第20話 戦場に立つべき存在
「また顔を出します」
そう零が日向の担当医に伝え部屋を出る頃には、病院内はすっかり闇に包まれていた。ポツポツと廊下を照らす明かりや外灯を頼りに、疲れ切った身体を基地内の執務室へと運ぶ。
道中、零の頭に浮かんだのは、つい数分前の日向の言葉だった。これはお前がした選択による結果だと、突きつけられた。
颯にも本当によかったのかと聞かれるくらい、面倒な選択をしてしまった自覚はある。あの時颯が言いたかったのは、日向を生かすという選択の良し悪しではなく、もっと個人的な話。これ以上抱える荷物を増やすような真似はしない方がいい、とかそういったことだった。
一方で、零がルカを捕らえたことを軍の上層部に報告した際には、よくやったと称賛の言葉を浴びると共に、日向への処置については苦言を呈せられた。
軍の中でも、予想以上に日向は名が知られた存在だったようだ。士官学校の教授達からも熱い推薦を受けているだとか、地元の有力者からもぜひよろしくと言われているだとか。話を聞けば聞くほど、殺さずにいておいてよかったと思わず冷や汗をかいた。
「お前の懸念はわかるが、経歴を見る限りエルの情報を外部に漏らすような子ではまずないだろう」
そう上層部は呆れ顔で言ってみせたが、いざ外部の人間にルカの情報が漏れた際に責められるのは零なのだ。かといって上層部がそんなことに配慮するわけもなく。
「まあ、アスカの時と同じように、お前が彼女の面倒を見るということでどうだ」
そう丸め込むように上から言われてしまえば、零も頷かざるを得なかった。
一点、日向がなぜルカにそこまで肩入れするのかが零にとっては疑問だったが、今日の会話で凡そ理由も把握できた。
恐らく、日向はルカに惚れている。
一方で日向について、これまでに情が深い奴だという評価がなされたことはなかった。むしろ人間関係においては人当たりが良いが、現場においては無情な判断が下せる冷静な奴だということで評価をされてきた側の人間であった。
そんな人間が、たった一度助けられただけだけの存在に、自分の命を投げ打ってまでの行動を起こす。
何が日向にそこまでさせたのか、そこを明確にさせようというほど零も野暮ではない。
むしろ今後のルカの動向については、日向を大いに利用させてもらうという算段で、今日は引き下がることにした。もちろん両者共に、御坂を裏切るようなマネをした場合は、どちらかを人質に脅しをかけるつもりではあったが。
病院を出て少し歩けば、すぐに司令部が入る庁舎が見えてきた。自分の執務室以外にも煌々と明かりが灯っている司令部を見上げて、大きくため息をつく。
時刻は日を跨ぐにはまだ程遠い。今日中にやらなければならない仕事の数を数えると頭が痛かった。
しかし司令部の入口に入ろうとしたところで、入れ違いに顔見知りの人物が出てくるのを見かけて、思わず零は歩く速度を緩めた。
ーー凪さん。
そう声をかけるかどうか迷っている間に、相手が零に気づき、よお、と笑いかけてくる。
「零、聞いたよエルの話」
また仕事が増えたなと指摘され、思わず素直に顔を顰める。
そんな零の顔を見て凪が目を細める。
「ごめんな。俺が出張行ってたばっかりに、お前に全部任せちゃって」
「いえ、元々御坂の関係は俺の仕事ですから…でもさすがに、想定外のことが色々ありすぎたというか…」
「さすがに疲れた?」
「…まあ」
こんな気を許した反応ができるのも、自分の上司でありながら、半ば育て親のような存在でもある凪の前でだけだった。
それをわかった上でだろう。凪がぐずる子供を宥めるかのように、そうだよなあと笑う。
それだけでも少し肩の荷が軽くなったような気がした。
立ち話もなんだからと、入口近くのベンチに腰を下ろし話を続ける。
「それで? まずは来週、エルに模擬戦をやらせるんだっけ」
凪の言葉に頷きつつ、今朝の上層部との会話の内容を思い出す。
ルカの実力について聞かれ、アスカに手足を切り落とされる程度だったと伝えたところ、案の定その程度の実力ではないはずだと指摘された。
