もう一体
未だに俺は目の前の光景が信じられなかった。全て掌の上で踊らされ、瀕死まで追い込まれた。もう駄目だと諦めてさえいたさ。
そこまで俺達を追い込めた猛者、魔王軍幹部のヴァグラは自分の血を浴びながらピクリとも動かない。顔をパックリと二つに開き、ただ力無く天を仰ぐように死んでいた。
一歩間違えれば...いや、俺達は確実にこうなる運命だった。ヴァグラが俺達の死体を眺めている方が自然だ。なのに何故ヴァグラが負けたのか?もうこれは後出しみたいな所はあるが、三つの理由が見える。
一つは俺を演技で騙していた時、俺を調子づかせ過ぎた所だ。危険視していた魔王軍幹部がスキル無しの自分の手で倒せること、即ち魔王でさえ勝てる可能性は確実にある。
そんな風に思ってしまってた俺は何故か痛ぶって殺そうとしてしまった。結果、瀕死まで追い込まれたが、奴の鱗が健在だったのなら、俺は最後の時弾かれていたかもしれない。
二つ目はレネとウラロの問題を軽視し過ぎた事だ。きっとヴァグラは爆発のダメージはそこまで受けていないんだろうな。元々自分で爆撃放ってたし、耐性があるのかも。ただ体勢を崩すだけの鬱陶しい存在、俺とゴルドという戦闘員だけ倒せばいいと思っていたのだろう。
じゃなきゃ、俺を誘い込んだ時レネとウラロの方へ向かっていた。ゴルドは戦闘不能になってたし、俺だって瀕死だ。ここで怖いのはウラロによる回復で俺達が復活する事だ。なら、ボロボロの戦闘員一人に集中するより、回復員と援護員を一掃した方が効率良い。助けに来たとしてもボロボロ戦闘員、負ける道理がないのは一目瞭然。
三つ目は奴の本番はこの戦いじゃなかった事だ。俺達にとってもそうだが、中盤からは魔王の事など考えず我武者羅に戦っていた。なのにヴァグラは戦闘中にも関わらず、この先の王国との戦いを常に見据えていた。だからこそ、ゴルド単独で狙い始めた。あのまま多少の負傷も覚悟の上で突っ込んでいかれてたら、俺達は確実に終わっていた。
とてつもない小さな要因だが、俺達が勝てたのはそれだろうな。それに運が強烈に良かったってのもある。いずれにしろ、信じられないが俺達は勝った。ヴァグラは死んだ。魔王軍幹部の一角を俺達だけで落としたんだ。
そんな勝利の齎す嬉しい雰囲気を感じていると、右から走ってくる音が聞こえる。その方向に目線を合わせようとしたのと同時に走ってきた者に俺は抱き着かれた。それはウラロだった。俺を締め付けんと言わんばかりに首に腕をかけて、頭が擦れるほど強く抱き締めてきた。
苦しいと思う反面、ウラロの柔らかい胸が押し付けられ一気に煩悩に支配されそうになる。しかし、耳元で聴こえるすすり泣く声にそんな思いは消し飛び、俺はウラロの行動を嬉しく思いながら優しく抱き返す。
「すまないなウラロ、心配かけたな。」
「全くだよ!!回復万全じゃないのにあんな飛び出ていって....でも良かったぁ...生きてて良かったよぉ〜。」
子供のように泣き喚く彼女の後頭部をあやすように優しく撫でていると、レネは倒れているゴルドの方へ近づいて行った。レネが微笑みながら右手を差し出すと、仰向けで倒れていたゴルドは苦しそうにしながらも笑顔で右手でレネの手を掴んだ。
レネは両手を使ってゴルドの上半身を上げると、緑色の葉っぱを一枚差し出した。
「はい、これ薬草。ウラロが居るし必要ないと思ってたけど、少し持っていたものよ。食べて、少しは楽になると思うから。」
「おう、ありがてぇ。...いや〜それにしてもしんどかった〜!マジで死ぬと思った。ってか、一瞬意識飛んでたし。」
「そうよね、本当にギリギリよ。ウラロ!そんな抱き着いてないで、早く二人を回復したら?ベグドを締めてトドメをさすつもり?」
レネに声をかけられたウラロは一テンポ遅れて反応し、顔を真っ赤にしながら俺から離れた。
「ご、ごめん、ベグド!い、今治してあげるからね!?」
「あ、あぁ。すまないな、ありがとうウラロ。」
「う、ううん!全然いいよ!ウラロの出来ることってこの位しかないし、別にお礼なんて....」
「いや、さっきのレネとの連携も良かったぞ。お前がいいタイミングで爆発を起こしてくれたから、俺達は助かってる。ありがとうなウラロ。」
