ラゾ
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俺の願いにバルブレッドはすぐに取り掛かってくれた。魔王軍に攻められて忙しい環境である筈なのに彼は愚痴の一つも零しはしなかった。また惚れるとか思うと反論されそうでそう思わないようにしているが、彼が良い人間であるくらいは思ってもいいか。
王都は避難民で溢れており、俺の指定した人間の所在確認には時間がかかるそうだ。バルブレッドは先にここを出る支度を済ませるよう指示し、俺達はそれを受け入れた。仮にも上司だしな。
とはいっても、支度なんて食糧とゴルド達の装備だけ。俺はさながら買い物に付き合わされるような立ち位置だった。
食糧は騎士団の倉庫から少しばかり頂き、ゴルド達の装備は騎士団から一番近い武器屋で購入した。
騎士団の装備を使えばいいと俺は言ったが、このメンバーで行くならかつての装備でいきたいと三人揃って同じことを言う。俺は面倒に思う反面、嬉しくも思った。
四年前の装備はその時ですら高価なもので、今のような状況だと物価高になっているのは当たり前。バルブレッドから貰った資金が少し多めであったことが幸いし、何とか購入することが出来た。
ゴルドは銀色の分厚い鎧に獣の皮を刺青のように装着している鎧。その獣の効果で変な虫は寄ってこず、気の弱い動物を威圧できるらしい。拳は鎧以上に分厚い金属製の手袋。ロワンの力が加わっていたが、いくつもの岩を持ち上げ、いくつもの壁を破壊した爽快感を思い出させる。
レネは引き締まった身体に合わせるかのように滑らかな素材で作られた緑色の衣服を身につけている。高貴な身分のようにホコリや泥のひとつもなく、黄色の縁取りは更に緑色を強く表す。防水効果があるらしく、水がその緑色の部分から滴り流れ、汚れも水と一緒に簡単に洗い流す事が出来る。そして僅かながら飛び道具による攻撃も逸らせるのだとか。
ウラロはスベスベで神聖な物を印象付けるような白い衣服の上に紺色の羽織りを身につける。片手には指輪が付けられ、それは魔力と集中力を高めるのだとか。
かつての装備を身につけると過去に戻ったような気持ちになったのか、嬉しくもあり悲しくもある複雑な表情を三人は浮かべた。
俺自身もそうさ。懐かしむと嬉しさが滲み出るが、俺達の過去は薄汚れている。どんな反応すればいいか分からない。
そんなまどろっこい雰囲気を嫌いとするゴルドは無理矢理笑顔を作り、強く拳を合わせた。金属が激しくぶつかり合う音は俺達に衝撃と気持ちの切り替えを与えた。
「よし!準備万端だ!それじゃあベグド、最初はどっち行く?」
ゴルドが示すものは俺がバルブレッドに捜索を頼んだ二人だ。ゴルド達の装備準備中に彼が直接報告に来てくれた。倍以上増加している人口密度で何と仕事の早い事か。
「う〜ん...どっちでもいいんだが、まずはあっちか。よし、行くぞ。三人とも、俺についてこい。」
俺を先頭に俺達四人、双赤龍は王城から出ていく。ここへ来た時は兵士に囲まれた上での進行だったので出来る限り王都の住民は避けてくれたが、今では大量に人が前や後ろ、真横を横切る。まるで大きな祭りの中に飛び込んだようだった。
三人とはぐれそうになりつつも、俺は手元の小さな地図を頼りに歩を進める。向かった先は宿泊街。多くの者が寝泊まりする場所だが、この区域はただの住人の宿泊街ではない。ここは騎士団員や冒険者専用の所だ。
冒険者が騎士団に流れている影響か、ここには多くの兵士が見えた。逆に冒険者だったら目立ってしまうような感じで、これも冒険者を騎士団に加えるための遠回しの作戦なのかもしれない。
俺達はその区域に侵入すると、違和感を覚えた。動揺を表さないように進むがどうも目線が気になる。俺達はここへ来たばかり、新人ってことで注目されるのはまだいい。しかし、見てくる奴らは俺達が来るのを知っていたかのように蔑みと哀れみの笑みを誰しもが灯していた。それに人数も結構いる。道端にいる者だけでなく、建物から身体を出してまで俺達を嘲笑う者もいた。
