不幸のどん底
俺達はザブ達に案内されてロワンの眠る墓地へと足を運んだ。墓地の大半はこの地で亡くなった者ではなく、元々住んでいた住民より、兵士や冒険者の割合の多さはこの街がどれ程戦地に巻き込まれて耐えているのかを物語っていた。
ロワンはそんな大勢の一員としてこの地に眠っていた。供えられて間も無い花が立てかけられており、俺はその横にロワンの遺品を返した。
アクセサリーだけはロワンの形見ということでザブに無理矢理持たされたが、これは帰路の時に立ち寄るロワンの実家に送る予定。
ザブ達は最後の最後まで頭を下げ続けた。絶えない涙を流し、俺達に精一杯の謝罪をしていた。だが、今の俺達にその謝罪を汲み取る力は無かった。
未来が閉ざされた絶望感に浸り、俺達は今にも倒れそうな街中を歩いていた。目的地もなく、街を彷徨うゾンビのようにだ。
日は沈みかけて夕日が街を照らし始めた頃、後ろを歩いていたゴルドが話しかけてきた。
「...ベグド、これから俺達....どうするんだ?
王都には戻れねぇ...故郷に戻ろうにも出る時大口叩いちまった。....俺達どうするんだよ、なぁ?」
ゴルドらしくない弱々しい声。今にも泣きそうなほど衰弱している声だったが、俺には耳障りとしか思えなかった。
「知らねぇよ...てめぇで考えろよ。」
「なんだよそれ....何適当になってんだよ。これからずっとここを彷徨うって言うのか?」
「知らねぇって言ってんだろ?いつも俺が作戦の立案とかお前らを引っ張ってきたんだ。少しは自分の頭で考える努力をしろよ。」
俺は目も向けずにそう言ってやったら、後ろで足音が止まった。俺は無気力になりつつ振り返ると、ゴルドは血管むき出しでキレていた。
何キレてんだ?この単細胞は....俺は正論言ったまでだろ。
「.......じゃあ言い方変えてやるよ。どう責任とるんだ?」
「は?」
意味不明な事を言い始めたゴルドに俺は首を傾げると、アイツは俺に近付いて大きな手で俺の胸ぐらを掴んで持ち上げた。
息がしずらくなって、顔を歪める俺にアイツ怒鳴り散らした。
「俺達をこの道に連れ出したのはてめぇだろ!!お前を信じてここまで付いてきたってのに、こんな結末になって...遂には仕事放棄か!?ふざけんなよお前!」
「ふざけてんのは....ふざけてんのはお前だろ!そんな言いがかりあってたまるか!お前達が決めて進んだ道だろ!!?責任どうこう言うんだったら、お前達の責任だろが!」
「じゃあロワンをクビにしたのも俺達のせいなのか!?言ってみろよ!!」
その言葉に俺は固まった。何か言い返してやろうと思ったが、口から言葉が出なかった。
「ロワンが居なくなってなきゃ、こんなことにはなってなかったんだよ!今でも俺達は王都で強いSランクパーティーとしていられた!!
こんな結末になったのは、あの時ロワンをクビにしようって言ったお前のせいだろうが!!」
「そんなの...お前たちも賛同してたじゃないか。レネだって納得してたぞ?....俺のせいじゃない。...俺は悪くない!!」
俺がそう言い返すと、ゴルドは手を離さないままレネを睨みつけた。ゴルドの目付きにレネは分かりやすいほど顔が強ばっていた。
「本当なのか?レネ!お前も言い出しっぺか!?」
「そ、そんな訳ないじゃない!私はあんな酷いことしようと思わなかった。ゴルドとウラロと同じタイミングで聞いて、二人が納得するもんだから....」
俺にとっては分かりきった嘘を平然と放ったレネ。俺は未来を失った喪失感以上の怒りを感じた。
「は、はぁ!?ふざけんな!お前だって」
「黙れ!このクソヤリチン野郎がぁぁ!!」
ゴルドは叫びながら右拳を握り、俺を殴り飛ばした。俺は裏路地のゴミ袋の山に叩きのめされ、立ち上がることが出来ずに微痙攣。力が入らねぇ...
