思い出
「...ザブさんからアンタがこの街に居るのを聞いて探し回ったよ。王都に戻る為の資金調達と支度でこの街に留まらざる得なかったけど、留まって大成功だった。王都に行ってからアンタの顔を叩く手間が省けた。」
「なん....だと?」
「私、前まではアンタのことを尊敬していたし目標にしてた。だけどあの日、私の仲間に手を出した姿、そしてロワンさんにした酷い仕打ちを見て、如何に無知が怖いかよく分かった。
噂とは真逆の存在、少し私生活を見ればクソみたいな人間だった。私の父を追い込んだクソ野郎と同じだって...」
「は?父親?....急に何言ってんだ。」
「私の父は腕の立つ冒険者だったけど、アンタみたいなクズを筆頭にパーティーをクビにされた。自信喪失に惨めな生活に耐えられず、私が小さい頃に自殺した。
あの日の酒場での出来事、あれを見て父を思い出した。だから、私は居ても立ってもいられなくて...彼に付いて行った。」
カリは目線を落とし、寂しそうにしながら言った。そして次の瞬間にはこちらを睨みつけ、アイツの肩を掴んでいる俺の手を振り払った。
「私はね、ロワンさんにも原因があると思っていた。あんな酷い仕打ちをされるのなら、それ相応の事をしてきたと。それを知れたら、父の死に納得出来るのかもって。
でも違った。私の想像を気持ちいいくらい吹き飛ばす程に、あの人は素敵で....優しい人だった。」
俺は手を振り払われた事に逆上する事も出来ず、ただただカリの話を呆然と聞いていた。
「.......一緒にいて一ヶ月と半分、そんな短い期間だけど、ロワンさんは私に気を許してくれた。自分のスキルの事もそうだけど、貴方にされた数々の非道。...ロワンさんがあんな孤立した原因を作ったのは、貴方でしょ!?」
ロワンの死を実感してから心の片隅で何度も思った事柄、思い出。図星をつかれたような心臓の衝撃に、何か言葉を発そうとしていた俺は再び石のように固まる。
「....何でロワンさんはザブさん達にスキルを隠してたんだと思う?あんな凄い力を使えば、すぐに有名になれたし、チヤホヤされた筈なのに...何で実力を隠して慣れない戦闘員として戦ったんだと思う?」
「....知るわけないだろ.......そんなの......」
「ロワンさんはね...スキルに頼りたくなかったの。戦闘員として活躍して、アンタ達を見返したかったから、地道に努力しようとしたのよ!!」
俺に訴えかけるように、カリは感情的に俺を突き飛ばした。俺は抵抗もなくその場で尻もちを付き、月光に照らされながらこちらを睨みつけるカリを呆然と見ていた。
「ロワンさんの過去を聞いて、私はすぐに復讐を提案した。そんな酷い目にあったんだから、やり返す権利はあるって....でも、あの人は...」
『ベグド達とは一時期でもパーティーとして楽しくやってたんだ。もうあの時には戻れないだろうし、好きじゃなくなったけど。
...でも、あの時は心から楽しかったんだ!そんな大切な思い出を復讐で汚したくないし、僕はスキル頼りじゃない所を見せて、ベグド達をギャフンって言わせてやれば、それで満足なんだ。』
「ただの強がりだったかもしれない。だけど、私はそれ以上言えなかった....あの人の言葉と笑顔を見たら、止めるんじゃなくて応援したくなった。
だって私...あの人の事、好きだった。ずっと隣に居たいって思ってたから....」
もう限界を超えたのか、カリの目からは涙が流れ始めた。しゃっくりを上げ、今にも丸まって泣きそうなカリだったが、その悲しみを怒りを変換させたかのように睨みながら泣いていた。
「...何でアンタみたいな奴が生きてんの?あんなに慈愛に溢れて、誠実だった彼が死んで....何でアンタみたいな糞野郎が生きて酒飲めんのよ!!
