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夜明けのルカ  作者: 真山慶
第2章 御坂
33/34

第34話 銃口

 

 なるべく音を立てず。

 焦らず、ゆっくりと、でも確実に。

 現場を意識して細心の注意を払いつつ、目標までの距離を詰める。

 作戦遂行完了まで、あと少し。

 しかし光が見えた場所まであと数十メートルの地点にて、アスカはあることに気づいた。

 ──待てよ。

 ──この場所に私、伊吹さんか颯の気配、感じたっけ。

 答えは否である。

 でも、確かに銃口は見えたのだ。

 きらりと光る銃口。あれが偽物だとは思えなかった。

 加えてルカに比べ、アスカの気配探知は確実性が薄い。反射が気になるため双眼鏡も使わずにいた。

 ──でも、この距離なら。

 そう思い、目を凝らして数秒後。

 アスカは盛大に舌打ちを溢した。

 それはもう、零から叱られるくらい、盛大に。


「…ああっもう!!!」


 そこに、人の姿はなかった。

 銃が茂みの中に立てかけられているだけ。

 さらに上から外套を被せることで、人がいるように見せかけていた。

 現場慣れをしており、かつアスカの短絡さに慣れている颯と伊吹がしそうなことだ。脳裏に浮かんだ2人のしたり顔をタコ殴りにしたくなる。

 しかし、そんな余裕もなかった。

 ──だって、これは多分。

 そうして、アスカは1人理解する。

 ──今すぐ、動かないと。

 その瞬間に何が起こっているのかを、理解する。

 ──撃た、れる。

 しかしその瞬間がなぜわかるのかと聞かれると、アスカはいつも上手く答えることができない。

 自分のこの特殊な肉体による能力なのかと聞かれれば、多分そうなのだろうと頷く。

 今、この瞬間のように、人間に比べて感覚機能や運動能力が発達していることも。

 ルカのように生者の存在を感じとれる力も。

 数年前に何度も身体を調べられたが、結局は原因も理由もわからなかった。

 ──ただ、今は。

 ──心に従い、動くだけ。

 そうして、乾いた音が宙に響いてから瞬きひとつ。

 元いた場所を振り返ってみれば、特殊加工が施された銃弾が地面にめり込んでいた。

 すぐに銃弾が発射されたであろう方向をアスカは見上げる。

 数百メートル先で、また光る銃口。

 そして、すぐに移動しようとする人影。

 ──颯だ。

 確実性はない。だが山を全速力で駆け抜け、アスカはその姿を追った。

 狙撃の手腕とは正反対に、颯の足はそこまで速くない。どちらかと言えば御坂の中でも中の下に近い方だ。

 おまけに山中となれば、アスカの圧倒的な運動能力の前ではその差はすぐに埋まる。

 ──ほら、やっぱり。

 予想通り発砲から間もない時間で、アスカは颯の背中を肉眼ではっきりと捉えていた。

 アスカの存在に気づいたであろう颯が後ろを振り向き、困ったように眉を寄せる。

 この距離であれば確実に当てられると思っているのか、逃げるスピードを抑えつつ銃を構えようと右手を動かしてすらいた。

 しかしいくら颯が狙いを定めようと、アスカは負ける気がしなかった。

 この距離であれば他愛なく避けられる。

 ──今日こそ、絶対。

 胸が空くような思いから、アスカの口に小さく笑みが浮かぶ。

 そうして、颯まで直線距離数メートルの地点。

 逃げることを諦めたのか、颯が立ち止まりアスカに再び銃口を向ける。

 アスカも懐から刀を取り出し、颯へと狙いを定めることに全神経を集中させた。

 

 そのとき、だった。

 2発目の乾いた発砲音。

 颯──ではない。颯の銃口に動きはない。

 しかし発砲音と共に放たれたその銃弾は、確実にアスカの腹を撃ち抜いていた。


「…っ!」

 

 当然訓練のため実弾ではない。

 腹を貫通させるほどの威力もなければ、真っ赤な血も噴き出ない。

 それでも特殊加工が施されたその銃弾はアスカの腹に確実にめり込み、動きを止めるのには十分な効果をもたらしていた。

 ──っていうか、めっちゃくちゃ痛いんだけど!

