Sランクの戦士
ナズラドム街。魔王軍の進行が激しい中、それを拒む人間軍との戦線に最も近い街。戦線が崩れれば真っ先に消し飛ぶ街だが、前線で戦う兵士や冒険者の援軍の意味も兼ねてこの街は結構栄えている。
元々住んでいた無力な住民の殆どは避難したが、街を愛して残った者達と王国からの援助で街は起動している。
王都並に不自由ない暮らしが与えられ、自然も豊かなこの街にとうとう俺達は到着した。
魔王軍がすぐそこまで来ているというのに街の住民は笑顔に溢れていた。銀色の甲冑を身にまとった兵士がそこら中にいるが、それに目を瞑ればごく普通の街だ。
「よし、着いたな。じゃあ早速冒険者ギルドに向かおう。ロワンの情報を一刻も早く掴まないとな。」
俺は振り向いて仲間達に話すが、アイツらは俺と少し距離を話して無言を貫く。昨日からずっとこの調子だ。ロワンを連れ戻さないといけないって言う正念場に関わらず、ガキみたいにへそを曲げる。
俺は溜め息を吐き、自ら距離を詰めてやった。
「元気出せよお前ら。悪かったって、俺も昨日は疲れててあんまり正常じゃなかったんだよ。何度も謝ってんじゃねぇか。」
勿論、こんなの嘘だ。俺はあの状況でも至って冷静だったし、普通の思考状態だ。
「こんな雰囲気になってる場合じゃないだろ?ロワンを見つけた時、何がなんでも取り戻さないと...それが出来なくちゃ俺達には無様な未来しかないんだぞ?」
「そりゃあ....そうだけどよ...」
「だから、機嫌を治してくれよ。本当に悪かったって思ってんだからさ。ウラロも昨日は済まない。無神経な事を言っちまったな?」
俺は下手に出て軽く頭を下げると、レネの後ろにくっついていたウラロは弱々しい目をしながらこくりと頷いた。
女ってのは本当に面倒臭い。こっちが態々下手に出てやらないと仲直りをしようとしないで、ムキになりやがる。
「それにさ、ウラロが酷い目にあったのも、俺達がこんなに苦労してきたのも、元を返せば全部ロワンのせいだ。あんな冗談真に受けて王都飛び出たアイツのせいなんだぜ?
だから、さっさと連れ戻してまた虐めてやろう。」
「そ、そうよね。あんな根性ない男に振り回されるのはもうゴメンよ。切り替えて、ロワ坊やを見つける為に全力を尽くしましょ?」
「...だな。ちと気分は乗らないが、そんな事気にしてる場合じゃねぇ。早速冒険者ギルドに行こうぜ!な、ウラロ。」
「う、うん....」
レネだけじゃなくゴルドもウラロも気持ちを切り替えたのか、少しだけやる気に満ちてきた。全く、世話のかかる連中だ。俺がここまでしてやらないと腰を上げないんだからな。
そうして俺達はナズラドム街にある冒険者ギルド、希望の旗へ足を運んだ。
王都程の規模ではないにしろ、人間界ではトップクラス。最前線というのもあって凄く賑わっていた。受付員もバタバタしており、接客に次ぐ接客に疲れている様子。
そんなのお構い無しと、このギルドに在籍する冒険者達は次から次へとクエストの貼り紙を持っていくのだった。
流石最前線、クエストも古いのは見当たらない。どんどん新しいのが掲示板に貼られているな。
掲示板満遍なく貼られているクエストの貼り紙を見ながら感心していると、俺の目の前に五人程の集団が現れた。誰もが高価そうな衣類と武器を手にし、役職バランスの良いパーティーだと分かる。その上、どれもが一流、Sランクパーティーだというのは分かった。
すると、先頭に立っていた逆立つ銀髪に鋭い目と歯が特徴的な男性が話しかけてきた。
「...あんた、もしかして勇者候補のベグド?」
勇者候補か....王都で散々な目にあって長旅の期間もあって、ヤケに久しぶりに聞く気がする。