そんな俺の状態も気にしないゴルドは鼻息を荒らしながら近付き、再び胸ぐらを掴んだ。
「もうてめぇにはウンザリだベグド!変にリーダー気取って、女と遊ぶことしか脳のないてめぇには付いてけねぇ!!
今までは凄い実力者だと思ってたから我慢してたが、その皮が剥がされたお前にはもう頼りたくもない!!俺達の人生無茶苦茶にしたお前の面なんか気持ち悪くて反吐が出る!!」
「す、好き勝手....言いやがって...全部の責任を俺に押し付けんのかよ...」
それに、俺はお前達の事本当に仲間だと思ってたんだぞ?気を許せる、数少ない仲間だって....なのに、お前は俺の事を...
俺の想いを踏み躙るようにゴルドは更に拳の連撃を放った。自慢の顔を中心に左右の拳で殴りかかってきて、俺はゴミ袋に押し付けられていた。
「全部てめぇの責任だろうが!!俺達の人生壊したのも!ロワンが死んじまったのも!てめぇのせいだ!!てめぇだけが悪いんだよぉぉぉ!!」
自分に降りかかった不幸な事実を全て俺に注ぐかのように、上から見ているであろう神に言い訳するかのように俺を殴り続けた。俺の視界はゴルドの拳と自分の血で染まり、俺は何も言うことが出来ずに、殴られる痛みと身体の中に存在する黒いモヤを感じていた。
俺は...俺は悪く....ないんだ...
心の中で呟いたその時、俺の意識はプツリと途切れた。
意識が戻った時にはゴルド達の姿は無かった。俺はゴミ袋の山に放置されたままで、日は完全に沈んで夜になっていた。外の肌寒さと殴られた痛みに俺は顔を歪ませ、弱りきっている身体に鞭打って立ち上がった。
フラフラと夜空に浮かぶ満月を見つめつつ、俺は一人虚しく街を徘徊した。
暫く歩くと、光が俺の目に飛び込んだ。そこは酒場だった。小さくボロボロの酒場は静かな夜中には不似合いな盛り上がりを外まで垂れ流し、俺は咄嗟にゴルド達と楽しく飲んでいた酒場の時を思い出し、心が痛くなった。
遠ざかりたい気持ちを押し殺し、俺は酒場に入った。どいつもこいつも俺の姿を見て言葉を失っていた。そんな奴らを軽く嘲笑いながら、フラフラの足取りでカウンターへ行き、酒瓶を五本ほど購入してさっさと出て行った。
酒場から離れ、俺が向かった先は墓地だった。多くの人間が眠る墓地の前に座り込み、何も考えずに満月を眺めながら瓶の酒を飲んでいた。
口内が切れている為、酒が痛い程染みるが、俺は構わず飲み続けた。まるで取り憑かれているかのように飲み続けるが、全く酔えない。ただただ口内を痛みと苦味が埋め尽くすだけで、肝心の酔いが全く味わえない。
合計三本飲んでも酔うことは無い。俺は当たり前と言わんばかりに四本目に手を出そうとしていたその時、誰かが俺の近くで立ち止まった音が聞こえた。
俺はゆっくり振り返ると、そこには王都で姿を消したカリがいた。顔中汗まみれで息を切らし、目を見開いて俺を凝視していた。
「...ベグド?勇者候補のベグドよね?」
「なんだよ....俺になんか用か嬢ちゃん。」
今の俺には性欲はないし、何故かロワンに付きっきりのカリに興味はない。ただただ邪魔だったし、相手にする気すらなかった。何を言われようと、俺は無視をするか適当に流そうとしていた。
しかし、カリは俺に何を言うまでもなく、いきなり平手を打ちをかましやがった。
予想にもしてなかった攻撃に俺は一瞬固まるが、咄嗟に燃えるように沸き起こる怒りに身を任せ、カリの両肩を掴んで逃がさないようにした。
「何しやがるクソアマ!!ぶっ殺すぞ!!?」
「当然でしょこのくらい!!アンタがロワンさんにやった事に比べればこんなの優しすぎるくらいよ!!」
ロワン、今の俺にとっては驚く程効果的な名前だ。その名を聞くと力が抜け、カリを掴む手が意識せずとも弱まっていく。