壊れかける関係
流石に低級の魔物には遅れをとる事はないようだった。奴らは俺の斬撃を受け止めることが出来ず、一匹一匹順調に倒していく。
だが、俺の姿は捉えられているのか、やぶれかぶれの攻撃はしてくる。それに疲労も激しい。ロワンがいた時にはこんな序盤で疲れることなんてなかったのに...
スキルで戦いながら俺は背後を確認するが、三人、特にゴルドはロワン無しの戦闘が如何に辛いのか実感しているようだった。
ゴルドには今までの自信たっぷりの戦闘が出来ず、レネに関しては放った矢は当たるものの命を絶つには威力不足だった。
ゴブリンの数も多く、自分達の体力的に敗北の予感を感じていたが、流石にそれは考えすぎだったようだ。俺達を囲んでいたゴブリンの多くは緑色の流血をしながら倒れ、生き残っているゴブリンも恐慄いていた。
今は仲間の状態を確認できる余裕はなく、俺は目の前にいる五匹のゴブリンの相手で精一杯だ。汗が滝のように流れ、呼吸も完全に乱れている。腕を上げるのもキツく、今にでも寝ちまいたい気分だ。
だが、仲間達の事も気になる。俺は睨み合いを辞め、身体に残された力を使い切る勢いで間合いを詰めた。
俺の接近に対応しきれない一匹をまず切り裂いた。そして、一番近いゴブリンに近付き、腹を思い切り蹴って怯ませる。後ろから襲われるのは想定していたから、俺はその場で一回転切りをし、背後と怯ませたゴブリンを一度に倒す。
あっという間に死んだ同胞を見て恐れたのか、残り二匹はその場から逃げようとした。
「てめぇら!さっきは生意気な笑み浮かべてた癖に逃げんじゃねぇよ!!」
乱闘が始まる前から不満に思っていたゴブリンの態度に悪態をつき、俺はすぐに二匹のゴブリンへ追い付き、二人まとめて頭を横に切り裂いてやった。
俺が相手をしたのは二十匹以上、それらが地面に倒れて息をしない。勝ちきったと思って気が抜けちまいそうになるが、俺はそこで踏みとどまる。
まだ終わっちゃいねぇ....ゴルド達は大丈夫か?
俺が疲弊しながら振り返ろうとすると、それと同時にレネの叫び声が聞こえた。
「キャッ!!...う、ウラロ!!」
倒れてしまっているレネの目線の先には、二匹のゴブリンに捕らえられて連れて行かれるウラロの姿。口と腰、両腕を捕まれ、涙ながら抵抗するウラロを連れ去ろうとしていた。
さっきの牽制はこういうことか!アイツら、攫える奴を見極めようとしていたのか!
「ゴルド!そいつら止めろ!!」
ウラロとの位置はゴルドが一番近い。戦闘に夢中だったゴルドはすぐに声に反応し、慌ててウラロを救い出そうとする。
「クソゴブリンが!ウラロを離しやがれぇぇ!!」
ゴルドは二匹のゴブリンに突進し、殴り倒そうとする。だが、彼の相手をしていたゴブリンがそれを許さず、ゴルドに掴みかかる。結果、ゴルドは押し倒され、ウラロとの距離が離される。
「ゴルド!...このっ!!」
レネはすかさず矢を引き、狙いを定めて放つが、彼女も疲労困憊。矢は僅かに外れて木に刺さってしまう。
俺は足の血管が切れるような痛みを感じるが、構わずに奴らに追いつこうとするが、ここでまたゴブリンが肉壁になる。
「クソが!邪魔だゴミ虫がぁ!!」
俺は目の前に立ちはだかったゴブリンを倒すが、連戦による疲れで、すぐに倒すことは出来ず、俺達の周りのゴブリンが全滅した時にはウラロの姿は消えてしまっていた。
「クソ....どうするベグド!ウラロが!」
「ま、待て!よく見ろあれを。」
俺は視界に入った物を共有すべく、指で地面に粉のように落ちている小さな光を指した。
それは金色に光る胡椒のような調味料だった。それが森の奥へと点々と続いている。
「ウラロの奴が辛うじて持たせていた奴を落としてくれているらしい。備えあれば憂いなし、持たせて置いて良かった...」
非戦闘員であるウラロやロワンが連れ去られた時、その後を追えるようにと以前から持たせていたものだ。
完全に見失ってしまったと思っていた俺達は安堵の息を吐きつつ、疲れ切っている身体にムチを打ち、ウラロの決死の痕跡を追っていく。