「あぁ。...お前は?俺の記憶が確かなら、面識は無いはずだが?」
「そうだ、今日初対面さ。だが、噂ならこっちに広まってる。とてつもなく強い勇者候補がこことは違う前線で活躍してるってな。噂通りなら、王都に住んでたはずだが....まぁ特徴が似てたから声をかけたってだけだ。
自己紹介遅れた。俺はヴィルバガ。勇者候補とは言わないが、これでもSランクの剣士。あんたの後輩ってところか。」
ニヤニヤしながら話しているヴィルバガに俺はどんな反応をしていいのか分からなかった。以前の俺だったら、「後輩なら敬語使え雑魚」とでも言っていたが、そんなことを言える実力はない。それを言って逆上され、戦いに発展でもしたら驚くほど無様に負けることになる。
かと言って無視を決め込むと怪しまれ、証明として戦わされても困る。完全に偽物判定をくらい、王都の時の二の舞になっちまう。
そもそも、こいつは王都にいた時の俺の有り様を知っているのかどうかも怪しい。距離が離れているとはいえ、俺が偽物という噂が王都に出回ってから二ヶ月。知っていても不自然ではないが、この態度を見るからにして知らなそうだ。しかし、知っていて敢えてそうしているのか.......
笑顔のヴィルバガに対して顰め面の俺、ヴィルバガは当然俺を見て不思議がり、首を傾げていた。
「...噂よりもなんか堅そうな人だな。まぁいいや、俺より一歩先に行ってる先輩と出逢えたんだ。これ以上アンタの時間を取る気はない。記念に握手だけしてくれないかい?」
「あ、あぁ。それは勿論だ。」
どうやってこの場を切り抜けようと考えていた矢先、まさか相手が提案してくれるとは思わず、俺は何も考えないで彼の握手に応じた。
握手をしてすぐ離そうと俺はするが、ヴィルバガは握手している俺の手をジーッと見つめていると、目を細めて俺に言った。
「........アンタ、本当に勇者候補のベグドか?」
その言葉を聞いた瞬間、俺は冷や汗が湧き出た。別に本人だし、そんな事を聞かれても不思議そうに首を傾げればいいが、ヴィルバガの言葉から噂通りの実力者ではないと読み取られたと思ったからだ。
「な、何故そう思う?」
「いやぁ〜...俺って握手すれば、その人がどんだけ強いかってある程度分かるんだよ。スキルとか魔法とかじゃなくて感覚的なもんだ。ビックリするほど外した事ないんだが....アンタ、ある程度腕は経つけど、行ってもAランク程度と思うんだ。...失礼な話かもしれないが、偽物かい?」
「な、何を言ってんだ。そんな不確かな事で決めつけようとするなよ。」
「....なぁ、時間は取らせねぇからちょっと勝負しようぜ。アンタが本物のベグドなら、その力間近で味わってみたかったんだ。」
ま、不味い流れ!何とかしなくては!
俺は想定していた最悪の状況に落ちてパニックになるが、奇跡的に閃き、バックの中から黄金のバッチを見せつけた。
「ほら!勇者候補として認められた証だ!名前も俺だ!」
「...確かに本物だなこりゃあ。ならよ、尚更戦ってくれないか?人間の頂点の実力、味わってみたいからよ。」
「断る!そんなの俺にメリットがないし、今は急ぎの用事があるんだ。失礼させて貰う。」
俺は軽く一礼してその場を直ぐに離れようとするが、ヴィルバガは笑顔で俺の前に立ちはだかり、足を止めさせた。
「ちょっと待ってくれよベグドさん。変に疑っちまって悪かった。俺はあんたと険悪になる気はなかったんだ。謝罪の証として、その急ぎの用事を手伝わせてくれないか?報酬はアンタとの友好関係ってことでいいからさ!」
何一つ悩みもないようなクソガキ....俺の邪魔をするなと一発殴りたいが、そんな実力はないし、逆に利用させてもらうとするか...