冒険者を辞めた理由
夜間、天衣無縫の皆さんも其々の部屋に入って寝静まった頃、私はとある人物の部屋の扉をノックしました。
「はいはい、何かご用で……って、アロエさんか」
「来ちゃいました」
「来ちゃいましたって……まぁ、いいか。
別に夜這いに来たって訳でもないんだろうし」
「それは話の展開次第ですかね」
「全く、どこまで本気なんだか」
私は大概本気なんですけどね。
しかし、本題はそこではないので良しとしましょうか。
私はテンさんの部屋に招かれ、部屋にあったベッドの上に腰掛けました。
その様子を見てテンさんが軽く頭を抱えてますね。
「どうされました?」
「いや、平常運転だと思っただけだ。
それで本題なんだが」
「おや、ムーディな会話も前戯もなく、いきなり本番から始めたいと仰いますか」
「……本当に勘弁してくれ」
「すいません、今のは冗談です。
本題なのですが、何故テンさんは冒険者を辞められたのですか?
見たところ身体に異常は見られませんし……今も鍛えているんでしょう?」
「本題はそれか……まぁ、ウチの連中もお世話になったみたいだし、話すくらいはいいだろう。
と言っても別に難しい話じゃない。
単純に怖くなったんだよ」
それからテンさんは昔を懐かしむように、寂しそうな瞳をしながら語ってくれました。
「あいつらと組み始めた頃は何も怖いものなんてなかった。
俺があいつらを守って死ぬならそれでもいい、そんな風にも考えていたんだ。
だが、元冒険者の人が経営する宿屋に立ち寄った時に色々と歯車が狂っちまった。
冒険者の為に行き届いた宿屋を見た時に思ったんだよ……俺もこんな宿屋をやりたいってな」
「それが今に繋がるわけですね」
「最初の頃は良かった。
目標額を貯める為に必死で戦ったよ。
そして目標する金額を手に入れて後は引退した時に宿屋をやろうと思った時だった。
急に死ぬのが怖くなったんだ。
このまま身体を張り続けたら夢を叶える前に動けなくなるような大怪我を負うんじゃないか?
最悪、命を失うんじゃないか?
そう考えたら全く動けなくなっちまったんだよ」
「要約すると夢が現実になって手が届くようになったから自分の方が可愛くなったと」
「はは、手厳しいな……でも、その通りだから反論も出来ないな」
テンさんはそう言いながら力無く笑うのでした。




