意外な盾
ゴルドを主体にして俺達はスケルトン軍団をどんどん後退させていく。体力が底をつかない限り負けようがない現状は俺に戦闘以外の事を意識させる力を与えた。
「レネ、ウラロ!どうだ!?核みたいなのは見えたり」
少しの間スケルトン軍団から目を逸らして俺は尋ねるが、レネの肩に寄りかかって苦しそうな息をするウラロを見て言葉が止まった。汗だくになり、最早欠片の余裕すら無い様子だった。
予想外と言うと嘘だが、いざ疲れ果てたウラロを見ると俺はかなり衝撃を受けた。自分の不甲斐なさが波のように俺を侵食していくが、そんな俺の心情を理解しているようにレネはこくりと頷いた。
「私が探知する。ウラロ程上手くいかないけど、アンタは戦闘に集中して。私が必ずウラロ分の仕事をしてみせるから。」
レネは力強い眼差しで俺を見つめ、それに対して俺は言葉ではなく行動で応えるしか無かった。折角変わった流れを途切らせるわけにもいかないし、ここで大怪我をしたら回復はない上にウラロの努力が無駄になってしまう。
ウラロが頑張ってくれた分、俺はやってみせる。レネが核を見つけてくれるまでの時間稼ぎを。
スケルトン軍団の行進に最早力は無かった。狙いを俺とゴルドに切り替えても、俺達のやる事は変わらないし、ヘイトが向いてくれた方がやりやすいまであった。
レネの探知がどれ程時間がかかるものかは分からないが、かなりの時間稼ぎは出来ると確信に近い予感がし、俺の心の中には少しだけ余裕が生まれた。
しかし、そんな余裕は一瞬にしてナガールから発せられる魔力に消された。先程までの魔法陣とは違い、かなり大きく複雑な魔法陣。それだけでこれから放たれる魔法の深刻さを俺達は察せざる得なかった。
「歩兵ヲ捌イタダケデ得意気ナ顔ヲスルモノデハナイゾ?ソウイッタ顔ハセメテ敵ノ大将カラ放タレル大砲ヲ避ケキッテカラシテモライタイナ。」
魔法陣に込められる魔力が更に増大し、光り輝いた瞬間、ナガールの魔法が放たれた。
魔法陣から灰色の突風が放たれ、キラキラと無数に光る物を混ぜ合わせていた。その突風に取り込まれたスケルトンは光る何かにバラバラに切り刻まれ、粉々にして消し飛ばした。
な、なんだあの魔法!ヴァグラの骨だってのにあんな簡単に....それに速度も早い。俺の神速で避けなければ!!
スキルの発動時間、皆を抱える作業、そして避難。時間が足りるかかなり怪しく、確率的には五分五分だ。しかし、やらなければ確実に死が待っている。間に合うことを祈りながら行動するしか無かった。
すると、俺の目の前に何かが現れる。俺の前に立ちはだかり、背後から聞こえるレネの叫び声に耳を貸さないウラロがいた。
肩で息をして体力は最早ない。そんな彼女は俺達に何を言うまでもなく、灰色の死の突風にむけて手を翳した。
「魔法・超硬魔防陣!!」
ウラロの翳した手から巨大な魔法陣が浮き出し、それは真っ黒な鉱石のようになる。魔法陣が盾のとなり、ナガールの魔法を受け止めようとしていた。
バカな!ウラロ、もう魔法を使うのも無理なはずなのに!何勝手に無茶な事を!
