第33話 火花と夕焼け
「ああ〜…もうっ!!全っ然見つかんないし!」
山中にて1人空を見上げ、アスカは大きく独り言をこぼした。
清々しいくらいに雲一つない晴天。
まさに訓練日和なわけで、土砂降りの日にこんな訓練をやらされるよりは遥かにマシである。
しかし、いくら体力のあるアスカであったとしても、ほぼ丸一日山の中を歩き続けていれば流石に疲れてくるし、飽きてくるのだ。当然、そんなことはこの役割を充てられた時からわかっていたことである。
だから、本音を言えば断りたかった。
──でも、善にそんなこと言えないし。
善の指示としてはルカ達を北、或いは訓練地の外へと追い込むように動いてほしいというものであった。
微かではあるが、アスカもルカ達の気配を探知できていたため、アスカなりに彼らを追い込むように動いているつもりだ。
一方で、おそらくルカの方がより正確にアスカの動きを把握しているのだろう。
伊吹と颯もルカと共に行動しているせいか、上手い具合に避けられており、鬼ごっこの状態が数時間続いていた。
ルカを、羨ましく思わないわけでもなかった。
──私だって、本当は善や日向と一緒にいたかったのに。
むくむくと薄暗い気持ちが湧き出し始めてしまったことに気づき、いやいやダメだと首を振る。
善からも日向からもアスカの動きが大事だと言われているのに、このままでは役立たずだと思われてしまうではないか。
──早くルカ達を見つけて、善や日向を楽にしてあげないと。
むん、と気合いを入れて、再び気配探知に集中する。
しかしそこでアスカは、これまでと違うあることに気づいてしまった。
「…分かれた?」
それまで一塊となっていたルカ達の気配が、突如3つに分散したのだ。
しかも3人とも善達がいる北ではなく、それぞれ別方向へと向かっている。
どうやら善達がいる場所へ、それぞれ向かう作戦に切り替えたわけでもないらしい。
──伊吹さんと颯が狙撃で私を狙って、その隙にルカが善達をとりに行くとか?
あり得る、と1人頷き周囲を警戒する最中。
あるものがアスカの視界で輝いた。
数百メートル先、坂を登った先にある森の中。
太陽光に反射し、きらりと光るもの。
──銃口!
慌てて身を伏せるが、しばらく待ってみても撃ってくる気配はない。
開けた山道ではなく草木の茂みに身を潜めていたせいだろうか、幸いにもあちらはアスカの存在に未だ気づいていないらしい。
──気づかれる前に、こちらから攻めれば。
口元に僅かに浮かんだ笑みをそのままに。
すぐさま光が見えた場所を目指して、アスカはその場を後にした。
──────
同刻、アスカの位置から数キロ離れた洞窟にて。
相手側に動きが見られないことを予想通りとしつつ、少々やりすぎたかと善は考えていた。
善としては全くと言って良いほど、問題ない。
しかし、不満に思う人間がいるのも事実だった。
それも、3人も。
「全っ然、動きないんだけど!」
「もうすぐ終業時間なっちゃうのにね」
「伊吹さん、俺たち助ける気ないのかも…」
不貞腐れた顔に、呆れ顔と、心配顔。
てっきり人質救出というのは設定だけで、人質役というものはいないと善は推測していた。
が、小隊長はわざわざこの訓練のために、特戦のうち戦闘部隊以外から人質役を3人用意した。
日向が言うには「今後を踏まえてじゃない?」ということらしい。
要するに「今後の現場での任務に備え、戦闘部隊以外の人間にも作戦に関わらせておこう」という目的のようだ。
確かに今回集められた人質役は全員、大和の未来を背負うのに相応しい人選である。
と言いつつ、お喋りが多いのも若干気がかりではあった。
岩場に隠れた3人がまたそれぞれに喋り出す。
「てか例のエルの子って段さん、見たことあります? 私まだなくって」
まず三人のうち一番よく喋るのが、装備課所属の呉宮凛。
19歳。特戦は2年目。
緋色のベリーショートの髪と、薄汚れた作業着がトレードマークだ。
さっぱりとした顔立ちに、薄笑い。
加えて常に気怠そうな態度のせいか、纏う雰囲気自体は軽薄そのものだ。
しかしこれでも装備課の中では、最年少かつ若手の中では断トツで優秀らしい。
たった今善が小脇に抱える最新式の狙撃銃M2850も、呉宮が開発に関わったという。
「僕、まだ見たことないんだよね。見た目は人間と変わらないらしいけど…白石さんはある?」
次に三人の中で唯一の男性が、情報課所属の段篤志。
26歳。特戦は4年目。
柔らかな枯茶色の髪と、スクエア型の眼鏡から醸し出される穏やかさ。
