仇
リッチはスーッと近付き、ヴァグラの死体まで近付く。そしてリッチの手が死体に触れると、リッチの手から黒い瘴気が発生し、それに包まれたヴァグラの肉は沸騰するように泡を立て、骨だけを残して液体となった。
至近距離へ居れば居るほどそのリッチの存在感はとてつもなく大きく、ヴァグラとは格が違う存在というのを嫌でも感じる。
そしてリッチの目が俺達を見つめた時、恐怖心に煽られた俺達はすぐに後ろへと下がり武器を構えた。
クソ!まだ全快じゃないのにこんなやつが来るなんて....ゴルドだってまだ回復なんてロクにしてない。
一体何者だコイツ?魔塔の指揮官はヴァグラの筈だろ?こいつは明らかにヴァグラより...
「お、お前!何者だ!!名を名乗れ!!」
「....コノ状況カラスルニ、貴様ラガ不法侵入シテイル。ツマリ、貴様ラカラ名乗ルノガ自然ダ。」
「俺達は騎士団だ!この魔塔を壊す為に来た!!これでいいか!?お前は誰だ!!」
「随分焦ッテイルナ。ソレハ恐怖ニヨルモノカ?ソレトモマダ回復ガ終ワッテイナイ仲間ノ時間稼ギカナ?」
どっちもだよこの野郎!!とは言えず俺は歯軋りをした。そんな俺の心の内を読んだのかどうかは知らないが、リッチは不気味にも笑っていた。
「フッフッフッ...イイダロウ、名乗ロウ。我ハ魔王軍幹部、最古ニシテ最強ノ存在。名ハ"ナガール"。」
ナガールという名、それを聞いて俺の心の底から冷たいものが混み上がってくる。全身から冷や汗が吹き出し、無意識に大剣を構えた左手に力が篭もる。
「そうか...まさかこんな序盤に会うとはな。ロワンを殺した張本人....ロワンの仇が!!」
俺はそこでナガールの発する死の匂いを漂わせる恐怖感を払い、奴を睨みつける。ロワンの仇というワードが予想以上に俺に力を与えた。
だが俺の熱とは反比例し、ナガールは首を傾げた。分かってる、こいつは魔王軍幹部結成から長年人々を苦しめてきた存在。ロワンと言ってピンと来るはずもないし、四年前の話なんだ。覚えているはずは無い、しかし分かっていてもその態度は鼻につき、覚えていると決めつけた。
「ロワン?....知ラン名ダ。一体ドコノ誰ナノカナ?」
「とぼけんな!!四年前、お前が殺した俺の仲間の事だ!忘れたとは言わせないぞ!!」
「四年前ノ話ヲ我ニ持チ出スナ。直近ナラトモカク、我ガ何百年生キテイルト...」
ナガールの当然の反応、何百年も生きている中で四年前のことを明確に覚えているはずもない。しかし、ナガールの言葉は何故か止まった。まるで石像のようにピタリと止まり、もしやと俺は心の中で呟いた。
すると、ナガールは急に笑いだした。出来るだけ堪えようと口元を抑え、俺達を小馬鹿にするように笑った。
「フッフッフッ....ソウカ、ソウイウ事カ。我ナガラ変ダト思ッテイタガ...」
「なんなんだ!?どういう事だ!説明しろ!!」
「我ハ本来ココニハイナイ。魔王様ノ側近トシテ魔王城ニイタ。ダガ、何故カ人間共ニ自ラトドメヲ刺シタイト思イ、ココヘ寄ッタ。
アノ時ト同ジダ。ソウ、四年前モ妙ナ思ツキデ前線ノ方マデ来タ。マルデ洗脳ニデモカカッテイル感覚ダ。」
「四年前?どういう事だ?」
ロワンと戦った時、そして今もナガールは何かに導かれてここへ来たというのか?偶然と言うにはあまりにおかしい...でも何に?今ならまだ予想は着く。仇を打つため、ロワンが導いたって。まぁ、それでも信じ難いが....何故四年前にも?
疑問が頭の中を駆け巡り、先程までナガールに対して燃えていた怒りの炎はすぐに鎮火された。
ナガールの言葉にパッとしなかった俺を見て、ナガールは手では抑えられないのか大声で笑った。
「ハハハハハハハハハハ!!!コレハ傑作ダ!!貴様モ同ジク知ラナイノカ!!
