潜入
「よっしゃあ!それじゃあさっさと乗り込もうぜ〜!」
「そうだな。本当は騎士団にアピールしたいから日中がいいんだが、乗り込んでから結構時間が経つ。これ以上遅れると、騎士団が俺達の合図にすぐ対応してくれるか怪しい。中に入ってもすぐに合図なんて無理そうだから、今は急がないとな。」
俺はそう言うとレンガの枠を慎重に切れ目を入れてから、中に落とさないようゆっくりと引き抜いた。
レンガに覆われた中身を覗くと、その中は空洞。そして見える範囲で視点を動かすと、弱々しい火の光が中を照らす。薄暗いが、部屋というより通路という印象を受ける。ますます避難経路の信憑性が高まる。
この要領で俺は何個かのレンガを取り除き、一息つけると大剣を強く握りしめた。
「...中に入って様子を見てくる。合図があったら入ってきてくれ。」
その言葉を合図に、俺はレンガの下へと侵入した。高さとしてはそこそこあり、常人ならば着地だけでも大怪我してしまうだろう。しかし試練を乗り越えた俺にとっては問題ではないし、音を抑えて着地することも出来た。
着地して顔を上げると、目の前にはゴブリンが二匹。俺と数メートル離れている場所に立っており、呆気に取られているそのゴブリンの身体には防具が身につけられていた。野生でやんちゃばかりを繰り返すゴブリンではない、魔王軍によって調教された立派な一兵士。恐らくここの巡回だろう。
俺は二匹の姿を視界に捉えると、固まっている内に勝負を決めようとすぐにスキルを発動した。
「スキル・神速!」
俺という侵入者がいるとは思っても見なかったのだろう。この二匹は俺の刃が首を切断するまでに出来たことは、腰にかけたボロボロの剣に手をかけることまでだ。
重要な場所だからこそ定期的に見回りをするよう言われるが、異常がある想像などつくはずもない本人達は大分気が緩んでいたのだろうな。もし気を張っていたら、一振りだが攻撃はできた筈だ。
俺は通り過ぎるように二匹を斬り、すぐに周りの様子を確認した。弱々しいが壁に付けてある松明は確実にトンネルを照らし、奥まである程度見通す事が出来る。
緑色の鮮血を噴水の如く溢れ出して倒れるゴブリン二匹の他に魔物はいない。俺が入ったことで何か罠が発動する訳でもない。俺は緊張を解きながら大剣を背に収めた。
「ふぅ〜...よし、降りていいぞ〜。」
あまり大声を出すと気付かれるため、俺は小さい声で三人を呼んだ。一人分の隙間から三人は俺を覗き込み、ゴルドから慎重に降りた。その後の二人はゴルドが上手くキャッチをし、四人揃ってここへ来ると本格的に潜入したのだと実感する。
そして、ここからが本番であり、逃げ場のない敵地に踏み込んだという緊張感が俺達を包む。捕まったらタダでは済まない。拷問と強姦、奴隷生活のオンパレード。思わず恐怖で足がすくみそうになるが、このメンバーがいれば何とかなると俺は信じた。
そして、ここに居るはずの一人を思い浮かべ、胸が苦しくなる。
「....よし、行くか。見回りを倒したからあまり長い時間潜伏することは出来ない、寧ろ早く移動しないとな。こいつらの他で巡回にくるやつも居るだろうし、鉢合わせるだろう。
ここは隠れ場所がない。倒しながら進むしかないな。」
「そうね。...じゃあ私達もいつ戦闘になってもおかしくないよう準備しないとね。今みたいなゴブリンだったらベグドに任せられるけど、奥に行けば行くほど....」
「あぁ。魔王軍の大軍が待ってるだろうな。避難経路は念の為の設備だから、ここから侵入されるとは普通思わない。見つからずに難無くいけるかもしれないが、出会ったやつにちょっとでも情報が漏れたら、ここは魔物の大軍に押し潰される。
...最悪この上から脱出して作戦を練り直す。だから、何が起こっても動けるよう準備してくれ。」
三人は俺の言葉に頷くと、まだ接敵していないのに武器を握りしめたり、飲み込みずらそうな唾を飲んだ。その三人の緊張感は俺に伝染し、心臓の鼓動が更に高速へと変化していく。
先頭は俺、それからゴルド、レネ、ウラロといったいつも通りの先頭が出来るようにしつつ歩いた。静かに進みたいのに一歩の足音が反響し、トンネルに響く。
