詰み
しかし、俺はゴルドの方へ目線を向けなかった。向くのが怖かったと言うのもあるが、ヴァグラの予想外の行動に心底恐れを抱いていた。
こいつの実力は天使の試練で出会ったレベルかもしれない。だけど、こいつは俺が戦ってきた聖獣のどれよりも手強い。やはり、知能持つ魔物は...化け物だ。
「...仲間ガ嬲リ殺サレルト思ッタラ必ズ不完全ナ状態デ来テクレルト思ッテイタゾ。俺ノ本番ハ王国ダ、突ッ込ンダ時ニ目ヲ失ウノハ嫌ダカラ作戦変更シタガ....上手クイッタ。
俺ニトッテノ不安源ハ全快状態ノオ前。今ノオ前ニ脅威ナド感ジナイ。仲間ノ絆ハ時ニ力ダガ、時ニ猛毒ダ。死ヌ前ニ良イ事ヲ学ベタナ。」
ヴァグラは淡々と話すと、俺に向かって飛び掛ってきた。それに対して俺は少しの間、自分の胸の内に燃える炎と向き合った。全てはコイツの掌の上だった。少しばかり力をつけたからといって調子に乗って、結果俺を信じてくれた仲間を危険に晒した。
自分が情けない、自分が憎い。だが、そんな反省は後回しだ。まだ終わっていない。まだ生きてるんなら、こいつの掌からはみ出す事も出来る。全ての反省は終わってからだ!!まだ何も終わってないのに諦めんじゃないぞ俺!!
俺は力を振り絞り足に力を溜め、天使の試練の事を思い出した。あの時の絶望感、あの時の過酷さ。あの時の経験を糧にし、俺はあの時の必死なだけだった俺を引き戻す。
ヴァグラが右手で捕まえようとしてくるのを、俺は走り抜けた。そして俺は大剣を強く握り、ヴァグラの鎧に包まれていない箇所を滅多斬りしまくった。移動し、斬る事しか考えず、全身を切り崩そうとした。
「グゥ...マダ力ヲ残シテイタノカ....ソレニ、コノ斬撃...強イ。トテモ片手一本シカナイトハ思エナイ程ノ...ダガヤハリ....致命傷ニハ届カナイナ!」
ヴァグラは俺のスピードを見極め、右手で捕まえた。子供が虫を捕まえるように素早く確実に捉え、圧迫感で苦しむ俺を床へ叩きつけた。
俺は地面に埋まり、自分の血反吐で顔を汚した。あんなにゴルドは耐えてくれていたのに、俺はたった一発で動けなくなっていた。
「オシイナ...オ前ガ最初カラ全力ダッタラ結果ハ変ワッテイタダロウニ。俺ハオ前ノヨウニ慢心ハシナイ。確実ニ、コノ手デ、潰ス。」
ヴァグラ左拳を鋼鉄のように固くさせ、大きく腕を振り上げる。力ない俺はそれを眺めることしか出来なかった。ただ、謝罪はしていた。すまないと、俺のせいでと、三人にひたすら謝っていた。
そして俺にとっての死刑執行、ヴァグラの右拳が振り下ろされるその瞬間。俺は見た。ゴルドがヴァグラに気付かれないように遠回しに伸ばしていたスキルの腕を。そしてその腕はヴァグラの右足を掴み、そして左足方向へ引っ張った。
「ナニ!」
ヴァグラは体勢を崩して俺のすぐ右隣に、転けそうになる身体を左拳で支えるようになった。すると、次に飛び込んできたのは弓を構えるレネとスイッチの準備をしているウラロ。
ゴルドの行動によって半分二人の方を向いたヴァグラに対し、レネはヴァグラの若干開いた口に矢を放つ。
その矢にヴァグラは反応出来ず、ウラロとの連携によりヴァグラの口の中で爆発した。
強い衝撃はヴァグラの顔を上に挙げさせ、黒い煙がもくもくと口元から上がる。
まるでそれが目印のようだった。俺はその目印に向かい、最後の気力を振り絞り、起き上がって大地を蹴った。
大剣を縦にし、左手だけでなく身体全身で大剣を支えるように硬直。そして俺の刃はヴァグラの口したに突き刺さり、抜けた。
俺は空高く上へ上がり、身体全身でヴァグラの頭を突き抜けたせいで緑色の血塗れ。だがそんな事には意識はいかない。俺の意識は真下にいるヴァグラだ。
脳天貫かれても奴は震える目でこちらに手を伸ばしてくる。俺はそんな奴の手を身体を捻って指の間を潜り抜け、再びヴァグラの目の前に。そして大剣を横にし、奴の顔を一刀両断した。
俺が調子ついてヴァグラをいたぶっていた時から、奴の鋼のような鱗はボロボロだった。故に、刃は何とか奴を斬る事が出来たのを理解するのはもう少し後だ。
理解出来ていない俺にとっては摩訶不思議、疑問と疲労で頭の中がグチャグチャだったが、一つの光景が俺の頭をハッキリとさせた。
魔王軍幹部のヴァグラは死んだ。真っ二つに裂かれた頭を上に挙げ、座りながら死んでいた。