人間ニハ好奇心ガアマリ無イヨウダナ。自分ガ身ニ着ケル物ガ一体ドンナ物デドウイウ経緯デ手ニ入ッタカ、疑問スラ浮カバナイ!!」
「な、何が言いたい?俺と同じくって...」
「フッフッ、貴様ノ身ニ着ケテイルソレハ何処デ手ニ入レタ?ロワンノ死体カラ剥ギ取ッタモノカ?」
ナガールは俺の首元を指さし、俺は首元に着けてあるロワンの遺品であるブレスレットを見つめた。大剣をその場に刺し置き、ブレスレットを手に取ってその赤い宝石を見つめる。
四年間、激戦続きの天使の試練でさえ手放さなかった遺品。ロワンが身につけていた期間を含めると相当な年月が経つが、未だに新品のように光るその赤い宝石はどんな貴族でも魅了するだろう。
だが、俺の意識がブレスレットに留まったのも一瞬だけ。ナガールの言ったもう一つの単語に俺は過剰に反応した。
「お前....ロワンを覚えていたのか!!」
「覚エテイタトイウヨリ、思イ出シタトイウノガ正解ダ。我相手ニ一人デ立チ向カッテキタブレスレットヲ身ニ着ケル無知ナル哀レナ男、避難シテイタ仲間ノ中ニ悲鳴ノヨウニ呼ビカケテイタ女ガイタ。「ロワンサン!ロワンサン!」ト、ソノ女ノ必死サモ実ニ哀デ面白カッタ。
ソイツダロ?貴様ノ言ウ、ロワントイウ者ハ。」
ニヤケながら煽るように俺に問い掛けてくる。事実、俺はその言葉が滅茶苦茶効いていた。疑問で灯火になっていた怒りの炎は増大し、マグマのように腹を煮たしていた。
しかし、俺はそのマグマを抑え込んだ。このまま爆発させるのは簡単だが、ヴァグラ以上の相手にまた単独で突っ込む事になる。そうなったらさっき以上の結果になるのは目に見えていたからだ。
「...ロワンモソノブレスレットガドンナ価値ガアルノカ知ラナカッタ。今ノ貴様ノヨウニ目ヲ丸クサセテイタ。ダカラアノ時、説明シテアゲタヨ。ソシテ今モ....
魔王様ガコノ世界ヲ蹂躙シヨウト軍ヲ進行サセタ遠イ昔、我ハ今ノヴァグラノヨウニ前線ノ指揮ヲ任サレタ。ソノ時、アル小サナ村へ辿リツキ、軍隊ヲ率イル我ノ前ニ一人ノ村ノ力自慢ガ現レタ。」
ナガールは骨の指でパチンと音を鳴らすと、ナガールの足元の床が変形した。液体のようにドロドロなのに上へと昇り始め、椅子の形になると膠着した。
ナガールはその椅子に溜め息を吐きながらゆっくりと座り、頬杖をついてニヤニヤしながら話を進めた。
「タダノ自殺志願者ダト思ッタ我ハソツイヲ笑イ、地獄ヲ見ミセヨウト精鋭二十ノ魔物ヲソイツニブツケタ。阿鼻叫喚ノ拷問ガ始マルノハ必須ダ。
ダガ、逆ニソノ精鋭ハ皆殺シニサレタノダ。我ハ流石ニ驚イタ。奴ノ戦イ方ハ荒ッポク、隙ダラケ。ナノニソノ隙ヲ狙ッタ魔物ハソノ場デ滑ッテ転ンダリ、目ニゴミガ入ッタリシテ攻撃デキナカッタ。」
「お前のその精鋭が....精鋭たる実力がなかったんじゃないか?」
「カモナ。ダガソノ力自慢ハ当タリ前ト言ワンバカリニ笑ッテコウ言イ放ッタ。「マダマダ足リナイ!最強ノ俺ヲ止メテミロ!」ト、我ハソノ言葉ニ乗ッカリ全力デ相手ヲシテヤッタ。結果カラ言ウト、我ハ勝ッタ。ダガ、苦戦シタヨ。精鋭ノヨウニ変ナ障害ガ我ヲ邪魔シタ。
ダガ、面白イノハソノ力自慢ダ。自分ガ負ケル事ヲ何一ツ想像シテイナカッタ、動カヌ身体ヲ見テ驚イテイタヨ。
我ハソイツニ興味ヲ示シ、命ヲ救イ、拷問シテ吐カセタ。奴ノ力ノ根源、ソノブレスレットノ秘密ヲ。」
ナガールが再び俺の手の内にあるブレスレットを指さしてきて、俺は心臓がドクンと跳ね上がる。まるで重要な試練前のような強い緊張を感じる。
「ソノ宝石ニ魔力ヲ込メレバ込メル程、宝石ハ持チ主ニ強イ幸運ヲ与エルノダ。何事モ上手ク行キ、順風満帆ナ人生ヲ歩ケル夢ノヨウナ宝石ダ。
奴ハアマリニ満タサレ、後ニ戦闘ノ味ヲ知リ酔イ知レタ。ダカラモット強敵ヲ、ソウ望ンデ我ト対峙シタノダ。」
「おかしいだろ、もしそれが本当なのだとしたら、何故その力自慢はお前に負けた?何事も上手くいくんだろ?」
「幸運ヨリモ我ノ力ガ上回ッタダケノ事。ソノ宝石ノ齎ス幸運ハ万能デハナイ、込メタ魔力ガ足リナカッタノダロウナ。
我ガソレヲ身ニ着ケレバ、恐ラク魔王様ヲ超エテイタ。ダガ我ハソレヲ捨テタ。何故ナラ、身ニ着ケレナカッタノダ。指ニ差シ込モウトシタラ手カラ弾ケ飛ンデシマウ。
ソレニ出処モオカシイ。力自慢ニ聞イタラ、「天使様ニ頂イタ!ソレハコノ世界ニ置ク事ヲ許シテクダサッタ、唯一無二ノ神器ダ!返セェ〜!」トナ。」
ナガールはかつての力自慢を小馬鹿にしながら話していた。長年生きていてもかなり印象深く覚えているようで、天井を見つめながらクスクスと笑っていた。
だが俺には思い当たった。天使というワードが俺の胸に深く突き刺さる。