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最後の宴

 するとレネが突然手を叩き注目を集め始めた。俺達がレネに注目したのを彼女自身が確認すると、肩がけのカバンから白く濁った液体を入れた瓶と、黒い小さなお猪口を人数分出してその場に置いた。

 一発で酒だと分かった。



「レネ...お前こんなもの....何でだ?」



「魔王を倒した時...皆で飲めたらって...王都で買ったやつなのよ。....もう状況が状況だから...これで最後の思い出づくり....したいから。」



「アハッ!....ウラロは...賛成!二人も飲もうよ。...喧嘩じゃなくて....楽しい話しよ?」



 レネの提案に賛同したウラロがそう言ってきた。俺とゴルドは顔を見合わせ、少し笑った。

 こんな地獄絵図みたいな状況で、こんな楽しそうな事をするのだから。想像しただけで面白い。



 右回りで俺、ゴルド、ウラロ、レネ。この順で小さな円を作りその場で座った。自分達の血がついている床だったが、移動するのもしんどい。酒飲む前に死んでしまう可能性も大いにある為、贅沢は言えなかった。


 お猪口を人数分に配られると、レネは俺に。そして俺はゴルドにと順々に隣の者に酒を入れ回った。

 周り終えると酒瓶を円の中心に置くと、俺達は互いの顔を見合せ、四人一緒に口に酒を注いだ。


 久しぶりに飲む酒はよく身体に染み込み、激痛の最中だというのにその一杯だけでかなり癒された。



「ふぅ...美味いな。高かったんじゃ....ないか?レネ。」



「記念の酒だからね...奮発したわよ。ま、死にかけの状態で...飲むとは思っても見なかったけど。」



「アハハ!....でも、分からないけど...魔王を倒した時に飲むより....多分楽しいかもね。」



「そうかもしれねぇ...よな。人生最後の....酒だ。そりゃあ美味いだろ。...あぁ....まだ生きたかった。...俺、モモちゃんに告白...してねぇもん。絶対...良いって言ってくれるよな....いい子だし。」



「ゴルド...そりゃあ生きてても....望みないだろ。」



「フフッ...そうね。あの子....ゴルドにドン引きしてそう...だしね。」



「そうそう!....それならさ...告白出来ないで...今死んじゃった方が....ゴルドは幸福かもねぇ〜。」



「嘘だろお前ら...少しは味方してくれたって...いいじゃんかよ〜。」



 俺達はそれから雑談をしていた。他愛もない、日常で話す事を酒を飲みながら語り合っていた。死ぬ間際にするような事じゃないのだろうが、こういった時間はとてつもなく貴重で楽しかった。


 呪いの痛みで語りが止まってしまうこともあった。しかし、俺達は言葉が止まってしまって者を黙って待ち、命ある限り話してくれる言葉を耳に残そうとした。

 時間が経つ度に痛みは増し、言葉が途切れて会話の展開が遅くなる。だが、それに反比例するかのようにこの時間は楽しかった。ゴルドなんて吐血しながら笑ってるくらいだからな。



「....っでよ!...ひでぇんだ....ぜぇ〜?俺置いて...帰ろうとするんだ。....な!ウラロ!....あん時のレネはひでぇよな!?」



 ゴルドが笑顔でウラロに話しかけた。俺とレネは話の流れでウラロの方に目線を向ける。

 しかし、そこには先程まで座っていたウラロはいない。お猪口を目の前に置き、子供のように寝そべって目を閉じていた。小さな口から絶えなく血が流れ、口も鼻でも息をしている様子はない。


 俺は凄まじい衝撃を受けた。ウラロという仲間が死んでしまったというのもあるが、俺達は誰一人ウラロの状態に気が付かなかった。そして察した。ウラロは俺達の会話の邪魔にならないよう、最後まで気を遣って死んでしまったのだと。



 ウラロという仲間が死んでしまった。その事実が襲ってきて、悲しみが先程までの楽しい気持ちを消し飛ばそうとしてきた。しかしゴルドは違った。



「...だよな!そこまで薄情なのは....有り得ないよな!

 分かってるよ...俺が悪いんだろ?俺が!!」



 ゴルドは先程までと同じように笑顔で話していた。しかもウラロが話しているというていで。俺はゴルドの精神が参ってしまったのかと一瞬疑ったが、笑顔なのにも関わらず涙を流しているのを見て察した。

 彼は彼女の死を捉え、受け入れた上で会話を続けようとした。彼女が会話の邪魔をしたくないと願ったのなら、それに応えようとしたのだ。


 それに俺とレネは乗っかった。ウラロが生きていて会話に加わっているのを前提に話を続けていた。


 すると間もなくして今度はゴルドに異常が現れた。ゴルドは話途中にガクガクと身体を震わして吐血が止まらなかった。項垂れながらも、強がった笑いを浮かべた。



「はは...悪い、ちょっと俺飲みすぎた....かもな。...ちょっくら寝ちまうからよ....話を続けててくれな。」



「...あぁ。ゆっくり...ゆっくり休んでくれ。....ゴルド。」

 


「へっ...悪いな。」



 その言葉を最後にゴルドの目と口が開かれることは無かった。胡座をかいて項垂れたまま死んでしまった。

 いつも騒がしかった者が今では何一つ言葉を発することは無い存在になってしまった時、静寂というのは残酷だ。そして俺とレネはその静寂をかき消さないように必死に話した。言葉が少しでも途切れば二人の死を強く感じてしまう。


