第15話 襲撃
「周りは俺が見張っておくから、日向は寝てて大丈夫だよ」
そうルカには言われたが、日向も士官学校で鍛えられた一端の軍人である。どんな場所であれ数秒で眠りにつけるが、基本的に熟睡することはない。
特に日向は士官学校時代の友人達からどんなに僅かな物音でも起きそうだと言われる程、眠りが浅かった。
「…何かあった?」
刀に手にかけた状態で動きを止めているルカの横顔に声をかけると、驚いた表情と目が合う。
目が覚めた瞬間から、すでに日向は亜種から奪った銃を手に取り、周囲の状況把握に神経を尖らせていた。
現状、ただの人間である日向では周囲に人や亜種の気配を感じ取ることはできない。
しかしルカが刀に手をかけたということは、そういうことなのだろう。
「まだだいぶ距離があるけど」と前置きをした上でルカが言う。
「数人、俺たちがいる場所に近づいてきてる。しかも結構なスピードで」
目の前の焚き火の跡に視線を向け、日向は小さく舌を打った。
おそらくこの火の明るさにて居場所が割れたのだろうが、問題はそこではない。
相手はルカがエルだと気付いているのだ。
夜が来る前から日向達の跡をつけていたからこそ、日向にとって不利な夜になるまで待っていたのだ。
周囲の暗さから察するにまだ日を跨いではいないだろうが、十数メートル先の木々の位置を視認できないくらいには闇は深い。
弾を装填しつつルカに尋ねる。
「相手が亜種か人間かはわかる?」
「いつもならわかるんだけど…何か変な感じなんだ」
ルカの答えに思わず日向は眉を寄せる。
変な感じって、何。
「亜種でも人間でもないっていうか…なんだろう。彼、いや彼女…?」
ぶつぶつと独り言を口にするルカを訝しげに見つめる。
が、次の言葉に日向は耳を疑うことになる。
「なんか、俺達と似ている感じがする」
え、と驚きの声が日向の口から漏れるよりも早く、ルカが何かに気付いた様子で数歩前にでる。
刀を構えるルカの姿にハッとして、日向も銃を構える。ルカの言う彼女が近づいてきていることを、なんとなくであるが日向も感じていた。
「…来る」
小さく溢れたルカの言葉に深呼吸で答えつつ、日向が視界に入るもの全てに神経を尖らせた矢先。
数十メートル先を駆ける影を日向の目が捉えた。
恐ろしく速い。だが狙えないことはない。
ダンッ、と鈍い音を立てて放った日向の銃弾が空を切り裂く。
ダメだ、当たってない。瞬時にそう判断し、2発目を装填した上でスコープを覗く。
今度はしっかりと相手の姿を捉えた。だが、相手が自分と同い歳くらいの少女だと気づいてしまう程度には、距離が狭まっていた。
亜種ではない、おそらく人間の少女だ。その事実に戸惑いつつ、2発目を放つ。
今度は当たる。そう思った瞬間、確かに銃弾が少女の足を掠める。
だが少女はそれを気にも留めずに、宙へ飛びルカへと襲いかかった。
ルカもさらに数歩前にでて、それに応戦する。
ルカと少女の刀が競り合う音を聞きながら、日向はその時点であることに気づいていた。
しかし少女とは別の気配を感じ、すぐさまそちらに意識を向ける。
直線的に突っ込んできた少女に比べ、もう1人はこちらの考えを読んでいるようだ。すぐに気配が消えてしまう。
対して、ルカと少女は徐々に日向から遠ざかっていった。
彼らにとっては狙い通りの展開なのだろう。意図的に日向とルカは距離を取らされていた。
1人残された日向は焦燥に駆られる。
先ほど日向が気づいてしまったこと。
それは、どういうわけか少女がルカと同等以上に優れた戦闘能力を有しているということであった。
つまり、日向の助けをなくしてルカは勝てない。
だが、目の前に隠れているであろう人間の実力は、おそらく日向と同程度だ。