 撃たれた衝撃で地面に倒れ込み、どうにか痛みに耐える。

 常人であれば気絶していてもおかしくない程の痛み。

 誰が発砲した銃弾によるものか、アスカはわかっていた。

 それでもあえて振り返る。自分の腹を撃ち抜いた男の顔を睨んでおきたかった。

 煙の匂いは、後方。

 元来た道を辿れば容易にその姿──伊吹の顔が僅かに見えた。

 ほっとしたように息を吐いている伊吹を見て、思わず唇を噛み締める。

 どうやら先ほどアスカが見つけた銃は、伊吹のものだったらしい。

 ──私が去った後に、取りに走ったわけか。

 敗因は颯に気を取られ、伊吹の動きまで気にする余裕がなかったことだろう。

 撃たれたからには負けを認めるしかない。痛みでしばらくは動けそうにもなかった。


「もう少しだったね」


 どこか満足気な声に顔を上げてみれば、倒れ込んだアスカの近くにまで颯が歩いて来ていた。

 そこまで意外そうでもない様子から察するに、やはり伊吹にアスカを撃たせるというのは作戦の一部だったのだろう。

 まんまとしてやられたことに悔しさが滲み、反論する。


「颯だって、危なかったくせに」

「うん。俺もまさか避けられるとは思わなかった」

「…嘘。大方予想してたでしょ」

「あ、やっぱりバレた?」

「……」

「怖いよ、顔」

「うざ…」

「まあね、ほら。俺もアスカとそれなりに長い時間、訓練やってきてるわけだから」


 顰め面で颯を見れば、くすくすと愉快そうに笑われた。

 アスカの隣に腰を下ろしながら、颯が言う。


「でも、少し前よりも動き、断然よくなってると思うよ」

「…本当?」

「本当。ちゃんと考えながら動いてるなって思った」

 

