1. トイレの花子さん
初投稿です。よろしくお願いします。
トイレの花子さんを呼び出す方法をご存知だろうか。
学校の、3階女子トイレで、手前から数えて3番目の個室にて、3回ノックした後にこう尋ねるのである。
「花子さん、遊びましょ。」
そうすると、呼び掛けに応じて花子さんが出てきてくれるのだ。
手順は何通りもあるがどれもこれも、呼び出し方は似たり寄ったりだ。
口伝で後世に残してきたから、曖昧に伝わってしまい呼び出し方が複数に増えてしまったのだろうと考える。
ネットが普及していない時代のあるあるだ。
しかし、何故かどこの学校にも伝わっている噂である。
昔の子どものネットワークって凄い。
そこまで考えた所で調査員はふと、疑問に思った。
―これ、全国で一斉に花子さんを呼び出したらどうなるんだ?
論より証拠、急がば回れである。
疑問に思った調査員は、すぐさま然るべき機関へと赴いた。この議題を取り上げ全国的に調査させて欲しいと頼んだのである。
なにぶん、全国にある学校、いや校舎全てで一斉にトイレの花子さんの呼び出しを行いたいのだ。
個人で行うには分身でもしない限り、無理がある領分だった。
なら生徒諸共巻き込んで調査記録を作ってしまおう、との魂胆である。
結果がどうなるかは、さておき。
まぁ、どう転んでも知的好奇心は満たされる。自分にとっても、子供たちにとっても。
まずは、調査に協力してくれる人達を募った。
大人が調べてそこで満足してしまっては、子ども達が不満に思うし納得しないだろう。
「その答えは大人が作り出した幻ではないか?」
なんて考えが蔓延ってしまえば、子供たちからの信頼を一気に失ってしまう。
そこで協力者もとい目撃者は、学校の生徒たちに立候補してもらう事にした。
推薦や学校が代表者を選んでしまうと不公平だろう。何より怖がりの子に当たってしまったらそれこそ調査が立ち行かない。
ならば、との立候補生だ。友達と参加しても良し、1人で立ち向かって英雄となっても良し、子どもたちの自主性を育てるにもちょうど良かったのである。
それに1学年100人計算でも小学校であれば600人は在校生がいる。母数が少ないならともかく、多いなら1人ぐらいは立候補者が出るだろうとの考えだった。
その考えは的中する。
どの学校も1人以上は立候補者が出たのだ。なるべくは、立候補者は全員参加させたかったのだが、中にはトイレに入りきらない人数の参加者が募った所もあったらしい。
そういう学校は生徒たちに話し合いをさせてメンバーを決めさせたり、ビデオ中継をクラスで流したり(勿論有志者のみの視聴で、だ)次回の七不思議調査の際は優先して参加させるとの条件で選出していったりしたそうな。
意外なところで収穫もあったらしい。
話し合いで解決するようにしたので、生徒たちの主体性や協調性を伸ばすいい機会になっただとか、中継を行うとなればカメラ諸々の機材を用意しなくてはならず、その業界の片鱗を見れたとのことで将来を見据えるいい機会になっただとか。
まぁ、その辺は割愛とする。
なんやかんやを得て、人は集まった。
残すは決行のみである。
決行日は夏休みに入る前日、最終出校日だ。
夏という事で日が落ちる時間も遅いし、仮に帰りが遅くなってもまだ日が昇っている内は安心だ。万が一怖がった子がいてしまっても、長期休みに入るため元凶となった学校に来なくてもいい、休みの楽しさで恐怖も薄れるであろう、といった理由であった。
休み前で浮き足立っていた子供たちにとっても、退屈に感じるいつもの授業ではなくこういった変わり種の授業は一層新鮮味を感じさせるものだったらしい。
例年よりも活気だった校内の様子が見受けられた。
いよいよその決行日。
全国一斉に呼び出すのだからと、日付のみならず時間帯も指定があった。また、事前に保護者にも説明の機会を設けてあり、納得いってもらった上での決行である。
流石に子どもたちだけで調査させる訳にはいかず、絶対に大人が最低1人は引率しての調査であった。
勿論、ドアをノックするのも引率者である大人の役目である。
これもまた、平等性を図るためであった。ドアをノックできるのは、学校1つにつき1人まで。誰か1人の生徒に任せるとブーイングが起こってしまう。その為、引率者がその役割を担ったのだ。
しかし、参加してくれた生徒たちにも「参加したんだぞ」という意識は残しておきたい。
その為、掛け声はトイレに集まった生徒たちにお願いするという形である。
いよいよ、指定された時間だ。
ノックする手に思わず無駄な力が入る。
大人になって、オカルト的な物を昔より信じなくなってしまったが、緊張はするものらしい。
コンコンコン。
そのノックを合図に女子トイレに集まった生徒たちが一斉に呼びかける。
「「「花子さん、あそびましょー!」」」
時間は守った。手順も守った。
しかし、花子さんとやらが出てくる気配は無い。
やはり噂は噂で、眉唾物だったのだろうか。
生徒たちにも、残念なような、落胆したような不安げな空気が流れている。