誰に対しても笑顔で接しながら、決して相手に壁を感じさせない人間性の持ち主だ。
その性格から軍には似合わないと言われがちだが、内部での調整力や外部との交渉力、作戦立案における貢献度の高さから、周囲からの信頼度が極めて高い人物でもある。
「私、時々図書館で見ますよ。少しだけなら話したこともあります」
最後に段に似た柔らかな雰囲気を持った女性が、衛生課所属の白石千尋。
19歳。呉宮と同じく特戦は2年目。
形の良い大きな瞳と、背中までふわりと波打つ琥珀色の髪が印象的であり、さながら名家の姫君のような雰囲気をもつ女性だ。
こちらも意外、と言ってしまうと申し訳ないが、一際小さな身体に似合わず立派な医師であり、噂では大和一優秀な医学部を卒業した実績もあるらしい。今は作業服だが、普段は白衣を身につけているのだろう。
そんな個性豊かな面々が揃っているわけだが、呉宮と白石は元々知り合い同士らしく、話の話題はルカや作戦の内容へと移っていく。
「へえ、どんな感じだった?」
「見た目は本当に普通の人間だよ。大和にいると髪色とかで外国の子ってわかっちゃうだろうけど、まず亜種には見えないし、話した感じも素直ないい子って感じ」
「ふうん…噂通りだ」
「でも、他の亜種とは比べ物にならないぐらい強いって話でしょ? だから今日の訓練も、そのエルの子が真っ直ぐこっちに向かってくるかと思ってたけど…」
白石の言葉に呼応するように、3人の視線が善に集まる。
善としては外の様子を監視し続ける必要があり、呉宮達の話に混じっている暇はない。
しかし退屈が限界に達し始めた3人から見つめられ続ければ、答えざるを得なかった。
小さく息を吐きつつ、手短に作戦の内容を説明する。
「元々ルカ…エルは、訓練で魔力を使うなって指示を受けていますから。魔力が使えないとなると、こちらに俺と日向がいて、アスカが動き回っている状態での近接戦は非常に不利。なので、エル1人では突っ込んで来れないんだと思います」
「なるほどね。そうなると伊吹さん達は、動き回るアスカを警戒しつつ、3人一塊で来るしかないって感じ?」
「まあ、それが一番妥当でしょうけど、日向の狙撃もありますから。3人なんて塊でいたら的になりやすいだろうし…」
そこまで善が述べた瞬間であった。
一瞬、の空気のヒリつき。
それを善が確かめる暇もなく、ぱん、と乾いた音が宙に1発響き渡った。
呉宮達3人も思わず動きを止める。
「…動いた」
呟きつつ、すぐさま少し離れた位置で周囲を警戒する日向の元へ走り、状況を確認する。
「どこらへんか、わかるか」
「私の射程内でないことは確かだけど、場所まではなんとも。アスカが撃たれたかどうか」
支給された銃のスコープを覗いていた日向が、目を瞬かせつつ息を吐く。
アスカを心配しているのだろうが、伊吹達が動いたのであれば好都合であると善は考えていた。
それだけで居場所が割れる。
「まあ、まだ1発だからな」
「でも撃ったの、颯さんじゃない?」
「多分な。伊吹さんが1発目を撃つとは思えない」
「じゃあ益々やばいじゃん…」
淡々とした言い方をする善に対し、呆れたように日向が顔を顰める。
アスカを助けに行かなくていいのかと言いたいのだろう。
その仕草だけでも、この1ヶ月で随分と2人の──アスカと日向の距離が縮まったことを実感する。
──それとも、俺への印象が悪いだけか。
どこか自分と似ている要素を日向に感じつつ、時々妙な火花が2人の間に散ることを、善はここ最近自覚し始めていた。
なるほど、これが同族嫌悪というやつなのかもしれない。
日向の中に自分と似た部分が透けて見えるたび、それを冷笑する自分がいた。
しかし火花のおかげで、保つべき距離に気付けているのも事実であった。
「大丈夫」
呟きつつ、日向の向かい側の岩陰に座り込み、眼下に広がる訓練地一帯を善は眺める。
既に終業時間までは1時間を切っており、空は薄らと夕焼け色に染まり始めていた。
残り時間もあと僅かとなった、この時間。
伊吹としても、ここで決めるつもりで動いたのだろう。
不死身の肉体を持つルカを良いように使わず、できる限り全員生還を目指すところが伊吹らしくもあった。
「ルカみたいに、魔力を使うことはできないかもしれないけど」
一方で善としても当然、アスカを見捨てたつもりはなかった。
むしろ善はアスカを信頼していた。
だからこそ善や日向が足を引っ張らないよう、1人で行かせたのだ。
伊達にそれなりに長い時間、共に訓練を重ねてきたわけではない。
「それでもアスカなら、ただでは終わりにしないだろうから」