 それでも、常に淡々としている颯からこう言われるのは、くすぐったくなるような嬉しさがあった。

 なんだかんだ言いつつも颯が面倒見の良い人間であることを、アスカは随分前から知っていた。

 ──叱りながら、手を離さないでいてくれる人。

 それは、どこか懐かしさのような感覚もあった。

 もう今は隣にいない、真面目で不器用な男の横顔を思い出す。

 ──零も、昔はよく訓練で叱ってくれたりしたっけ。

 ふと、痛みに慣れたことに気づき身体を起こしてみれば、伊吹の姿が見えなくなっていた。

 どうやら次の行動に移っているらしい。


「次、どう動くの。ルカは今回出てこなかったみたいだけど」


 訓練離脱を余儀なくされた手前聞いてみたが、颯は口元に弧を描くのみだ。


「まあ、見てればわかるよ」


 それと、お決まりのセリフ。

 素知らぬ顔をする颯に大きくため息をつき、アスカは地面から宙を見上げる。

 相変わらずこちらの気も関係なしに、空は澄んだ青色をしていた。


 ──────


 2発目の銃声。

 それを善の隣で聞きながら、日向はまた小さくため息をついた。

 善の顔からも、先ほどまであったはずの余裕が消えていた。

 おそらく善の認識も日向と同じだろう。

 2発目で、おそらくアスカが撃たれたのだ。


「颯さんか、伊吹さんか」

「多分伊吹さんだな。1発目が颯さんで、当初は1発目でアスカを抑えるつもりだったが、外れた」

「そこであえて颯さんを使いアスカを誘き出して、伊吹さんが当てたって感じね」

「多分な」


 1発目よりも2発目は若干北寄り。それでも日向の射程に入る程近くはない。

 一方で、敵の接近に対するこちらの焦りを煽るには十分な距離。

 考えられた位置取りは、おそらく伊吹の判断だろう。

 せめて射程にさえ入ってくれれば狙えもしたものの、それさえさせてはくれないのだ。


「となると、3人とも生きてる可能性が高い」

「でも、下手に動くとルカ達それぞれから追われることになるし。 ここは一旦様子見で、射程に入ってくる相手を確実に狙った方がいいと思うんだけど」


 どう思う?とでも言いたげに、善が日向を見る。

 日向も善と同じ考えであるため、異論はない。

 ルカがこちらの動きを把握できるとなれば、あえて動いたとしても結局不利になるだけ。

 この場所であれば、ある程度は草木や岩が盾になってくれているため、伊吹達側からすれば障害物も多く、狙撃では圧倒的に当てにくいはずだ。

 どちらにせよ、人質を救出するためには日向達の射程にまで入って来ざるを得ない。

 そこを確実に突けば問題ないというのが、日向と善の共通認識であった。


「私も善と同じ考え。ただ私だけだと3人全部カバーできるか不安だから…」

「もちろん、俺も狙撃に当たるよ。日向よりは出来が悪いだろうけど」


 軽口を叩きながらも、善が銃を構える。

 善はこう言ってみせたが、狙撃における善と日向の実力は五分五分という認識で日向はいた。

 加えて性別の違いはあるだろうが、対人格闘においても善の方が実力は上だろうし、今回の作戦の案を考えたのも善であった。

 当然、性格に難ありというわけでもない。

 むしろ面倒みは非常にいい方だろうし、周囲の人間からの評価も高い。

 ただこれまでの言動から、どこか他人に対し仮面を被っているような印象を日向は善に対し持っていた。

 他人の心や言葉の真意をある程度読んだ上で、相手の期待にある程度答える。

 その上で、自分に負荷がかかる程の肩入れをしすぎないような性格。

 大事なのは、ある程度しか関与しないということ。

 全てを捧げたりなぞ、絶対にしない。

 ──非常に要領が良く、強かな人間。

 それを、非難するつもりは全くなかった。

 処世術として身につけてきたものであったのだろうし、そう言った点ではむしろ善は日向に似ていた。

 ──だからこそ、零は善を許せないのかもしれないけど。

 そう、弟に全く関わろうとする気配のない兄の姿を思い浮かべた時だった。

 

 突然、近くに大砲が落ちたような轟音が響いた。

 その衝撃によるものだろう。日向達が隠れる岩場も僅かにゆれる。


「えっ…」

「なになになに、さすがに怖いんだけど!」


 背後に呉宮達の戸惑った声を聞きながら、日向は外に顔だけ出す。

 目の前の景色を消し去る程に舞う砂埃。

 その先に見えるもの。

 宙に散る木の葉や草花。折れかけた木々。砕かれた岩。削り取られた地面。

 幸いまだ距離はあるが、おそらく何か大きく速さのあるものが落ちた──或いは当てられたことによって、壊されたのだろう。

 ──なら、その何かとは何なのか。

 善も困惑した表情で周囲を見つめている。

 しかし、日向には誰の仕業であるか予想がついていた。

 加えてその目的も、方法も。


「大丈夫。殺すためにやってるわけじゃないから」


 日向の言葉に、善が僅かに息を飲む。

 その瞬間に再び衝撃を感じ、冷静に岩場に顔を隠す。

 今度は山が崩れるような轟音。

 また周囲の木々や岩場の一部が砕かれたのだろう。

 だが日向達を確実に殺す気なら、もっと当てに来ても良いはずだ。

 それこそ、この岩場をぶち壊すくらいの勢いで。いるのはわかっているはずなのに。

 ──おそらく、こちらの状況を把握した上で調整をかけている。

 つまり、殺すほどの意思はないのだ。あくまで恐怖を煽るだけ。


「俺達を、前に出させるためか」

「多分ね。ここからじゃ狙えないから」


 ここで日向が前に出てしまえば、伊吹達の思惑通りだ。

 日向を撃ち殺すために、颯か伊吹が近くで待ち構えているのだだろう。

 かといって、このまま隠れていてはいずれ周囲は更地になり、2対3の撃ち合いとなれば、人数の少ないこちらの方が分が悪いといえる。

 しかし、日向もここで終わらせるつもりはなかった。


「上の人には怒られそうな作戦なんだけど」


 そう前置きした上での日向の作戦に、善が耳を傾ける。

 もっと嫌がるかと思っていたが、一言二言の会話だけで善はすぐに頷いた。

 ふっと鼻で笑うような表情に、今日初めて本心が見えたような気がした。

 ──もっと、正直に生きれば良いのに。

 なんて、思ってしまうのは傲慢だろうか。


「まあでも、あっちの作戦も相当だからな」

「でしょ?」


 周囲の惨状をものともせずに、善と日向は笑う。

 口裏を合わせた2人が見つめる先には、状況が読めずに困惑する呉宮達3人がいた。


「だからまあ、こっちもやるだけやってやろうかなって」


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