 俺とレネは二人とも涙を流しながら必死に笑顔を作って話す。そしてそんな中恐怖心があった。己の死ではない、相手の死を見るのが怖くて仕方がなかった。


 そしてその時は訪れてしまう。レネが目を細め、力無く俺に肩を乗せてきた。呼吸も弱く、これからレネが死んでしまう実感が強く浮き出てくる。



「レネ....」



「はぁ〜...大分粘ったけど....もう限界。ごめんね...」



 気が強くて決して屈しない彼女は自分に迫る死を受け入れていた。それだけで彼女がどれ程頑張って耐えてきたのか分かった。

 このまま何も伝えなくていいのか、俺はそんな気持ちになる。




「....レネ。今まで何度も言おうとしたけど...言えなかった事がある。....今言うのはあまりにも遅くて...どうしようもないんだが....初めて見た時から俺...お前に一目惚れしてたんだ。」



 俺は今まで自分の心の中にしまっていた言葉を吐き出した。四年前は単純にビビって、今はそんな資格はないと諦めて。

 そんな俺の手遅れすぎる勇気の告白を受けて、レネはニコッと笑った。顔が近い彼女の顔は、血反吐吐きながらも美しかった。



「.......アンタなんてお断り...調子乗らないで。」



「え?...あ...ははは。まさか...振られるとはな。」



「当たり前....でしょ?...あぁ〜、やっと言えた。....これでもう悔いは...ないよ。」



「何だよそれ....俺が告白するのを...知ってたみたいな言い方は。」



 何か理由があるとはいえ振られたのはショック。身体も精神もボロボロ状態で俺は尋ねると、彼女は俺の胸を弱い力で殴った。



「アンタ...ウラロと寝たでしょ?」



「え!?....あ、いや...」



「言葉を濁さなくても....知ってるからいい。あの子、凄く大きな声出すから...普通に聞こえてた。

 アンタって分かりやすい...ウラロや他の女の人には...フットワーク軽い癖に....私にはそんな誘いした事ないんだもの。人の気持ちを知らないで...そんな好き勝手やられてたら....ムカつく。

 だから...アンタが告ってきた時....ハッキリ振ってやるって思ってた。だから...もう思い残す事....は.......な...........い.................」



 レネは声が小さくなるのと同時に瞳を閉ざし、やがて微かに聞こえていた鼻息すら聞こえなくなる。右肩から感じられるレネの頭はまだ暖かい。それなのに彼女は俺の声には反応せず深い眠りについていた。


 俺は涙で視界を濡らしながら、彼女をウラロと同じようにそっと横に寝かせてやった。自分の身体だから何となく分かる、俺は長くない。いや、もう....



 心の中で呟いたその時、呪いの痛みが一段と強くなった。まるで身体の内か針をブスブス刺されて無理矢理引きちぎられているような激痛。胸を抑え、血反吐を吐きながら俺は段々と頭が下がっていく。



 あぁ...もう無理か。痛すぎて今にでも逝ってしまいそうだ。

 ....すげぇな、俺の傍にいてくれた奴らは凄いヤツらばかりだ。

 

 ウラロはこんな痛みを感じながらも、声を出さずに他人に気を遣っていたってのか...

 ゴルドはこんな苦しいのに、最後まで笑顔で振舞っていたっていうのか....

 レネは激痛で精神いかれそうになりながらも、最後は自分を保ってやりたかった事ができたっていうのか...

 ....ロワンはこんなに痛くて怖い思いをしているのに、孤独に強敵相手に戦ってたのか.......



「本当に...凄いヤツらだよお前ら。俺とさえ....出会わなければ良い事づくめ...だったのにな。

 すまない....皆、本当にすまない...」



 涙が出る分痛みが来る。謝罪をした分死が迫る。まるで命乞いかのように俺はひたすら謝りながら、呪いの痛みを受けていた。

 次第に痛みが大きくなっていく分、身体に残っていた力が消えていく。屍になる時間がもう目と鼻の先まで来ているのが分かった。



「はぁ....はぁ...そ、そうだ...わ、悪いな。忘れてたよ....」



 俺はグチャグチャな思考とグラグラの視界で自分のお猪口を持ち、プルプル震える手で中にある酒を飲もうとする。しかし、俺は口に含んだ瞬間、吐血と共に吐き出した。

 ここまで来るとこの酒も最早毒。死を早めるだけの代物。だが、お猪口にはまだ俺の血に染まった酒が残っている。俺は自分を強く持ち、そのお酒を無理矢理にでも飲んだ。


 今にでも倒れそうなほどフラフラしながら、俺は空いたお猪口に酒を注ぎ、首にかけてあるブレスレットをとった。



「すまない...な。レネの奴....お猪口の数間違えてて。

 ....これ、お前の分だよ。...憎んでる奴から貰う酒をなんて....不味いと思ってるかも...しれないが、案外いけるんだぜ?これ。

 ...そして語ってくれ。....お前は...俺の苦しむ姿を見て....満足してくれたかい?...なぁ、ロワン。」



 俺はお猪口と共にブレスレットを目の前に立っていたロワンに差し出した。幻覚なのは分かっていたし、受け取ろうとしても受け取ってくれないのも理解しているのに俺はロワンに向けてお猪口を差し出す。

 結局ロワンは俺の差し出したお猪口を貰おうとはしなかった。しかし、彼は俺に笑顔を向けてきていた。どんな意味かは分からないが、少なくとも満足そうにしていた。


 俺はそんな顔を見れただけで救われた。

 


 そして俺の力と意識の糸がプツリと消える。

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