第14話 殺されるべき存在
「エル捕獲作戦は、夜に決行する」
そう零に言われた昼下がりの時点では、思わず口答えをしてしまった記憶がある。
が、最終的には夜で正解だったと内心で颯は頷いた。
エル1人であれば不眠不休で闇夜の中を歩きつづけていただろうが、あの少女のためであろう焚き火が、彼らの居場所をわかりやすく照らしていた。おそらく零はここまで先読みした上で、夜に決行だと言ったのだろう。
しかし双眼鏡にてエルと少女を観察していた颯は、思わぬ出来事に「げえ」と声を溢した。
隣で周囲の警戒にあたっていた零の形の良い眉が歪む。
「颯…変な声を出すな」
「いやだって…エルと目が合っちゃったんで」
颯の言葉に零が一瞬押し黙る。
「すぐに移動しようとする様子は?」
「それはないですね」
「ならいい」
「いやあ、この距離で気づかれるとは」
他の亜種とは比べ物にならい程の魔力。不老不死の肉体。驚異的な自己再生力。
颯がエルについて知っていることとしてはそのくらいだったが、数km先までの気配探知力も付け加えられるかもしれない。なるほど、これはとんでもない亜種だ。
「いずれにせよアスカが合流次第、作戦を開始する。それまでは待機だ」
零の言葉に頷きつつ、颯は肉眼にてエルと少女がいる方角を見つめる。
正直亜種が大和に侵入したいう話を聞いたときは、軍の中で最精鋭である御坂の自分達が呼ばれるようなことかと思った。
しかし、亜種が侵入した理由がエル捕獲であり、さらにエルに返り討ちにされた亜種が発見されたとなれば、話は別だ。通常の軍の人間では対処し切れない。
やはりここは御坂のような対亜種の戦闘に相応しい人選でないと。
そう思った矢先にふと疑問が生じる。
「そういえば、なぜ今日アスカは途中合流なんです? 何かありましたっけ」
「…士官学校で卒業試験の補習を受けてるんだ」
ああと颯は苦笑するが、零の表情は硬い。
一身上の都合にてアスカは通常の学校や士官学校を卒業せずに、軍の計らいで直接御坂に入隊した。
しかし、如何せん戦術学や兵器学に関する知識が全くないままではまずかろうと、昨年の1年間で士官学校での卒業試験に合格できる程度の知識を身につけるよう、零が指示を出したのだ。
その時のアスカの表情と、士官学校へ向かう寂しそうな背中といったら。
まるで初めて学校に向かう子供のようだった。
「補習なんてあったんですね、あれ」
「ない。あまりにも成績が悪いからって、学科毎に教授達が特別に用意してくれたんだ」
「うわあ、それは断れませんね」
「まあ御坂の任務もあったし、そもそもあいつはじっとしているのが苦手というか、勉強が苦手というか…」
「……あんまり言わないでよ、一応苦手なりに頑張ってはいるんだから」
声と共に、後方の茂みから2人の前にアスカが姿を現す。いつもと同じく後ろで1つに束ねられた焦茶色の髪が、今日は不機嫌そうに揺れていた。
顔の小ささに対し、キリッとした大きな瞳が印象的なアスカの不機嫌顔はなかなかに迫力があるが、同時に猫のような愛らしさもある。
──本人はそれが嫌なんだろうけど。
なんて思いつつも、わかりやすい態度に零と視線を合わせて合図する。
「まあ教授達も見込みがない奴には指導しないだろうからね。きっとアスカが頑張ればできる奴だってわかってるんだよ」
「でもさっき言ったことなのに何でわからないんだって、何回も怒られるし。来月からも時間あるとき来いって言われるし…」
「俺が文字の書き方や読み方教えたときだって、何回も繰り返しやって覚えただろう? 他の奴より時間はかかるだろうが、必ずできるようになる」
「…そうかなあ」
「そうそう。だからあんまり落ち込みすぎないでさ、気長に頑張ればいいんだよ」
零と颯の両者からの励ましが効いたのか、徐々にアスカの顔が元気を取り戻し始める。
相変わらずわかりやすくて助かるが、そこがアスカのいいところでもあった。
やれやれと胸を撫で下ろしつつ、作戦について颯は零に話を振る。
「で、どうします。あのエルはアスカが相手ですよね?」
「ああ。アスカがあのエルの相手をしている間に俺と颯で、少女を捕獲する」
「あの女の子に2人もいりますかね? そもそもなんでエルと一緒にいるのかは謎ですけど、話せばそのまま大人しく着いてきてくれるんじゃないんですか?」
「…颯は、昼間見た亜種の傷がエルだけの仕業だと思うか?」
指摘され、思わず黙り込む。
「刀と銃、両方の傷があった亜種もいただろう」
「ええ、まあ」
「それに1人だけ銃がなく、他3人の銃も弾切れの状態で見つかった。そして、おそらく亜種から奪った銃はあの少女の手中にある」
「…確かに。仰る通りで」
ため息混じりの声を溢しつつ、颯も納得する。
てっきりあの少女は、少年をエルだと知らないまま武蔵への道案内を頼まれただけだと颯は踏んでいた。
しかし零はそうではなく、あの少女は目の前の少年がエルだとわかった上で、共に行動しているというのだ。
少年を襲った亜種を、共に返り討ちにしてしまうほどの情けを持った上で。
「まあ、共犯かどうかまではなんとも。ですが見た感じ、エルだとわかっている可能性は十分ありますね」
「ああ。そうなればアスカとエルとの戦闘に、あの少女も混じってくる可能性がある」
「…私は別に、2人共相手にできるけど」
拗ねたようにアスカが言うのを、零が制する。
「いや、今回の作戦はエルを倒すのが目的じゃない。捕獲して、こちらのために動かせるのが目的だ。アスカはエルを動けない状態にしてくれれば、それでいい」
そこまで聞いて颯は零の作戦の主旨を理解する。
しかしアスカがなぜという顔で零を見つめたまま、動こうとしない。腑に落ちないと動けないところがアスカにはあった。
零にわざわざ言わせるのもと思い、颯がお茶を濁してやる。
「ま、話に聞く限りエルは死なないらしいからさ。死なないなら、動かなくしてくれればそれでいいってことだよ」
「でも、手加減はしなくていいんでしょ」
「…構わない。思いっきりやっていい」
零の言葉にアスカが頷くのを眺めながら、颯は考える。
──万が一、今回の捕獲作戦でエルが本当に死んでしまったら?
零はエルの捕獲を心待ちにしている軍の上層部に何と説明するのだろう。
しかし、上層部の思いとは裏腹に零はきっとこう思っているはずだ。
──できるならここでエルを殺してしまいたい。
その方が自分達にとっても、この国にとっても、世界のためにも良いだろう、と。
そして万が一死んだとしても、上層部にはこう説明するのだろう。
蒼い血を持つ不死身の亜種というのは、どうやら伝説の中だけの存在だったようです、と。




