるなっふざけるなっふざけるなっふざけるなっふざけるなっふざけるなっふ! ざ! け! る! なぁぁあああ!!!」


 怒りに満ちた怒号を上げ、彼は残った腕に能力を発動し、地面に向かって手の平を打ち付ける。すると、打ち付けられた際に発生した反動で彼の身体は少しの間宙を舞い、そして、足の切断面で着地した。


「がぁあっ!!――」


 衝撃が直に肉や骨に響いたのだろう。絶叫していた。


「ゆるさんぞぉお!! うるぁぎりもぬぉぉぉおお!!!」


 狂乱しながも切断された足を大きく動かしてこちらに走る。


「肉を裂き、骨を断つ。今楽にしてやるよ……筋肉馬鹿野郎」


「のうりょぐっ!! 『馬鹿力』!!」


 接近する俺達。


 片方は小刀に力を込め、片方は腰にこしられた警棒を引き抜き、


 ――激突する。


 カァァァァァァァァアン!!!


 と金属同士がぶつかり合う音が轟き、


 パァァァァァァァァアン!!!


 と同時にお互いの武器がバラバラとなって砕けた。


「……終わりだ。お前の武器は全て使い物にならなくなった……つまり! 俺を殺すすべが無くなったってことだ!!」


「……何か勘違いをしていないか?」


「は?」


 素っ頓狂な声を上げる彼を見て、フッと笑った後に告げる。


「たとえ、お前の能力が拳銃系統による攻撃に強かったとしても、それは『拳銃系統による攻撃で死亡することはない』って訳じゃないんだろ?」


「……つまり、何が言いたいんだ?」


 そう問い掛けられた俺は俺の後方に放ったらかしにされている『それ』に親指を指す。彼はその存在に気づいた瞬間。目をカッと開き「――やられた!」と言って全速力でその『それ』の回収に向かう。しかし、彼は足が切断されている上に『それ』との間には俺を挟んでいるため、俺よりも早く『それ』――当の本人が俺と対峙する瞬間に投げ捨てた『ビームライフル』を拾い上げることはなかった。


 構える。銃口を彼に向ける。そして、彼の顔を見る。


「くそがぁぁぁぁああああ!!」


 本気で焦っている彼に、俺は一言。


「この資料は俺、ABYSSアビスが頂いた」


 そう言った後、紅き閃光を彼に向かって放つ。


「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」


 能力を駆使して防御するが、絶え間なく放たれる閃光に段々と対処しきれなくなっていき……


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 彼の断末魔が響き渡り……オーバーヒートし、これ以上閃光を放つことができなくなった頃には、大きな肉塊と化していた。


 死体転がるこの場所に残された俺は、逃げるようにして研究所の出口へと向かうのであった。




 ――今日の午前2時頃。大手薬品会社『ドクタートリップ』が運営する研究所内で、何者かによる強盗殺人が発生しました。現場には……


 そのような音声が寝耳に入り、俺は身体を起こす。重いまぶたを擦り、つけてあったテレビを見てみると、俺がつい先程起こしたことが刑事事件となって報道されていた。


「お兄ぃ! 起きて早々テレビにがっつかないでよ!!」


 台所から怒鳴り声聞こえ、俺はテレビを消して声の元へ向かう。すると、ある人物を見つけた。


「おはよう。アユミ


「急に後ろから抱きつかないでよ! 気持ち悪いっ!!」


 そう言って俺の拘束を解こうとする彼女。金色の髪を腰まで伸ばした赤眼の彼女は黒井歩クロイアユミ。俺の妹だ。そんな妹は、キャミソールと短パンの姿で俺達の朝食を作っていた。


アユミよ……他の人にはそんな格好見せんなよ?」


「見せないよ!!」


 鋭いツッコミを返しながら、目玉焼きの乗った皿を渡される。「机に置け」ということだろう。その命令に従うようにして、俺は渡される料理を机に置いていった。


「「いただきます」」


 机に全ての料理が並べ終わり、俺達は同時に命を頂く際に言う言葉を口にした後に、箸を動かす。


「……美味いな」


「……毎回毎回、美味いって言ってくれてるけど。そろそろウザイ」


「美味いのは事実だから、言うだけだ」


「だからって毎日三食美味い美味い言うのは流石にウザイでしょ」


「そうかぁ……美味い」


「だからやめろっ!!」


 たわいない会話をしていると、俺の携帯から着信音が鳴る。席を外し、俺は耳にそれを当てる。


「やぁ。ABYSSアビス君」


「……電話でもコードネーム呼びなんですか?」


「何処の誰かに聞かれてるかもしれないからね」


「そうですか。で、何の用ですか? 俺は夜勤明けで心身とした身体に愛する家族が作ってくれた美味しい美味しい朝ご飯を食べて癒している真っ最中なんです。相当な用で無ければ後にしてもらいたいです」


「相当な用で無ければ連絡してないよ。夜勤明け早々で申し訳ないんだけど……次の仕事を頼めるかい? 勿論! 連勤だからいつもよりも多めに払うよ!」


「……それは――」


「あー。君は『彼女が幸せになれるかどうか』で受けるかどうか決めていたね。それだったら……うん。幸せに出来ると思うよ。今回頼む仕事をやっつけてくれた際には……1000万程を報酬として渡すことを約束しよう」


「……わかりました。その仕事受けさせて頂きます」


「OK! なら、12時にいつもの場所で集合ね!」


 そう言って切られる。


 俺は机に戻り、食べかけの目玉焼きにありつく。


「お兄ぃ。さっきの電話……また仕事?」


「あぁ。そうだよ」


「いつになったらこっちの仕事を手伝ってくれるのよ! 約束したじゃん! このバカ!」


「……あっ」


 しまった。妹の仕事を手伝うって約束してたんだ……


 愛する彼女の約束を忘れていた俺にガッカリしつつ。機嫌を取るために俺は話題を変える。


「歩。今、何かしたいこととか欲しいものとかあるかい?」


「ナチュラルに話を変えないでよ」


 一瞬でバレてしまった。


 妹は「うーん……」と腕を組み少しの間悩んだ後に


「……服が欲しい」


 と俺に言った。


「わかったよ。お兄ぃ、頑張ってくるよ」


「約束。忘れないでよ」


 そう言って二人は指切りをした。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。ブックマークをして頂けると今後の執筆のモチベーションとなりますのでよろしくお願いします。

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