だが、この奇妙な反応に俺は心当たりがあり、大きなため息を吐いた。レネもそれを感じていたのか、俺に小声で話しかけてくる。
「ねぇベグド....これってもしかしてだけど...」
「あぁ、四年だからな。長い感じではあるけど、記憶としてはまだ鮮明に残ってるみたいだな。俺達はこの四年間、ずっと笑われ続けてきたのだろうな。」
そんな事をボソボソ呟きながら歩いていると、少し大きめの広場に出た。ここへ来るまでの間、人が壁の役割をしているかのようにいたんだが、この広場だけは妙に人気が少ない。いや、誰もがこの広場の周りに立って待っていたのだ。俺達軟弱パーティーが現れるのを。
建物まで俺達に広い空間を与えんと大きな円を描いて設置しており、広場の周り、建物の窓、そして俺達が行こうとした先の道だけでなく来た道まで人が壁のように現れてニヤニヤと笑っていた。
まるで闘技場の感じ。ウラロは恐怖に怯え、ゴルドは苦しそうに歯軋り、レネは俺の近くで弓を握っていた。
異様な環境に俺達は足を止めていたが、すると目の前から六人程の集団がこちらに近付いてきた。
コイツらには見覚えがあった。四年前、俺達が王都を出ていこうとした時に襲ってきたラゾ、そして俺が軟弱者だと証明来る為に当時連れてきた後継人達だ。
俺達の姿を見て嬉しそうにニヤニヤしながら近付き、俺達と一定の距離で立ち止まった。
「あれ〜?何処かで見たと思ったら、有名で伝説的存在の双赤龍御一行じゃありませんか〜。ワシの事、覚えてます〜?」
ラゾは以前とは違って生き生きとしていた。それは俺達を見つけたからという意味でなく、見た目の印象から変わっていた。肌は潤い、髪やその身なりもかなり金と時間がかかっているようにも見える。魔王軍が目前まで来て貧困気味になっている住民の中で、彼は正反対に潤っている。
「...ラゾだろ?Sランクの冒険者だった。」
「おぉ!覚えていてくれたんだ〜。ま、今は騎士団員だが、かなりの重役を任せられていてな。冒険者が役職として衰退してもう廃止になったが....勇者候補の称号同等の身分よ。いや〜、ようやくあんたらに追いつけたって感じだ!」
彼は満面の笑みを俺達に向けていたが、それは久しぶりの再会を懐かしんでいるのではなく、俺達を嘲笑っているのは一目瞭然。いい気分はやはりしなかった。
「そうか...すまないが話はまた今度にしてくれ。俺は急ぎの用があるんだ。」
俺達は目線を下へと向け、彼らの横を通り過ぎようとした。すると、ラゾは俺の足を蹴飛ばすように引っ掛け、俺はその場に倒れてしまった。
「グッ!」
「おいおい、つれないこと言うなよ〜。お前それどころじゃないだろ?周りを見てみろ、この人だかり。そしてなんでこんなに人がいると思う?思考を巡らしていると考えてみろよ〜。」
俺は左手で身体を起こしながら周りを見る。誰もが薄笑い、挙句の果てには食べ物や飲み物を持参している者も。そしてラゾの手引きなのか、看板が建てられている所に人だかり、何やら文字が書かれて金の動きが見える。
「....賭け事か?」
「何言ってんだ?恨めしそうにするなよな〜。ワシはお前の為にしてやってるんだぞ?ワシがお前を倒したなんて噂が広まって、ワシは本当に心苦しかった...だから、こうして正々堂々の勝負をして、かつて無敵と言われた勇者候補のベグドを取り戻そうとしているんではないか!」
何を分かりきっている事をベラベラと....こいつは俺を皆の前で恥をかかせたいだけだ。俺の無様な姿を晒しあげ、集団で俺を馬鹿にしたいだけ。かつて、俺がロワンにしていたかのように...
すると、ラゾは倒れていた俺の顔を思い切り蹴り上げた。靴のつま先が俺の右頬を捉え、俺は衝撃に身を任せるように蹴られた方向に何回転も転がされた。
「な、何すんのよ!」
レネの声と同時にウラロもゴルドも俺に駆け寄ろうとしてくれた。しかし、それはラゾの取り巻きによって阻止され、俺とラゾの一騎打ちの状況が作られてしまう。
俺がゆっくりと立ち上がると、ラゾはニヤニヤしながら対面に立つ。その光景に観客の人間達は大盛り上がり。まるでではなく、本物の闘技場の雰囲気を感じる。