第4話 最強の亜種
「いやあ、晴れてよかったなあ」
書庫の静寂を切り裂くかのように聞こえてきた話し声に、陸は思わず手にしていた書物を落っことしそうになった。
慌てて書庫の窓から外の様子を伺うと、すぐ近くで大人達がタバコ片手に佇んでいた。
日向か、或いは日向の叔父である仁の知り合いだろう。談笑に励んでいるのを見る限り、日向の送別会の準備は粗方終わったらしい。いずれにせよ、誰もこちらに気づく様子はない。
ほっと胸を撫で下ろしつつ、陸はまた書物を読み進める。
対する大人達は庭に咲き始めた桜を眺めながら、「見送りにはぴったりな天気だ」とか「日向も今年で17か」とか、思い出話に花を咲かせていた。
しかし、その会話の内容が陸の耳に入ることはない。
なにせ今日発見した書物には、これまで名前以外の情報が全く手に入らなかった亜種に関する情報が、こと細かに記載されているのだ。
書庫の奥深くから引っ張りだしてきた甲斐があったと満足感に浸りつつ、紙面に現れるその亜種の名を、何度も目で追う。
亜種の名は『エル』。
西の大国、ヴァールの古語で神という意味らしい。
その名の通り神の如く膨大な魔力をその身に宿しており、個々の戦闘においては人間はもとより、歴戦の亜種でさえ全く叶わないほどの強さを見せるという。
さらに、負傷してもすぐに治癒できるほどの自己再生力も有しており、寿命は計り知れず1000年は疎か2000年、3000年生きるともされる。
まさに不老不死。最強の亜種。
「超かっこいいじゃん」
思わず陸の口から感嘆の声が溢れる。
しかし他の亜種とは異なり、エルの姿形は人間とほとんど変わらないらしい。
そこで疑問が湧く。
──なら、エルと人間をどうやって見分けるのか?
書物を読み進めていくうちに、陸はある記載を見つける。
「青い、血?」
思わず眉を顰める。
書物にはエルの特徴として、青い血を持つと記されていた。
亜種の血の色について言及する記載を見たことはないが、おそらく人間と同じ赤色だろう。それがこのエルという亜種だけ青色という。
──あれか、これ。
──多分、迷信ってやつだ。
即座に判断し、陸は一人納得する。
おそらくエルの強さに慄いた昔の人々が、エルを神格化或いは侮蔑の対象とするために、あえて血が青色だなんて設定を後付けしたのだろう。
まるで亜種でも人間でもない、神の化身のような異形さを表すために。
「後付けするなら、もっとマシな設定にしろよなあ…」
誰に聞かせるわけでもない文句を溢しつつ、書物をめくっていく。
しかし、そこでエルの見分け方に関する記載をもうひとつ見つけた。
──瞳。
そこには、魔力を使う時、普段は青いエルの瞳が紅く光ると記されていた。
──これは、どうなんだろう?
真偽を確かめるべく、さらに書物を黙々と読み進める。
だから、気づかなかったのだ。
「まあ、これもいかにもって感じだけどさ…」
「何がいかにもだって?」
思わぬ返答に慌てて後ろを振り返ると、日向の叔父である仁が仁王立ちしていた。
言い訳の言葉が陸の口から出てくる前に、仁が陸の頭を軽く小突きながら言う。
「あれだけ書庫には入るなって言ってるのに、お前は」
「だって、鍵も扉も空いてたから」
「換気のために開けてただけで、入っていいとは言ってないだろう」
周りに広げていた書物を集め始める仁に、持っていた書物も渋々渡す。
気づけば、外にいたはずの大人達の声もすっかり聞こえなくなっていた。陸が想像していたよりも、随分と時間が経っていたらしい。
バツが悪そうに視線を背ける陸に、仁が小さくため息をつきながら言う。
「夕食の準備ができたから、みんなと…それから日向を呼んできてくれ」
投げかけられた言葉に、陸は分かりやすく顔を顰める。
勘の良い仁のことだから、そのことを気づきはしたのだろう。
しかしあえて指摘せず、仁は陸の背中を押し書庫の出口へと向かわせた。
「日向は多分、部屋で出発の準備をしているだろうから」