そう言うとウラロは更に顔を真っ赤にしてブツブツと聞こえない声で呟きながら、俺に回復魔法をかけてくれた。何を言っているのか気にはなったが、回復魔法で心が落ち着き、その事すら気にならなくなる。
そして俺はまるで動物に餌やりをしているかのようなレネとゴルドに話しかけた。
「二人も本当にすまない。俺のせいで迷惑かけた...」
「そうね。私があの時アンタを止めてなかったら今頃どうなってた事やら....アンタのスキルが消えて私達は皆殺し、そんなケースまで有り得たんだから今後は調子乗らないでよ?」
「いや、本当...それに関しては何も言えない....」
「ま、不満はそれだけ。後はヴァグラの読みが強すぎたって事ね。もう一度戦えって言われたら、多分勝てないでしょうね。」
レネはヴァグラの死体を見つめながらそう言い、ゴルドは痛めつけられた記憶が甦ったのか顔を険しくしていた。だが、俺はそんなレネの言葉には反対だった。
「いや、もう一度やったら俺達は多分勝てる。勿論、互いにこの戦いの事を覚えていたとしてもな。」
「へぇ〜?あんなにボコボコにされてたのに何故そう思うの?やっぱり、一回勝ったら調子乗っちゃった?それとも、油断してなければ〜とか言うつもり?」
「そうだ、俺が油断してなければ良かったんだ。あの時俺が油断していてダメージを受けたからこうなった。ヴァグラはボロボロの俺を中心に作戦を練り、お前達はそんな俺に振り回された。
ゴルドがボロボロになったのも、皆が命の危機に晒されたのも...全部俺のせいなんだ。」
俺をからかうように言ったんだろうな。俺があまりにも真剣に答えるものだから、レネは少し困った表情を浮かべていた。だが、この件に関しては俺はふざけることは出来ない。ふざける気にもなれなかった。
すると、動物みたく薬草をムシャムシャ食べているゴルドが俺の感情と真逆に笑顔で話しかけてくる。
「そうかもな。でもよ、良かったな気が付けたのが今でよ!これを魔王戦でやってみ?確実に終わってたぜ!!」
「流石に魔王戦ではそんな事....いや、するかもな俺なら...」
「だろ!?それに比べたら今気がついたのは幸運だぜ!!だからよ、いつまでもそんなしょんぼりとすんなよ。勉強になったって切り替えようぜ!」
ゴルドは傷だらけの身体でそう言い、親指を上げて俺に見せつける。その姿を見るとまたしょんぼりとしてしまいそうになるが、ゴルドの優しさに回復魔法以上の癒しを俺は感じた。
「...そうだな。ゴルドの言う通りだ。だが、お前から勉強って言葉が出るなんてな....いつも同じミスばっかしてたお前に言われると...逆に気分が落ち込むよ。」
「は!?な、なんだよ!それは昔のことであって、今は良いじゃねぇかよ!!折角元気つけてやろうとしたのによ!」
「ハハ、冗談だよ。ありがとう。ウラロ、そろそろゴルドを回復させてやってくれ。俺は大分楽になったし、ゴルドが終わってから俺の仕上げを頼む。」
体感六、七割程度の回復具合で俺はそう言った。ウラロもそう思っていたのか、俺の言葉にこくりと頷きゴルドの元へ。ゴルドは上半身起こすのもダルかったのか、仰向けで寝ながら嬉しそうにウラロの回復を受けた。
この三人が生きて俺の目の前に居てくれている。それだけで俺はとてつもなく嬉しかった。
「....オヤ?コレハ興味深イナ。ヴァグラヲ倒シタノカ?」
人語ではあるが、明らかに人間の声ではない。ヴァグラのように低くはあるが、奴より更に不気味であり、その声が聞こえた瞬間身の程が震えた。
三人もそんな悪寒を感じ取ったのか、ある一点を見つめて固まっている。
俺も三人と同じ方向を見てみると、広間の椅子の横の扉。そこから黒い布を被った骸骨、ヴァグラ並に大きく宙にフワフワと浮いていた。骨の指には一目で効果と分かる指輪を身につけ、空洞の目からは青紫色の光を発する。まるで死神が降臨したかのようなリッチだった。
広間の気温が一気に下がり、場が凍りつく。思考も固まり、ただただそのリッチの行動を見ていることしか出来なかった。
「フム...四人ダケノヨウダナ。ヴァグラノ爆撃痕ハアルガ死臭ガシナイ。タッタ四人デヴァグラヲ倒シタトイウコトカ、ニワカニハ信ジガタイナ。」