恐れた事態
俺はラゾを鼻で笑うが、すぐに周りの異変に気が付いて足を止めた。俺の反応に全員が臨戦態勢、周りは木々や草むらに囲まれて姿は見えないが、複数の何かが自分らを狙っているのが感覚で分かる。
緊張感に包まれる状況下で、弓を構えながらレネが耳打ちをしてくる。
「....ねぇベグド。これって...」
「あぁ...早速ロックウルフが来たって事だな。情報とは少し場所は違うのは気になるが、恐らく俺達の匂いを嗅ぎつけたな。ここじゃあ場所が悪い、この先に見晴らしのいい野原に出る。そこへ行くぞ。」
俺は顎で合図をするのと、全員で俺を先頭に走っていく。走りながら周りを意識するが、奴らはピッタリと俺達に付いてきている。奴らも決して逃がそうという気はないらしい。
しばらく走ると、俺の考え通り綺麗な野原に出た。相変わらず森林の中で周りは木々に囲まれるものの、村一つ出来るくらいのスペースは持っている。
俺達は野原の中心へと移動し、俺とゴルドとレネでウラロとラゾを守る形の体制を取る。
俺達の周りに隠れれるような所はなく、追ってきていたモノはゆっくりと姿を現す。案の定、ロックウルフだ。
全身がゴツゴツとしており、狼が岩を模しているより岩が狼の形に変化したような姿。全身茶色の毛皮に覆われ、所々は凸凹、その癖目は真っ赤で牙は光が反射するくらいに立派だ。
一目で分かる獰猛さ、そしてロックウルフは一匹だけではない。俺達を囲むロックウルフの数はざっと十匹程。本来ならこの倍以上が共に行動しているが、今回は運がいいのかその半分。俺は少し気が楽になった。
「ふぅ〜....よし、ではラゾ。試験開始だ。お前の実力見せてくれ。」
「了解致しやした!!スキル・超強化!!」
彼がスキルを唱えると、俺達の身体にオレンジ色のオーラが身に付く。すると全身から力という力が溢れ、一気に身体能力が跳ね上がるのが分かった。
「うぉ!すげぇ!流石はSランクだな!ロワンの野郎とは大違いじゃねぇか!!」
あまりの違いにゴルドは興奮しながらそう言った。レネもウラロもその違いに胸を踊らしているのか、戦闘中というのに笑みが零れる。
対して俺はひたすらホッとしていた。俺がここに来るまでに抱えていた不安はゴッソリと取り除かれる。
俺の考え過ぎだったみたいだな。
「...よし!いつも通り、大半は俺が相手をする!ゴルドは中衛でレネはサポート二人を守りつつ後方から支援!だが、今は囲まれてる。レネも近接戦闘は覚悟しておけ!ウラロとラゾもな!!」
全員が俺の指示が伝わって頷くと、俺は大地を蹴って一番近いロックウルフに襲いかかる。
その瞬間、俺は凄まじい違和感を感じる。まるで夢でも見てるかのような感覚....
なんだこれ?力は溢れてる。それも何倍にも強くなっている気がしているし、そうなっているって確信出来た。なのに...なんで、俺はこんなに遅いんだ?
