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夜明けのルカ  作者: 真山慶
プロローグ
3/34

第3話 どうか、

「汚いけど、何もないよりはマシだろうから」


 立てないと溢す日向に対し、自らの軍服の上着を被せながら少年は言った。そうして不慣れな動作で日向をおぶると、恐ろしい程の速さで地獄と化した街を駆けた。路上を蠢く亜種や人間を警戒してか、まだ形が残っている家々の屋根を渡り、少年は走る。

 そんな少年の姿に気付いたのだろう。時折後方や路上からは亜種の怒鳴り声や銃声が聞こえた。少年ほどの速さはないが、きっと亜種達も後ろから追ってきているに違いない。

 それでも少年の背に揺られている間、日向はただぼんやりと燃える街を眺めていた。

 ──もう、どうだっていい。

 少年に手を引かれてもなお、日向は生きる力を取り戻せずにいた。


「…着いた」


 少年の言葉に顔を上げて周りを見る。気づけば街の外れに位置する港まで辿り着いていた。ここら一帯はまだ亜種の襲撃にあっていないのか、崩壊した家々や泣き叫ぶ住人は見当たらず、軍人や政府関係者と思われる者達が慌ただしい様子で動き回るのみだった。

 そうしているうちに少年は、政府所管と思われる建物の前に立つ軍人の元へ、日向を連れて行った。近づいてくる日向達に気付き軍人が険しい顔をしたが、日向の姿を見て血相を変える。


「君、どうしたんだその怪我」


 血だらけじゃないかと駆け寄る軍人の声が、やけに人ごとのように思えた。


「亜種に襲われた地区から逃げてきたんです」


 日向を背から下ろしつつ少年が言う。


「まさか龍江地区からか?あそこは亜種の襲撃でかなりの死亡者が出ていると…」


 そこまで言って子供に聞かせる話ではないと思ったのか、軍人が口をつむぐ。とにかく手当をしようと背中を押されたため、思わず少年を見上げる。

 ──あなたはどうするの?

 そんな思いを込めて少年を見つめるが視線は合わない。

 無言のまま元来た道を見つめる少年の手を引こうとした瞬間、あたり一帯に緊迫した声が響き渡った。


「敵襲────!!」


 響き渡る大声に思わず日向は肩を揺らす。


「龍江区方面よりバイエル、多数接近!」

「歩兵第4連隊第1大隊、第1、第2中隊は迎撃に当たれ!繰り返す…」


 少年と日向を追って来た亜種か、それとも政府所管施設襲撃を目的とした亜種か。そんなのはどちらでも良かった。

 日向は気づいてしまった。

 少年が元来た道を戻ろうとしていることを。日向と一緒に来るつもりはないということを。

 背中を押した軍人が他の軍人に声をかけられ、日向の元を少し離れる。その隙に日向は少年の手をとり言葉をかけた。


「一緒に、来てくれないの」


 自分が想像していた以上に情けない言葉が出て来たことに内心で驚く。

 ──今だって生きる気力なんてないくせに。

 ──本当は全部どうでもいいと思ってるくせに。

 それでも日向は1人が怖かった。これからどうすべきか誰かに指し示してほしかった。同じ道を隣で歩いて欲しかった。それができないのなら、いっそ殺して欲しかった。

 一瞬だけ驚いたような顔をした後、少年が日向の目線に合わせてしゃがみ込む。

 そして言った。


「ダメだよ、俺はこの先には行けない」


 その言葉に日向は唇を噛む。

 ──なんで。そんなのはいやだ。

 ──助けておいて、それは無責任というやつだ。

 そう少年に言ってやりたかったのに、代わりとでもいうかのように涙がぼろぼろと瞳から溢れた。

 言えなかった。少年があまりにも苦しげに日向を見つめるから。

 わかりきっていることだった。彼は人間ではないことを。自分と同じ道を歩めるような存在ではないことを。


「この先、君は君自身の意思で道を選び、生きていくんだ」


 涙が止まらないまま、それでも日向は必死で少年を見つめる。


「間違うことだってある。必死で選んできた道が、地獄に続いていることだって…」


 そこで少年が言葉を切る。続く言葉を発するのを躊躇しているのか、日向から視線をそらし口を噤む。

 それでも日向は続きを求め、少年の指先を握る手に力をこめた。

 そのことに少年も気付いたのか、ゆるくそれを握り返し、絞り出すように続きを紡ぐ。


「でも、どうか、どうか…選び続けて。選び続けていれば、必ずこれでよかったって、全てを許せる日が来るはずだから」


 そう言って、少年は日向の手を離した。

 離したくなかった。

 怖くて怖くてたまらなくて。涙だって自分でも訳がわからないくらい溢れてきて。

 それでも少年の手を離し、元来た道を駆ける姿を見送った。後ろから軍人が慌てて呼びかけるが、少年は決して振り返らない。

 日向は気付いていた。

 少年が、自らが犯した選択により生まれた地獄でもがき苦しんでいることを。罪の意識から、本当はこの場にいる誰よりも自らの死を望んでいることを。それでも日向に手を差し伸べてくれたことを。

 少年の背を見つめながら、ふと自分が着ている上着について日向は思い出す。

 ──ああ、そういえば。

 ──借りてた上着、返せなかったなあ。

 そんなことを考えながら、なんとか保ってきた意識をその場で手放した。

 

 日向が7歳の頃の、出来事である。



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