「もしかしたら、花子さんは恥ずかしがり屋かもしれないね。こんなに大勢人がいるのだから、出てくるに来れないかもしれないよ。」
なんて生徒たちに声をかけようとしたその時、先程でうんともすんともいわなかったドアが、ガタガタと小刻みに震え始めた。
よく考えれてみば、呼び出した花子さんは遊んでくれるというが、遊びの内容は様々だった。
子供たちにとっての健全な遊びなのか、それとも残忍な遊びなのか。
先程とは違う意味の、不安と緊張が大人たちに走る。
いざとなったら子供たちだけは守らねば、了承してくださった親御さん達に失礼にあたる。そんな思い出トイレの扉の前身構える。
しかし、そんな思いは怒声に掻き消された。
「なんで今日はこんなに全国一斉に呼び出しがかかるのよー!?」
そんな声と同時に目の前の扉が開いた。
中から出てきたのは、噂でおなじみな姿のトイレの花子さんだった。
ただし、汗だくで背景が見えるほどの透け感を伴って。
かくかくしかじか。
まさか本当に目の前に現れてくれるとは思わなかった花子さんに、事の経緯を説明する。
「はぁ、なるほどね…。道、理で…。」
ところで目の前の花子さんはどうしてこんな汗だくで、なんなら背景が透けるほどの透明感なのだろう。
少し落ち着きを取り戻したらしい花子さんは、私の目を見つめると、まるで意味を汲み取ったかのように答えてくれた。
「私は元々私のみ、ただ1人の存在なの。なのにこうやって全国一斉に呼び出してくれるものだから、分身体を飛ばしつつ、足りないところは文字通り走り回って駆けつけているのよ。」
息も絶え絶えな花子さんに、生徒の誰かが手持ちの水筒を渡そうとしている。
「あら、あなた優しいのね。ありがとう。でもごめんなさい、この通り体が透けているから飲み物を飲んだりはできないの。気持ちだけ貰うわね。」
そう言いながら生徒に向かってヒラヒラと手を振り始める。
キャー!と思わず黄色い歓声が生徒たちから湧き出る。さながら、目の前にアイドルがいる気分だ。
ファンサービスはバッチリな花子さん。
伊達に昔から子供たちの興味をかっさらっている訳では無いらしい。
「花子さんの正体は?そして呼び出した生徒たちと遊んでくれる理由は?」
幼少期の自分が聞きたかったことを、そして大人になった今の自分の疑問を今、初めて明確な答えを出してくれそうな目の前の人物に質問してみる。
花子さんは私の目をじっと見つめ返すと、壁に背を預けながら笑みと共に答えてくれた。
「まず1つ目の質問の答えだけれども。私は元々 “ トイレの神様 ” よ。あまり神様としては馴染みが無いかもしれないけれど、風習は今も残っているんじゃない?」
そう言いながら、手洗い場をスっと指差す。
手洗い場にある鏡の下の僅かな出っ張りには、活けたばかりであろう小さな花が飾られていた。
あぁ、そうか。
「そう。そのお花は本来お供え物にあたるのよ。皆も覚えは無い?ほら、正月に神社に行ったらお賽銭をしてお願いごとをするでしょう?あれと同じよ。」
そう言いながら集まった生徒たちを見渡す。その答えに子供たちも納得の声をあげていた。
「2つ目の質問の答えは、そのお供え物のお礼。または気が乗っているから遊びにも参加するって所かしら。要は気まぐれよ、気まぐれ。」
これにも子供たちは納得の声を上げている。お賽銭をして願い事をしても、望みが絶対に叶うとは言いきれない。神様だからこその気まぐれの行動らしい。
「まぁ、悪いお供え物があった学校には、私じゃない別のナニカが入り込んでるからそれは私とは言えないけれども。」
なんてボソッとした呟きは、私だけの耳に届く。これはきっと、子供たちに聞かせたくない内容だ。悪いお供え物とはきっと、過去にどこかであったであろう事件のことを指しているのだろうか。
怖い話を子供たちに聞かせないようにしていたり、ファンサービスしたりと意外といい神様なのかもしれない。
私の質問を皮切りに子供たちが次々と手を挙げ始めながら質問の声を上げていく。
好きな食べ物は、とか怖い噂は本当なの、だとか。
親しみやすい神様だと分かった瞬間、子供たちにとっては花子さんは畏怖すべき対象ではなく、新たにやってきた転校生みたいな括りになるらしい。
そこで、パンッと手拍子が1回鳴り響いた。
手拍子の犯人はもちろん、目の前にいる花子さん。
「さ、質疑応答はもう終わり!呼び出してくれたお礼に遊んであげたいけども、おかげ様で私は今日とても忙しいの!全国で一斉に呼び出されたからまだまだ走り回らなくちゃいけないのよ!」
そんなことを言いながら透明感の高かった体がさらに透けていく。
花子さんは今から、まだ周りきれてない学校に向かうつもりらしい。
「もし、また私と遊びたいと思うならトイレを綺麗に掃除したりして今日と同じ手順で呼び出しなさい。気まぐれで遊びに来てあげるわ。」
そんなことを言い残して、花子さんは完全に消えてしまった。
綺麗にして呼んでくれたらまた遊びに来てくれる、子供たちにそんな期待を残して。
「またね。貴方とはまた、相見えると思うから。」