第2話 血まみれの手
踊っている。首のない亜種が血を撒き散らかして、踊っている。
もう1人の亜種の首も悲鳴を上げる前に宙へ飛ぶ。そうして首のない2つの遺体が床に崩れようとする中、日向の目の前に1人の少年が背を向けて立っていた。
半分ほど血に染まった金色の髪と、小さな丸い頭。
背丈は大人達に引けを取らないくらいに高いが、肉が詰まっているとはまるで思えないほどに痩せた身体。
しかし薄汚れた軍服に包まれたその身体には、真っ赤な血と共に青い絵の具のような液体がべっとりと張り付いており、少年らしい体つきとの間に奇妙なギャップがあった。
──人間?
少年を見つめながら日向は思う。
──亜種を殺したのだ。人間に決まっている。
しかし振り返った少年を見て、言葉を失う。
赤。闇の中で爛々と揺れる赤。人間とは決定的に違う色。
少年の瞳は、血のような赤色をしていた。
それでも日向を見つめるその顔は想像していたよりもずっと幼く、本当にこの少年が亜種を殺したのかと疑いたくなる程に穏やかな瞳をしていた。
少年が口を僅かに動かした後、日向に近づく。
「…っ!」
思わず後退ろうとするが、埋めき声のみ上げる日向に対し少年の動きが止まる。
「…お父さんと、お母さんは?」
しばらくして、小さな声で一言少年が尋ねたが、俯く日向に察したのだろう。それ以上は答えを求めなかった。
また沈黙が数秒流れたのち、亜種達が来た方向を見つめながら、少年が言った。
「多分、またすぐに別の亜種がやってくる」
そうしてまた日向の方を向き、「どうしたい?」と尋ねた。
「君は、どうしたい?」
答えなければいけないと思った。だって、助けてくれたのだ。生きたいと答えなければ。
そう頭ではわかっているはずなのに、日向は口を閉ざし少年から目を逸らした。
わからなかった。
どう死ねばいいかなんて、そんなことを考えている自分を理解できなかった。
少年が日向のそばに跪く。
「立てる?」
血だらけの足ではあったが立てないことはない。そのはずなのに、心に引きずられているかのように身体が重かった。
答えが出て来ず、沈黙が続く。
「…わからないか」
言葉と共に、少年が日向の手をとる。
反射的に振り払おうとしたが、その手の温かさに日向は思わず動きを止めた。
──なんて、冷たい。
少年の手には、人肌と呼べる程の温かさがまるでなかった。
人間の手ではない。そのことを改めて自覚する。
それでもなぜか、怖さを感じなかった。
血まみれの手で、血まみれの日向の手をとってくれたことに気づいてしまったから。
「俺もわからないんだ」
思わず顔を上げて少年を見つめる。
その瞳の色はいつのまにか、血のような赤色からガラス玉のような澄んだ青色に変わっていた。
そうして、間近で少年を見て日向は改めて気づく。
少年は、まるで神様が願いを込めて作り上げた作品のような顔立ちをしていた。
「ずっと、わからないまま生きてる」
しかし、瞳の色が変わったその顔は人間と全く変わらない。
それでも絶対に人間ではない。亜種の首を刎ねた異物。
そんな存在が、ただの子供の前で泣き出しそうな顔をしながら微笑んでいる。
「どう死ねば許されるか、ずっと考えてる」
自分と同じ、ただの子供としか思えない異物が、そこにいた。