アンタが死ぬべきだった....ロワンさんが死んだのはアンタのせいだ!アンタの責任だ!!」
心臓が直接叩かれるような衝撃が伝わる。それは呼吸をすることすら忘れ、震える口で小さく俺は呟いていた。
「俺の....責任?」
「そうよ!!アンタがロワンさんにあんな不遇の扱いしなければ、今も苦しかったかも知れないけどあの人は生きてくれてた!!アンタは自己満足の為にロワンさんをいたぶって今まで散々楽しんだんでしょ!?
ならアンタが死ねよ!今すぐ死ね!ロワンさんに死んで償ってよこの屑!!」
カリは力いっぱい踏み込むと、座り込んでいた俺の顔面を思い切り蹴り飛ばした。口内で血の味と痛みが満たされるのが分かる。視界がぶれる、力が出ない...
何も反撃出来ず、何も言い返せない。ただ苦しい浅い呼吸をしている俺を目に焼きつけるかのように見ていたカリは、やがてその場を去っていった。
俺は暫く動けず、ボーッ夜空を眺めていた。雲ひとつなく、綺麗な満月を主役に、視界に収まらない程の星々が美しく輝く。
だが、そんな光景を見ても俺の心は暗かった。現実で生きれば生きるほど、他人から責められれば責められるほど、生きる気力は失われていく。
....俺は一体、どこで道を間違ったのか?そんな疑問を浮かべるまでもないな。あそこだ....あそこが分岐点だった....
全身の脱力感に身を任せるように目を閉じた俺は、奥底にある記憶を引っ張り出した。
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ロワンとの出会いは今から五年程前の話だった。当時の俺は新人冒険者、親が借金まみれでだらしなく、俺を残して飛びやがった。だから、俺は金を稼ぐ為に一番手っ取り早いと思った冒険者になった。
魔王軍の侵略が続く中、冒険者の志願者は多いし、すぐにパーティーを組むことが出来ると思ったがそれは甘い考え。俺のように単独でこの道を進んだものは少ない。皆事前にパーティーを組む約束をしていたり、知り合いと共にデビューするなどしていた。
誰に話しかけてもパーティーは組めず、新米のガキを好き好んで入れようとは思われなく、俺は路頭に迷っていた。
そんな時、俺と同じく一人で困ったように周りを見ていた少年がいた。それがロワンだ。
俺はすぐにロワンに話しかけ、早速クエストの同行をお願いすると、アイツも快く引き受けてくれた。
俺のスキルはあの時は未熟も未熟だったが、ロワンは目を光らせて俺を褒めたたえた。しかし、ロワンのスキルも大概だった。
ロワンのスキル・全強化は、名前の通りかけた人間の全ての性能を強化するスキル。それは肉体だけでなく、魔力や精神、目に見えぬ直感などといった人間の感覚すら強化出来る。
通常ならロワンのスキルを補助魔法で補うとしたら、多少なりとも時間はかかるし、魔力の消費も激しい。ロワンのスキルは性能の割にコスパが良かった。その時の俺は純粋だった。練度は今と比べれるほどもない弱さだったが、目を光らせて褒めの言葉を嵐のように言いまくった。ロワンのやつ、嬉しそうにしていたな。
俺達はそれからは常に一緒にいた。同じ宿に泊まり、同じ時間に仕事をして同じ時間に食事をする。
ロワンは幼くして両親が死に、婆さんの為に冒険者になった。境遇から似ており、俺は更に嬉しくなった。
だが、パーティー問題は解決されていなかった。二人同時である程度のクエストもこなしている為、どこかのパーティーに入ろうと思えば入れた。
しかし、俺達は仲間選びは慎重にしていた。パーティーが結成されたら、並大抵の理由でない限りずっと同じ時間を共にする仕事仲間だ。
俺達はクエストが上手く行っている高揚感もあり、大物ぶって逆にスカウトしてやろうという意気込みの中、日々を過ごして行った。