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5 調査開始

 アルタニア帝国とダルニール王国の間には、海が広がっている。かつては大小様々な島を足がかりに戦争が行われていたが、停戦条約の締結後は両国の騎士団が互いを監視する程度にとどまっている。行き交う船は戦艦から貿易船や客船へと変わり、歴史上では稀な平和が訪れていた。


 ジェラールによって護衛の一人にされてしまったテオドールは、正規の護衛と共に王国を訪れた。先に現地入りをして警備計画を立てるためだ。


 飛び入り参加をすることになったテオドールに対し、護衛たちは真っ先に実力を疑ってきた。無理もない。魔術の知識と腕を買われ、臨時で雇われたと説明し、実際に結界を見せることになった。多少の攻撃では壊せないことが証明されてからは、過剰な期待を寄せられているが、仕事を妨害されるよりはいい。


 国境に最も近い島までは転移の魔術で移動し、船と馬車を乗り継いで王都に到着した。道中は一定の治安が保たれており、王国内に漂う魔力を観察するしかやることがなかった。魔術面の妨害もない。


 おそらく戴冠式が終わってジェラールが出国するまで、安全が保証されるのだろう。各国から招待した客人に、新たな王の誕生と強大な王国を見せつける目的もあるのだ。不穏分子は徹底して潰しているはずだ。


 訪れた王宮では、事前に連絡がなされていたこともあり、問題なく内部へ通された。


 案内された客室は、王宮の離れにあった。王国の繁栄を見せつけるかのように、財を凝らした調度品が集められている。飾られた絵一枚だけでも、平民の年収を軽く超えるだろう。


 この離れに宿泊するのは、帝国の人間だけのようだ。戴冠式の前には王国との会談も予定されており、外交関係者も含まれている。大所帯だから、まとまった場所に部屋数を確保できる離れが用意されたのだろう。警備をする人間としても、部外者が近づきにくい独立した建物というのは守りやすい。


 テオドールは眼鏡を外して、室内の点検を始めた。不審物などは正規の護衛に任せ、漂う魔力から罠の有無を調べていく。王国側も帝国と揉め事を起こす気はないようで、怪しいものは発見されなかった。最後に盗聴防止の魔術を部屋にかけ、初日の仕事が終わった。


 他の護衛は、戴冠式が行われる玉座の間までの経路を調べたりと忙しい。期待されている役割が違うので、テオドールが彼らと同じことをする必要はない。点検をするふりをして離れにいる使用人を探ってみたが、いずれも魔力に特徴は見られなかった。


 ――そう簡単に見つかるわけねえよな。


 訪れたばかりのテオドールが発見できる場所にいるなら、とっくに王国人が見つけているだろう。


「庭を見て回っても構わないだろうか?」


 部屋の外に控えていた王宮の使用人に声をかけると、高い生垣の内側なら自由に歩いても構わないと、すぐに返事があった。離れの窓から見える庭もまた、帝国から来た客に許された行動範囲らしい。


 庭に降りると、案内と称して一人の使用人がついてきた。


 癖のある黒髪をした若者だ。王国が統治する領土には、彼のように褐色の肌をした民族がいる。女好きのする顔立ちが好まれて採用されたのだろう。


「見事な庭でしょう? この国ではバラの品種改良が盛んなんです」


 若者はテオドールを庭の奥へ誘うように声をかけてきた。巡回している衛兵の前を通り過ぎ、バラの品種について説明を始める。


「開花の時期ではなかったことが悔やまれるな。咲いていれば、さぞ見応えがあっただろう」


 拙い王国の言葉で感想を述べると、若者は意味ありげに微笑んだ。


「初めまして。ボスから聞いてますよ」


 聞こえてきたのは訛りがない帝国語だった。衛兵の前で案内人らしく振る舞っていたのは、説明をするふりをして人気がない場所へ連れていくためだったのだろうか。


「協力者か」

「スパイってやつですよ」


 若者はあえて名を名乗らなかった。ここではお互いに偽名を使っている者同士だ。顔さえ分かれば、残りの個人情報は必要ない。テオドールは事前にジェラールから教えられた符牒を言い、己の身分を明かす。


