第10話 邂逅
村人に聞いていた通り、旧道は登山道のように険しい道だった。巨大な岩がいくつも並んでいる箇所もあれば、木の根が剥き出しになっている箇所もある。
それでも草木をかき分けなければならないほど、無整備な状態ではないことにほっとしつつ、日向は歩みを進める。最近ではほとんど使われていないという村人の言葉通り、山道に他の人間の気配は一切感じられない。
しかし木々のざわめきや山鳥の鳴き声だけが響く空間が、日向にとっては不思議なくらい心地良く感じられた。体を動かしているおかげで、昨夜の出来事を無闇に思い返さずに済むということもあったのかもしれない。
歩みを進める限り必ず目的地に着くはずだという確信が、日向の背中を押していた。
そうして春の青空の下、日向が大きく深呼吸したときだった。
パン、と乾いた音が突如山道に響いた。
思わず歩みを止め、周囲を見渡す。
が、すぐにまたそれまで通りの静かな山道に戻ってしまった。
士官学校で何度も聞いた音──銃声だとすぐに理解する。それでも日向が今いる場所からは、かなり離れた場所での発砲だと推測し、また歩みを進める。
歩きつつ、日向の頭に浮かんできたのは先ほどの兵士の言葉だった。もし亜種がこの地域に入り込んだという話が本当ならば、この発砲はその亜種によるものか。それとも亜種を追う軍によるものか。
──どちらにせよ、ここまで発砲音が聞こえてくるなんて。
そう思った瞬間、更なる発砲音が日向の鼓膜を揺らした。
今度は2発。先ほどよりも音がはっきりと聞こえたことに、ぞわりと全身の毛が逆立つ。
まさか、と思う間もなく、さらに大きさが増した発砲音が3発続く。
嫌な予感は的中したらしい。どうやら追われている亜種は、日向のいる方へと向かってきているようであった。
近くの人1人が入り込んでも平気そうな岩陰に、急いで身を隠す。下手に動き回っては亜種に殺される恐れや人質になる恐れ、軍による誤射を招く恐れがあった。
しばらくは動かずに様子を見ようと一息ついた直後。日向の後方、数十メートル先から山を駆ける足音が微かに聞こえた。
嫌な汗が、日向の背中を伝う。幸い足音は1人分だけ。この位置ならば息を殺して動かない限り、気づかれないはずだ。そう祈るように目の前の山道を見つめているうちに、亜種が姿を現した。
山道を駆けるその姿。金色の髪と小さな頭。
肉がまるで詰まっているとは思えない程痩せた身体。
そして、作品のように完成された横顔に、遠くを見つめる澄んだ真っ青な瞳。
──なんて、随分懐かしい姿。
「…え?」
無意識に日向の口から戸惑いの声が溢れていた。
その声に気づいたのか、亜種が振り返り、岩陰に隠れていた日向と目が合う。
──なんで?
言葉にならない思いが日向の頭を埋め尽くす。
──違う。あの少年のはずがない。こんな場所にいるはずがない。
──でも、間違えるはずもない。
──だって、あの日からずっと、彼の背中を追いかけてきたのだから。
否定と肯定。ぐちゃぐちゃになった感情を抱えながら、それでも目の前に立つ亜種を、少年を、日向は見つめる。
少年は、何も変わっていなかった。
あの日から10年が経とうとしているはずなのに、少年は何一つ変わらない姿で日向の目の前に立っていた。
そのことが、嬉しくて、悲しくて。
どうしようもないくらいに、寂しかった。
日向の姿に驚いたのだろう。少年の目が大きく見開かれる。しかし思わず岩陰から出ようとする日向に対し、少年の口が「ダメだ」と小さく動いた。
そうして、パンと乾いた音が再び山道に響き渡った瞬間。
少年の頭の一部が吹き飛ぶのを、日向は呆然と見つめていた。