軍の中でもごく少数の人間しか知らない機密情報だということらしいが、先のオルデアンと大和との戦の際には、オルデアン側にいたエルが一部の戦闘に参加していたらしい。
エルが化け物のような魔力を有していることを身に染みて感じている人間が、上層部の中にもいるということだった。
「捕獲の際、アスカを相手に一戦やらせたんですが、どうやら手を抜かれたようで」
「はは、アスカが聞いたら怒り心頭だな」
「はい…なので、模擬戦はアスカではなく、サトルさんにやってもらおうかと」
ルカがなぜアスカとの一戦で手を抜いたのか、明確な理由はわからない。
むしろ手を抜いていたというよりも、自らが持つ魔力をどこまで使うべきか悩んでいるようにさえ見えた。
ならば、本来の力を引き出すためにはどうすれば良いか。
悩む暇もないくらい、本来の力をもって戦わざるを得ない状況を作ればいい。
それが上層部の結論だった。
「なるほどね。確かに、サトルの方がそういうのは得意そうだ」
「アスカはあまり駆け引きが得意ではないので…サトルさんであれば、上手くエルを煽ってくれるかなと」
それに、と1拍置き、サトルを選んだ一番の理由を零は口にする。
「あの人が一番、この国で強いですから」
零の言葉に、そうだなと薄く笑いながら凪が頷く。
「例の新人の子も、一緒に捕らえたらしいけど」
「ええ。彼女を脅しの材料に使うことで、今回エルを捕らえることができたので、今回の模擬戦も同じようにできたらと思っていたんですが…」
「まあ、あまりいい案ではないな」
指摘され、思わず目を伏せる。
零自身も同じやり方でルカ本来の力を引き出せるとは思っていなかった。
何より日向を引き合いに出した時の、心底こちらを侮蔑するような声と瞳。
あれは、誰かを引き合いに出されるやり方に心底疲れ切っているように見えた。
日向のためというのが大きかっただろうが、捕獲されるだけだったから、こちらに従ったのかもしれない。
しかし今度は自ら力を発揮し、動いてもらう必要がある。そのために何をすべきか。どんな言葉をかけるべきか。
ふと、颯に告げた自らの言葉を零は思い出す。
「あいつ、自分の力によって他人が傷つくのを、怖がっているように見えるんですよね」
「あの最厄のエルがか?」
「戦場に立つべき存在が何考えてんだとは思いますが」
むしろルカは、自分は戦場に立つべきではないとすら思っているのではないか。
情報部によれば、元々ルカは数年の間オルデアン管理の基地で捕えられていたが、基地が何者かの襲撃にあったことで、大和へ逃げ出してきたのではないかという話だった。
つまり、戦場に出ていなかった。
それは自ら選択したことなのか、命令されたことなのか。おそらく前者だろう。
「自分が戦場に立てば、多くの生命を奪うことになる。その覚悟ができていないってことか」
凪の言葉は、まるで新兵のセリフのようにさえ零には思えた。
凡そ寿命が何千年とあるとされる生き物が言うセリフだとは思いたくない。
ここで実力を示さなければ、使えないと判断され、大和の牢で一生鎖に繋がれた生活を送ることになるかもしれないのに。
「まあでも、結局はそのエルが決めることだしな」
考え込む零に対し、凪がかけてきた言葉は意外なものだった。
突き放されたような気がして、思わずムッとした表情をしてしまう零に気づいているのか、いないのか。
あえて淡々とした物言いで凪が告げる。
「大体、軍の人間全員が覚悟できているかどうかだって、怪しいだろう」
「それは、そう…ですけど」
「戦場に立つ理由を、未だに探し続けている奴だっているんじゃないか?」
ずしりと重たい何かが、身体の中心に落とされたような感覚。そんな感覚が零を襲う。
凪はきっと気づいている。
零がルカと同じように、未だ戦場に立つことに迷いを感じていることを。
「サトルにそのまま今の話をしてみなよ。多分あいつなら上手くやってくれる」
言葉と共に背中を叩かれ、頷きつつベンチを立つ。
夜はまだ長い。気をしっかり持とうと、零は大きく息を吸った。