困惑の中、止まれない俺はロックウルフへと切りかかる。いつもより何倍ものスローな動きに対し、ロックウルフは素早く俺に噛み付こうとする。俺はロックウルフとの戦闘は初めてではないが、この動きは俺の知っているものより何倍も速い。
俺はスレスレで何とか避け、無防備になった首へ全力で切り込む。だが、刃は首を断ち切れない。
ロックウルフの硬い装甲を破ることは出来るが、肉には僅かながらでしか刃は入らない。
「クッ!」
切り込んだ刃に力を込めるがそれ以上は進まない。俺は刃を引き抜き、ロックウルフの爪による攻撃も何とか避け、傷口にもう一度刃を振り下ろす。
するとようやく刃は首へと侵入。断ち切る事は出来ずとも、ロックウルフ一匹を絶命出来た。肉塊となったロックウルフの死体を俺は息を荒くして呆然と見ていた。
「おい!何やってんだよベグド!遊んでる場合じゃないだろ?こっちまで来ちまったじゃねぇかよ〜。」
俺の違和感をただの遊びとして受け止めたゴルドへ、俺の横を通り抜けたロックウルフが襲いかかった。ゴルドはニヤッと笑を零し、ロックウルフの頭へ拳を叩き込む。
「ハハッ!吹き飛べ害獣!!」
ゴルドは狩りを楽しむかのように笑うと、力を溜めた拳を放つ。拳はロックウルフの眉間を捉え、ゴルドは腕力に物を言わせて吹き飛ばす。しかし、それは即死ではない。何回転か転がったロックウルフはすぐに立ち上がり、怒りに顔を歪ませながら接近、ゴルドへ爪の攻撃を放つ。
爪はゴルドの胸元を切り裂き、血が溢れ出てくる。
「ぐぁぁぁぁ!!!」
「なにやってんのよゴルド!魔法・火炎射撃!!」
レネは弓を強く引き、魔法で矢は炎に包まれた。狙いを定めてロックウルフの脳天目掛けて放つが、それは貫通すること無く刺さっただけ。ロックウルフはまだ生きていた。
「う、嘘!ゴーレムだって貫ける私の矢を!」
驚愕するレネにロックウルフは襲いかかり、近接戦闘の準備が出来ていなかったレネは、向かってくる大きな爪を見ることしか出来なかった。
「ま、魔法・火爆!」
ここでラゾが機転を効かせ、魔法を放つ。するとロックウルフの頭が魔法によって弾け飛び、胴体しか無くなったロックウルフはその場で倒れる。
「はぁ....はぁ...な、何なんですか?ワシをサポート要因で呼んだんじゃないんです!?戦闘させるなんて...」
「う、うるさい!グダグダ抜かすな!すぐに終わらせてやる....スキル・神速!!!」
俺はスキルを使用し、一呼吸入れるとロックウルフの集団へと切り掛る。ロックウルフは俺のスピードを辛うじて見えるのか、何とか避けようとするが俺は一匹も逃さず全部に切り込んだ。
スキルの副作用で全身が悲鳴を上げ、荒らげている息を整えながら振り向くと、一匹も倒せてはいなかった。しかも、今の連撃はロックウルフ達全員に怒りを灯したのか、唸り声を上げて俺達を睨みつけていた。
「な、なんなの?皆どうしちゃったの!?早くあんな奴らやっつけちゃってよ!!」
ウラロが半泣きで俺達に呼びかけるが、誰もそれには答えない。俺達三人は少なくとも全力だった。にも関わらず、ゴーレム以下の耐久力のロックウルフ一匹を倒すのに精一杯だ。
そうこうしている内にロックウルフがなだれ込むように一斉に襲ってきた。俺達は身構えはするが、全員倒す自信がなく、いつもドンと構えていたゴルドが後ろで小さい悲鳴を出すのが聞こえた。
俺は歯を食いしばり、悲鳴をあげている全身に鞭を打ち、刃をヤツらへと向ける。
「いいか!胴体は無視しろ!奴らの口や目みたいな柔らかい部分を集中的に叩け!引いたら死ぬだけだぞ!!」
最早勇者候補としてのプライドはない。Aランクのクエストに真剣に必死に取り組むSランクパーティー。ラゾ以外は俺の言葉を真摯に受け止めて覚悟を決めるが、ラゾに限っては困惑しっぱなしだった。
結果、俺達は生き残れた。ロックウルフは過半数まで数を減らすと身の危険を感じたのか、森へと帰っていった。
それに比べて俺達は誰も死んではいなかったが、傷だらけで綺麗な野原はあちこちに俺達とロックウルフの血が飛び散っていた。
俺達の傷をウラロは治してくれたが、治してくれている最中はずっと泣きっぱなし。そんな彼女を見て俺は心を痛めた。
ラゾは無傷だった。後衛にいたが、奴にもロックウルフは襲いかかっていた。だが、ラゾは襲ってくるヤツらを普通に対処し、逆に押しのけていた。
そんなラゾは呆然と俺達の無惨な姿を見ていた。
「.......なるほど、そういうことか!話が上手く行き過ぎてると思ったぞ!ふざけやがって!!」
ラゾは急に大声で荒らげ、俺達を睨みつけている。彼の言葉が何を指しているのか分からなかった俺達は、ウラロに傷を治してもらいながら聞いていた。
「お前達、偽物だな!!フリーとはいえ、Sランクのワシを使えばSランクパーティーの真似事が出来るとでも思ったんだろ!?とんだ茶番だなこれは!!」
「何...言ってんだ?ふざけた事を言ってると」
「何!?!?ふざけた事を言ってるのは貴様らの方だ!!ワシのサポートあった上であんな惨敗!!お前ら、精々いってもBランク程度の雑魚パーティーじゃないか!!
