四年ぶりの再会
雲ひとつない晴天の日光が降り注ぎ、森の植物達を美しく照らしている。太陽が元気を与えるように、俺に注目して欲しいように、前日は雨が降っていたのか植物達は水々しく輝いていた。
こんな日には日向ぼっこでもしてボーッとするのが何より至福で、平和というのを謳歌するのには最高だろう。
しかし、俺の遥か前方では平和というのにはあまりに野蛮な音が聞こえる。近付けば近づく程その音の大きさは膨れ上がり、残酷性も増してくる。
居るかどうかも分からないかつての仲間の身を案じながら、俺は整地された道を全力で走っていた。
走りながら気が付いた事だが、俺は四年前とは比べ物にならないくらい早くなっていた。とは言っても四年前のことなんて鮮明に覚えている訳ではないが、流れていく木々の景色がまるで違うと感じた。
よし、このスピードならすぐに村に着くはずだ。...ゴルド達があれ以来、冒険者をやっているのだろうか?村に居なかったら幸いだが....故郷が襲われてるんだ。やっていてもいなくても、あいつ達が参戦する可能性は高いな。
村にゴルド達が居ると思うだけで心が重くなっていく。今すぐに何かしら理由を見つけて逃げ出したい気持ちに駆られるが、俺はそんな気持ちを振り払い、ひたすら前へと前進した。
俺の想像以上に早く森から抜け出し、村全体を見れるほど清々しい野原に飛び出した。予想以上の成長ぶりに歓喜するも、目の前で戦火を灯した村を見て俺の浮ついた気持ちはすぐに消し飛んだ。
顔を真っ青に染め上げ、俺はすぐに村の中に飛び込んだ。
村に入ると、かつて平和のイメージが強かった豊かな村が、今ではそれと真逆の姿へと変わっているのが一目で分かった。
村人達は阿鼻叫喚の中逃げて、前線では冒険者や王国の兵士が退きながらも戦う。そしてその相手は案の定魔物。ゴブリンやスケルトンいった下級の魔族を前線に、後方には図体の大きいオークや魔力の高いワイト、赤い鱗に圧倒的な存在感を発する巨大なドラゴンまで率いていた。
戦力の差は一目瞭然、逆によくここまで耐えていると俺は感心した。いや、魔族に関してはお遊び感覚なのかもしれない。いつでも殲滅できるような俺達人間の必死に戦う姿が面白いと思っているだけかもしれないな。
俺は参戦すべく前線に向かって足を進めようとするが、見覚えのある顔つきを見て足が止まった。
ゴルド達だった。冒険者とは違い、村人特有の薄着の服を身につけ、不似合いなかつての武器を使って魔族と戦っていた。
三人とも目立った外傷は無く、汗だくになりながら必死に戦っている。
俺はその三人を前にして足が止まり、思考が停止した。真っ白な頭の中で、ただただ三人の戦う姿を目に焼きつけるかのように見つめていた。
ゴルド、レネ、ウラロ....