「ウラロ!何や」
俺の言葉がウラロの耳に届くより早く、ナガールの魔法はウラロの盾に激突した。まるで目の前で爆発が起きたかのような衝撃が広間を満たし、ウラロを除く俺達三人は身体が少し浮いて後ろへ倒れてしまう。
しかし、ウラロは踏ん張っていた。ゴルド顔負けの意思と意地を強く持ち、歴戦の猛者のように盾越しの魔法を睨みつけていた。あんな状態なのに、跳ね返そうとしていた。
すると、俺の隣でゴルドは呆気に取られた顔でボソッと呟いた。
「ウラロ、お前...そんな魔法をいつの間に....」
ゴルドの言葉が俺の耳に届いたところで、俺はハッと気が付いた。ウラロが使っている魔法は俺達人間が認知している中で最高峰の防御魔法だ。かなりの練度と魔力、体力を要し、この魔法を扱える人間はほとんど居ない。
「そんな凄い魔法...お前使えたのかよ。」
「....よ、四年前から...少しづつ練習してたんだ。...ロワンがいた時は出かかってたけど....ウラロ頭良くなくて...
ロワンが死んじゃって、ベグドが居なくなって...村で生きてくって分かってたけど....でも、いつかまたパーティー組めないかなって....そう思ってて.......その時は、回復だけじゃない面でも...や、役に立ちたかったから!!」
ウラロのこんな逞しい姿を見るのは初めてだった。いつも後衛で安全を確保し、俺達のサポートに徹していた彼女が、俺達を守るために前に立ちはだかる。そして、この魔法と彼女の意思を見て、俺と離れていた期間の彼女の努力が見えた気がして、俺の胸が急激に熱を込上げさせた。
耐えていたウラロは遂に一歩一歩、足を進めて押し返そうとする。しかし、やはり魔力の差は歴然か、ウラロは進んでいるようにも見えるがズルズルと後退してしまってる。
次第に盾にヒビがはいり、垂直だった盾がジワジワと倒れていく。もうこれ以上は限界なのは目に見えていた。いや、元々限界なのだ。彼女は気力で限界以上の事を成し遂げてくれている。
ウラロの頑張りを無駄にはできない!
「神速!!」
俺はスキルを使い、極度な疲労感を感じながらもそれを耐え、レネとゴルドを回収する。
そしてウラロを回収しようと足に力を込めた時、ウラロの盾が一気に後ろへ倒れる。ナガールの魔法に耐えきれず、押し負けてしまったのだ。
「う、ウラロ!!」
俺は叫びながら床を蹴り上げた。間に合わないなど考えたくもない、彼女を助けたいと心の底から願い、彼女の元へと向かう。
だが、ウラロの戦いは終わりではなかった。彼女は最後の力を振り絞り、倒れつつある盾を支えた。翳していた両手から血が溢れ出しても尚、彼女は支え続けた。
「ああああああああぁぁぁ!!」
彼女の叫び声が彼女自身に、盾に力を与えたのか、最後の最後で盾は踏ん張って見せた。そして倒れている角度が良く、ナガールの魔法は盾の角度に沿って上へと放たれていく。
盾に伝わっていた衝撃がなくなって緊張の糸が切れたのか、ウラロは崩れゆく盾と共に倒れる。
ウラロによって逸れた魔法は天井を切り刻んで破壊し、瓦礫の雨がウラロに降り注ぐ。
しかし、スキルを発動していたのが幸いした。俺は瓦礫がウラロに当たる前に辿り着き、俺の肩にしがみついているゴルドがレネをしっかり捕まえてくれた。
俺達は絶体絶命のピンチを切り抜け、そのままの速度でナガールの背後の方へと回った。こうすれば、すぐに復活するであろうスケルトン軍団からも時間が稼げる。
俺が立ち止まってスキルを解除すると、すぐにゴルドはウラロを横に寝かせた。ナガールの魔法が掠っていたのか、身体のあちこちには切り傷があり、盾を支えていた両手は血みどろで痛々しい限りだ。しかし、そんな状態を吹き飛ばす程、彼女は嬉しそうに笑っていた。
「はぁ....はぁ...み、見ててくれた?ウラロ、回復以外にも役に立ったよ?」
その言葉が更に俺の心を締め付ける。ポロポロと涙が自然と溢れ出て、彼女の心に応えるように俺は笑顔を保った。