早くこちらを片付けて、ルカを助けに行かないと。
そんな焦りもあっただろうし、岩陰を背にしていたことから前方にのみ意識を向けていれば良いと思っていた。
だから気づかなかったのだ。
目の前にいると踏んでいた人間が後ろへと先周りし、頭上から襲いかかってくるなんて。
「…っ!」
頭上から僅かな気配を感じ、慌てて日向は振り向く。
こちらも亜種ではない、人間の男。
月明かりに照らされた姿を見上げながら、男に向かって引き金を引こうとする。
しかし、男としては予想していた動きだったのであろう。
既に男は銃に手をかけ、そのまま日向の肩を掴み押し倒そうとしていた。
だよね、と思わず内心で日向は自嘲する。
が、ここで容易く負けるわけにはいかなかった。
瞬時に男の足を右足で思い切り払い、不安定になったところを、さらに左足を使って無理やり男の身体を吹っ飛ばす。予想よりも男の身体が軽くて助かった。バランスを崩し地面に倒れそうになる男の肩を蹴りつつ、距離をとる。
しかし男もただ倒れて終わらせるつもりはなかったようだ。
膝をつきこちらを見上げる男の手中には、日向が胸ポケットに入れていたはずの銃弾の残りがあった。どうやら肩を掴まれた際に奪い取ったらしい。
冷静な判断ができる人だ。思わず感心するが、すぐさま銃口を男に向ける。
銃弾は残り1発。足を撃って動きを封じるか。確実に息の根を止めるか。
判断の前にせめて身元を把握できないかと、僅かな月明かりを頼りに男の容貌を確認しようとしたときだった。
日向は気づいてしまった。
男の服。闇に溶けるほどに黒々とした軍服。
それが、仁に初めて御坂を紹介してもらった時の資料に記載されていた軍服や、御坂への入隊にあたり支給を予告された軍服と酷似していること。
つまり、目の前の男は御坂に所属する軍人であること。
動揺から銃を構える日向の手が僅かに緩む。
それに気付いたのだろう。男が懐の刀に手をかけ、一歩踏み出そうとする。
同時に日向の脳裏には、士官学校での日々や自分を送り出してくれた仁や陸の姿が過っていた。
ここでこの人を傷つけてしまえば、確実に御坂への入隊の道は閉ざされる。
けど、だけど、それでも。
そう願い、引き金に指をかけ銃弾を放つ。
しかし、日向が放った銃弾が男の足を貫くことはなかった。
1発の銃弾が日向の腹を打ち抜き、バランスを崩したからだ。
ぐっと左足に力を込め、なんとか倒れまいとするが、その分腹からボタボタと血が流れ出る。
「く…っ!」
思わず漏れた声と共に、後悔の念が日向の胸を刺す。
目の前の男が自分と同じように銃を持っていない時点で、察しておかなければならなかったのだ。
どこかに狙撃兵がおり、男はあくまで狙撃兵に撃たせるための存在でしかないのだと。
腹を抑えてみても出血は止まらず、激しい痛みと吐き気からついに日向は膝をつく。
弾薬がなくなった銃を地面について、なんとか立ちあがろうとするが、力が入らない。
ふと顔を上げると、日向のすぐそばに男が立っていた。
想像していたよりもずっと若い。おそらく日向と然程歳の変わらない男が無表情で日向を見下ろしていた。
男の顔をぼんやりと眺めながら、ここで死ぬのかとなんとなしに思う。
呼吸の荒さとは正反対に、不思議と日向の心は凪を迎えたように穏やかであった。
そうして、ああそうかと納得する。
もう、自分はわかってしまったのだ。生まれてきた意味を。生きてきた意味を。
だって、もう出会ってしまった。
今までの全てが意味のあるものだったと思えるほどの、出会い。
後悔なんて何1つないと思えるほどの出会い。
意識を手放す直前。
日向の脳裏をよぎったのは、ルカの少年のような後ろ姿だった。