早歩きをしながら出来るだけ体力を回復させ、向かった先は小さな洞穴。中からは光が漏れ、女性らしき悲鳴が聞こえる。
すぐにウラロの声だと悟った俺達はすぐにその洞穴へ飛び込む。
そこには何本もの松明で明るさを保ち、合計五人のゴブリンとウラロがいた。ゴブリン達はウラロを取り押さえると、彼女の胸や跨ぐらをいやらしく触り、細長い舌を垂れ流しながら興奮していた。ウラロは泣き喚きながら必死に抵抗するが、それはゴブリンにとってはご褒美。無理矢理服を引きちぎり、肌が顕になっていく。
「この....このクソゴミカス野郎共がぁ!!」
幼馴染の憐れな姿に激高したゴルドは血管を浮かび上がらせながら突進し、それに続いて俺とレネも突入した。
疲れてはいたが、先程まで何十匹ものゴブリンを相手に生き残った俺たち。今更五匹程度に負ける訳もなく、奴らを皆殺しにしてやった。
ウラロの心情を表すかのような小さな火を灯す松明。その光は泣きじゃくりながら胸を隠して縮こまるウラロをハッキリと映す。
そんな彼女にレネとゴルドはすぐに近寄った。
「ウラロ、大丈夫?ごめんなさい...私が付いていながら....」
「お前だけのせいじゃねぇって。俺だって、アイツらに手こずっちまった。すまん、ウラロ。俺の上着着な。」
ゴルドはすぐに上着を脱いで、涙を流しながらお礼を言っているウラロに優しく掛けていた。ウラロが無事、それだけで十分だった俺は溜め息を吐いた。
「取り敢えず何ともなくて良かった...じゃあ、さっさと野宿出来る場所を探そう。あのゴミ共と戦ったせいでクタクタだ。」
俺はそう言って洞穴を出ようとするが、後ろで相槌の声もなければ付いてくる足音も聞こえない。不思議に思った俺は振り返ると、ゴルド達は幽霊を見るかのように驚愕して俺を見ていた。
「....何言ってんのアンタ?ウラロがこんな目にあって何とも無かった訳ないじゃない!!」
「はぁ?別に何処も怪我してねぇだろうが。ちょいと怖い思いをしたことは察するけど、たかがそれだけだろ?寝れば忘れる。」
俺が正論を言ってやったら、何故かゴルドは頭に血管浮かび上がらせながら近付き、俺の胸ぐらを掴みやがった。
なんなんだ?その目。まるでゴブリン達を見てるかのような目は。
「なんだよ、離せよゴルド。」
「ふざけんなよ...ウラロは強姦されたんだぞ!?寝れば治るって、冗談でも笑えねぇよ!!」
「じゃあ逆に言わしてもらうが、強姦されたからと言って何か不都合でもあるのか?戦闘出来なくなる重症を負うのか?
強姦なんて、普通にセックスするのと変わんねぇだろ。怖い思いするかどうかの違いだろ?
たかだか行為の一つで気負いしすぎなんだよ。そんなの気にして明日に響いたらどうすんだ?」
俺が諭してやると、ゴルドは言い返せないのか歯ぎしりをするだけだった。そんな単純な事しか考えられないから、俺がリーダーやってんだ。今までお前達を引っ張ってやったのもこの俺、そんな俺に偉そうに指図すんなよ。
「俺達の今の目的忘れんなよ。ロワンを連れ戻せなくちゃ、強姦どころの騒ぎじゃないんだぞ?ふざけた事で喧嘩して、体力も気力も消費させたらいざって時に頭も身体も動かない。
とにかく、お前は疲れてんだ。俺も疲れたし、さっさと休もう。」
俺の言ってる事を理解出来たのか、ゴルドは俺から手を離した。ただ、それでも表情は変わらず何故か怒ってる様子だった。ゴルドは連戦で疲れて正常な判断が出来ない。そんな時に皆を諭すのが、俺の役目、面倒で辛いな。
そこで俺はふと、ウラロと目が合った。彼女の目付きは助けてやった感謝を伝えるのではなく、俺を親の仇のように睨む目付きだった。
ゴルドとは過去に何度か喧嘩したことがあるから慣れているが、ウラロにこんな目をされるのは初めてだった。
ふざけなよ...何キレてんだ?助けてやっただろうが!大体、お前は俺と寝た時は気持ちよさそうに腰振ってたじゃねぇか!処女って訳でもないのに、正論ぶつけられたからって逆ギレすんじゃねぇよ!
俺は仲間に対して理不尽な目線をぶつけられ、抑えていた苛立ちが少しだけ表情に現れるのだった。