第24話 罪人
時刻は、日付を跨ぐ直前の夜11時50分。週末のこの時間にもなると、司令部の中でも残っている者はかなり減る。
人気がほとんどなくなった庁舎にて、今日中に片付けなければならない仕事をなんとか終わらせた凪は、執務室の天井を見上げ小さくため息をついた。
通常業務だけでもただでさえ忙しいというのに、それに加えて今週はエルや模擬戦の実施に伴う日程・人員・設備の調整など、追加で上から命令された業務が多すぎた。同じ作戦課所属である零にもある程度業務は振ったが、それでも最低限の業務をこなしてこの時間だ。
ふと資料の整理をしながら、零はもう帰ったのだろうかと疑問に思う。
帰り際に様子を見ていくか、今のうちに少し顔を出しておくか。あまりにも業務が終わってなさそうであれば、手伝ってやった方がいいかもしれない。
そんなことを1人考えているときだった。
乱暴に廊下を歩く足音が僅かに聞こえた直後、ノックもないまま凪の執務室のドアが開かれた。こんな遠慮のない入り方をしてくる奴を、凪は1人しか知らない。
「零じゃなく、お前がこの時間に尋ねてくるなんてな」
開かれたドアにもたれかかったまま、サトルが気だるげに凪を見る。
「零の部屋も見たが、あいつ今日はもう帰ってたぞ」
「ならよかった。俺ももう帰るよ。零もそうだろうけど、俺も流石に今週は疲れた」
ちらりとサトルを見上げるだけで、手を止めずに帰る支度を続ける。
サトルが凪だけに伝えたいことが何かしらあったがために、こんな時間に庁舎まで足を運んだということは容易に想像できた。あるいは夜になり急に思い立ったのか。
どちらにせよ、サトルが口火を切るまでは待つというのがいつもの凪のスタンスだった。
サトルもそれをわかっているのだろう。それほど沈黙が長く続かないうちに口火を切った。
「今日、エルとの模擬戦について零と話した」
「そうか。話せたならよかった」
「あいつ、知らなかったんだな」
「何を?」
「父親が参加した戦に、エルがいたこと」
思わず片付けをしていた凪の手が止まる。いつの間にか部屋の扉は閉められていた。
凪の顔を見たサトルがふっと小さく笑う。
「俺が伝えたわけじゃねえぞ。上とのやり取りの中で、オルデアンとの戦にエルが参加していたと聞いたらしい」
「…あの戦の死傷者の数は、オルデアン側の兵力や装備が圧倒的だったのが原因だ」
「そうだな。だが実際はエルを引きつけるためだけの消耗戦で死亡者の大半、4万人が死んだ」
具体的な数字を出すなと、思わずサトルを咎めたくなる。
だがそれが現実であり、現実として真正面から受け止めたがゆえに、零の父ーー蒼真岳は死んでいった。
「零はそこまで気づいていたのか」
「さあな。俺を気遣ったのか、それ以上深いことは聞いてこなかった」
サトルはそう言ったが、考えすぎる癖のある零のことだ。凡そ気付いてはいるのだろう。いつか凪に尋ねてくることもあるかもしれない。
そのとき、彼は何を思うのだろう。自分は彼に何を言ってやれるのだろう。
ーーまた、俺は間違えるのか。
そんな不安が凪の心を覆い、顔を俯かせる。
しかしサトルは顔を上げたまま前を見据えていた。
「相手を傷つけるくらいなら、一生牢から出なくて構わない」
降ってきたサトルの言葉の意図が分からず、凪は返答に窮する。
そんな凪を見てサトルはまた笑う。いつもの余裕に満ちた微笑みとは少し違う。どこか自嘲的であり、寂しげな笑顔。
「今回捕まえたエルが、零にそう言ったらしい」
「あの戦争で俺たちが戦ったエルとは、別個体だな」
「多分な。けど、お前は許せるか?」
サトルの真っ赤な瞳がこちらを見る。この部屋に来て、初めてちゃんと目が合ったような気がした。
「救えるはずのに、絶望ゆえに選択を放棄する。そんな生き方を願う奴を、お前は許せるか?」
答えなんて、いわずともわかっているのだろう。
黙ったままの凪に対し、真っ赤な瞳を歪ませてサトルが言う。
「俺もお前と同じだ」
同じ人間に対し、同じ思いを持ち、同じ選択をした。その選択の先を思い浮かべなかったわけではない。
それでも正しさを祈りながら、どこかで過ちに対する許しを願っていた。こうするしかないのだと、世界の理不尽さのせいにして諦めていた。
そんなあの頃の自分の背中を、凪は今でも見つめている。
それは多分、サトルも。
「俺たちは知っててあいつを送り出した。等しく罪人だ」
罪を償うことなんて、できはしない。
空いた穴を塞ぐ何かなんて、きっともうこの世のどこにもありはしない。
そのことに気づくぐらいには、凪もサトルも歳を重ねてしまった。
「それでも遺された人間として、せめて選び続けねえとな」
そう言ってサトルはいつもの余裕そうな笑みを浮かべてみせた。