「クッ!....う、ウラロ!!」
ゴルドが苦しそうにウラロの名を呼び、俺は彼女の方へ目線を合わせると、ウラロの前には三体のゴブリンが間近にいた。四年前は回復役に徹し、戦闘など出来なかった彼女は後ろの五人の子供を背に小さな短刀をゴブリンに向けていた。彼女は見て分かるくらい疲弊しており、ゴブリン達は嫌なニヤつきをしながら迫っていた。
レネとゴルドは何とか加勢したいが、二人にも魔族が襲っていて手が離せない状況。ウラロは絶体絶命だった。
ウラロの顔が疲弊で険しくなった時、ゴブリン達は彼女に襲いかかった。ゴルドとレネの叫び声が戦場の爆発音以上に響き、俺はそれに釣られるように足を動かし、大剣を握る。
彼女とゴブリンの間に割って入り、俺はゴブリンが振り下ろした刀と一緒にゴブリン三体を横に一刀両断。ゴブリンは緑色の血液を辺りに散らせながら胴体と真っ二つになって倒れた。
ゴブリンを斬り殺し、俺は対して動いてもいないのに息を荒くしていた。時が止まったような感覚に陥り、ゴブリンを斬り殺してから俺は息を整えることしかしなかった。
そんな俺を動かしたのはまたしてもかつての仲間の声、俺の背後から弱々しくか細い声が聞こえた。
「....ベグド?」
消えてしまいそうな声は俺には大きく聞こえ、俺は半分振り返る。そこには子供達を庇うようにしながら腰を下ろしていたウラロの姿。まるで幽霊を見るかのように動揺した目で俺を見つめており、俺は彼女の姿を見ると、ゴブリンに強姦されかけてボロボロに泣きじゃくっていたあの時のウラロの姿が脳裏に浮かぶ。
あの時の後悔が強く過ぎり、俺はそれを誤魔化すように彼女から目線を魔族の軍勢に変え、奴らに向かって足を進める。今はとにかく、剣を振って誤魔化さざる得なかった。
俺は近くにいた魔族から斬り殺していった。どれも俺の実力には適わず、何も出来ずに力尽きる。後方にいたワイト等も魔法で応戦するが、俺はそれを全て避け、一回大きな深呼吸をする。
ここでは初めてのスキル。どのくらいのものか、試してやる!
「....スキル!神速!!」
俺はスキルを発動し、青い粒子に包まれながら全力で踏み込んだ。近くの魔族から順に見境なく斬り続ける。どの魔族も俺を認識出来ないのか、殆どの魔族が棒立ちで俺に斬られていく。
この光景....あの時の。
俺は見覚えある光景を感じつつ、何十、何百もの魔族を斬り殺す。最後に残った赤いドラゴンは俺の姿を捉えられたのか、口から大量の炎を放つが、今の俺にとっては欠伸が出るほど鈍い攻撃。
ドラゴンの頭上まで飛び跳ねて炎を避け、俺はそのまま重力の力を借りながら、鱗や骨ごと大剣で叩き斬った。
ドラゴンは綺麗に真っ二つに割れ、真っ赤な血液の雨を降らせる。俺はドラゴンの返り血で染まっていきながら周りを見渡すが、残っている魔族はどこにもいない。
どれ程この村で戦いが行われていたか知らないが、俺が参戦してからものの数分で奴らは全滅したのだった。
現世とあの世界でのスキルの影響は殆ど変わらないな。違いがあるとすると、スキル使用後の肉体の回復が遅い。天使の加護に慣れきっていたせいだろうけど、ここじゃあスキルの使い所を考えないとな。
一人で反省会をしていたが、物音ひとつ聞こえない事に違和感を感じて振り返ると、そこには多くの兵士や冒険者が口を半開きにして俺を見ていた。
当然だろう。見たことも無い奴が突然現れたと思ったら、魔王軍をすぐに一掃するんだからな。歓喜の声を上げたいが、それよりも動揺が勝つか。
そんな呆然としている集団の中、三人だけがこちらにゆっくりと歩を勧めてくる。ゴルド達は三人で固まりながら驚愕の表情のまま近付いてきた。
「お前.......ベグドなのか?本当に。」
ゴルドがボソッと呟いた言葉に王国の兵士がすかさず話しかけた。
「き、君の知り合いか?彼は一体...」
「俺達の元パーティーメンバーだよ。随分....見違えた変化だがな...。取り敢えずはもう安心だろう、被害状況の確認に移っててくれないか?俺達はコイツに話があるんだ。」
「分かった...おい!被害状況の確認だ!怪我人を移動させたらすぐに点呼とるぞ!!」
兵士が大声で指示をすると、他の者も俺を気にしながら動き始めた。戦闘とは違うバタバタした状況で、俺とゴルド達は向かい合った。
俺は何を話していいか分からなかった。謝るのは確実にしたいが、どう話しかけていいか....