こっそり歩くとなると魔塔へ着くのは何日も後になってしまう。故に潜入を目的としてここへ来たが、バレること前提で歩いている。つまり潜入は諦めている。
途中バッタリ出会った魔物をすぐにでも攻撃出来るよう、俺達は集中しながら進んでいく。
それにしても、ここのトンネルは大きい。普通に家を五・六軒カバー出来る程の広さだ。避難経路だと思っていたが、もしかしたら荷物の運搬を目的としたものかもしれないな。
そんな事を考えながら、永遠に思えるようなトンネルをひたすら進んでいく。すると、目の前には壁があり、ゴールと言わんばかりに大きな木の扉がある。これも規格外で、大型の魔物用だとすぐに察した。
「...着いちゃったわね。あのゴブリン達が来たのはあの隅っこの扉だろうけど、まさかここまで一匹も魔物と出会わないとはね。運が良いで片がつくだろうけど、ちょっと不気味にも思えるわ。」
「だな。だが、罠の可能性は皆無だろうな。俺達がここに居るなんてバレるはずも無いし、魔王軍としても予想してないだろう。
とにかく、進もう。ここからは更に慎重に....」
俺達は息を潜め、ゆっくりと端の方にある小さな扉に手をかけた。俺が小さい力で押すと、扉は施錠されておらず少しだけ空いた。その隙間からは大量の音が聞こえた。何かの音楽というより獣の咆哮が響き渡る感じ、いよいよだと緊張で胸が高まる。
「...あ、ねぇ皆!」
ウラロが急に声を上げ、俺の心臓は叩きあげられた。反射的にすぐ扉を閉め、過去最高の心臓の鼓動スピードを抑えるので精一杯。その間、俺と同じく驚いたゴルドとレネが小さい声で叱ってた。
「ウラロ!お前何声上げてんだ!敵かと思ったじゃねぇか!」
「そうよ!もし伝えるにしても小声でしょ!?何普通の音量で話してんのよ!」
「うぅ...ご、ごめん....だけどね?結構大きな発見だと思って興奮しちゃって...」
「....?何よ、その発見って?」
レネの問いにウラロは言葉ではなく指先で答えた。彼女が指さしたのは、俺たちが入ろうとした扉のすぐ隣の壁にある別の扉。覗き窓があり、そこには火薬や爆発物らしきものが大量に積まれていた。
「え?な、なんなのこれ?」
「でしょ!?こんなの見つけちゃったら声出ちゃうよ!これ何かに使えないかな?」
心臓の鼓動が大分落ち着いてくると、俺はその扉に近付く。覗き窓から見る範囲で罠はなく、鍵が掛かっていたが剣の鍔でドアノブ事破壊して扉を開いた。
そこには案の上、爆薬の倉庫。魔王軍が使用しているのもあるが、使用していたのを略奪したのか王国軍の物もあった。
「...まだ使えそうだな。恐らく、ここが追い詰められて避難する時にこれを爆発させる算段だったんだろう。瓦礫で追って来れないように。」
「なるほどな。じゃあこれ拝借しようぜ!これ使えば魔王軍を結構削れるし、騎士団に合図出来る。一石二鳥って奴だな!」
「あはは!ゴルド、何難しい言葉使ってんの〜?全然似合わないよ〜。」
「う、うるせぇなウラロ!いいだろ!?別に意味は間違ってねぇだろ!」
楽しそうに話している二人に俺はなんのリアクションもしない。する気にはなれなかった。俺はただただ取り憑かれたかのようにその爆発物を目にし、作戦を立てていた。それに夢中だった。
「二人共、敵地なんだからそんなはしゃいでる場合じゃないでしょ?まずはこれをどう利用するか考えないと。起爆する一式は揃ってるみたいだし、問題は場所ね。
本当は騎士団のやる気を促す為に一箇所じゃなくてバラバラにして、派手に魔塔が攻撃受けてる印象を付けたいわね。でも、魔塔はどんな構造なのか、どれほど魔物がいるか分からないし、頭使わなくちゃね。」
「う〜ん....俺バカだから分かんねぇや。レネとベグドで決めてくれよ。」
「ウラロも分かんな〜い!ウラロも二人に任せるよ〜。」
「あんたらねぇ...ちょっとは考えようとしなさいよ!私だって全然想像つかないのに....でも、やるとしたら中層から上層部ね。下層だと騎士団が合図を認識してくれるか怪しいし...どういう感じで爆発物を忍ばせるかは、魔塔の中身を見て見ないと分からないけど考え方はいいんだと思う。どう?ベグド。」
レネが話しかけたのは聞こえた。俺の頭の中である程度策は固まった。俺はゆっくりと振り返り、レネに向かって首を横に振った。