Aランクなら余裕で勝てるような力量だったぞヤツら!!なんせ、サポートのワシが無傷なんだからな!!」
「....ってめぇ。」
俺はラゾは睨みつけ、傷口が痛むのを我慢して立ち上がる。だが、俺を前にしてもラゾは態度を変えない。寧ろ「やってみろ」と言わんばかりの余裕の表情、俺は完全にキレた。
「スキル・神速!!」
副作用なんかお構い無しに俺はスキルを発動し、瞬間的に背後に回ってラゾの背中を思いっきり殴った。
ラゾは地面へと倒れ、息を整えながら俺は見下ろした。
「てめぇ!今吐いたセリフもう一回言ってみろ!!死にてぇのか!?」
「死にたいのはお前だろ!?魔法・火爆!!」
ラゾは振り向いて睨むのと同時に魔法を発動。俺は身体の痛みで上手く動けず、その魔法を直で受けてしまった。
「ぐぁぁぁぁぁぁ!!!」
全身が焼けたような灼熱に針を無数に刺される激痛が走る。倒れ込んでしまい、震える身体に鞭を打って自分の身体を見ると、表面が所々火傷していた。
「ベグド!!」
ウラロは急いで俺の元へ駆けつけ、すぐに治癒魔法を掛けてくれる。癒されながらも感じ続ける痛みを堪え、俺はラゾを睨む。
「てめぇ...勇者候補に....ふざけた真似を....」
「何が勇者候補だ!そのスピードは確かに素早いがパワーなんてまるでない!!そのスキルでベグドの名を偽れると画策したのだろ?だが、真のSランクの冒険者ならすぐに分かる!
貴様は良いところ行ってAランクの底辺冒険者!勇者候補どころか、Sランク冒険者と名乗るのも恥に思え!!」
ラゾは俺に汚い唾を吐き捨てると、苛立ちを隠さないままその場を去っていった。俺は舌打ちをして何とか起き上がると、そこには呆然と俺の姿を見ていた仲間達が目に入る。
その驚愕な目線が俺には耐えきれず、俺は俯いた。
「お、おいベグド...何やってんだよ...あんな奴に手加減なんかしなくていいんだぜ!?なぁ!?」
ゴルドはから笑いをしながら俺に尋ねるが、俺は沈黙で答えた。ゴルドだけでなくレネもウラロも各々薄々気が付いていたのか、俺の沈黙を納得して顔を暗くさせた。
先日戦ったゴーレムは余裕綽々で倒せたものの、今日はその格下であり数も少ないロックウルフ相手に死にかけた。
原因は昨晩の騒ぎの余韻か?否、そんな筈がない。先日と違うのはロワンが居るか居ないかだけ。
そう。今回の戦いで分かった認めたくもない事実、今までやってこれてSランクパーティーまでに育てあげてきたのはロワンのお陰なのだ。
だが、そこまでしか思考が進まないのはゴルドとレネとウラロだけ。
俺だけは違う。俺は、ロワンが実は優秀な魔術士だと言う事を知っていた。今までやってこれたのは少なくともロワンのサポートがあったからと言うのを認めていた。だが...
「....Sランク冒険者が代わりにならない程なんて....想像出来るかよ....」
俺は仲間達に聞こえないくらいの小さい声で呟いた。俺が感じていた不安は見事的中という訳だ。
事実を認めると沸き起こる後悔。過去に戻れるなら!っと何度も思う。しかし、それでも俺は呟いた。
「俺は....俺は間違ってない...俺は悪くなんかない。」