「俺はただの平民だから、敬語は要らない」

「潜入中は常に演技をしていないと、スパイだってバレやすくなるんです。ここではブラッドって名前の、女にだらしない使用人ですよ」


 ブラッドはいかにも軽薄そうな笑みを浮かべた。火遊びが好きな女性が寄ってきそうな顔だ。


「平民ってことは、その騎士様らしい喋りかたは演技ですよね? 違和感がなくて驚きました」

「一人だけ騎士じゃない護衛が混ざっていたら、目立つからな。そちらと同じく、常に演技をしていないと素性がバレそうだ。申し訳ないが、このまま通させてもらう」

「王族を護衛してるのは、最低でも騎士爵持ちのエリートですからね。平民出身者もいますが、礼儀と言葉遣いは真っ先に修正されるって聞きました」


 王国の人間でも知ってますとブラッドが付け足す。帝国へ戻るまでは、気が抜けない生活が続きそうだ。

 お互いの事情を明かした後は、すぐに本題に入った。


「形見の品を見つけたの、俺です」

「どこにあった?」

「魔術の鍵がかかった倉庫。探るのは止めたほうがいいですよ。無関係な人が入ろうとすると、古式ゆかしい防衛魔術が発動しますから」


 ダルニール王国は魔術大国だ。豊富な魔力と卓越した魔術で外敵を退け、時に侵略して領土を拡大していった。同盟国には魔術を売ることもあり、表立って敵対する国はいなかったとまで言われている。


 王国が売る魔術は、彼らが使っているものより劣化させて威力を弱めてある。それでも十分な恩恵を感じられるほど、抜きん出て完成されたものだった。


 新しい魔術理論が発見されるまで、王国は世界の中心として君臨していた。


 外国――特にアルタニア帝国では、王国式の魔術は絶滅しかかっている。とはいえ、世界から王国式の魔術そのものが消えたわけではない。防御に優れているので、今も国境付近の砦や金庫で活躍していた。


「形見は貴金属と短剣だったらしいな」

「貴金属は未公開の肖像画に描かれているものと同じ。短剣の見た目は木製。柄と鞘が一体化していて、一目で実戦用じゃないとわかる作りです」

「この国では子供の成長を祝う品として、木彫りの短剣を贈ると聞いたが」

「よくご存知ですね」


 ブラッドはさして驚いた様子もなく言った。


「そんな風習もありますけどね、王族はしないんですよ。木彫りの短剣なんて贈り物は。男子が産まれたら、本物の剣で祝福しますから。じゃああの短剣は、誰が何のために用意したのかって話になりますよね?」

「短剣の大きさは?」

「だいたい、これぐらい」


 ブラッドが両手で長さを表した。


「この国で流通している、一般的な短剣よりも一回り大きい」

「木彫りの短剣の内部に、父親の血筋を証明する品が入っていると?」

「さすが、話が早い」


 ニヤリと笑うブラッドは、テオドールに離れへ戻るよう促した。あまり長く密会していると怪しまれる。


「形見は俺が回収します。ボスにもそう命令されているので」

「子供について、判明していることは?」

「王宮に出入りできる貴族じゃない。その貴族の近くで働いてる使用人でもないってことぐらいですね。お手上げです」


 年齢も性別も不明。人質代わりの呪物から離れられる距離を考慮すると、王宮内にいることは間違いないらしい。


「呪物を作られて王宮に縛りつけられているのは、底辺の労働者ですよ。重労働だから、逃亡者が出やすい」

「奴隷に近い待遇で働いている使用人が怪しい、と」


 訪問したばかりのテオドールが接触するのは難しいだろう。


 離れに戻る間、ブラッドは先程まで喋っていた帝国語など忘れたかのように、訛りがない王国の言葉に戻っていた。無意識で外国人を未開の国から来た蛮族と見下す態度も忘れない。呼吸をするよりも自然な切り替えに、テオドールは内心で驚いていた。ジェラールが彼を潜入させた理由がよくわかる。


 翌日の昼過ぎ、ジェラールが王宮に到着した。自分の屋敷にいるかのように寛ぎ、先行して現地入りをしていた護衛から、簡単な報告を聞いている。テオドールはまだ報告できるほどの十分な情報を得ていなかったので、挨拶だけにとどめておいた。


 頃合いをみて王宮内を探ろうと計画していると、部屋付きのメイドがシーツの予備を持ってきた。飾りが多いメイド服を着ているので、接客のために雇われた者だろう。国は違っても貴族の近くで働く使用人は、見栄えがする格好をしている。


 護衛のテオドールに、興味がありますという態度で話しかけてきたのは、ハニートラップの一種に違いない。そう考えたテオドールは、シーツを受け取って部屋の外へ追い返した。ジェラールの身の回りのことは、随行した使用人が全て行う予定だ。王国側の人間に協力してもらうことは、恐らくないと思われる。


「君、容赦なく追い返したな」


 黙って見物していたジェラールが面白そうに言った。


「警備の邪魔と判断しただけです。それより、ブロイ卿に報告したいことが」


 テオドールは一番上に重ねてあったシーツを見せた。


「わずかですが、魔法が使われた形跡があります」

「効果は?」

「洗濯物の汚れを落として、乾かすだけですね」

「……それは愉快だ」


 予想外の答えだったのか、ジェラールは一瞬だけ呆けたように止まった。すぐに元の余裕を取り戻して笑う。


「その程度の魔術なら、使える使用人がいてもおかしくないだろう? ここはかつて魔術の中心だった」

「彼らが使う魔術とは、気配が違います。帝国の魔術式に近い。それに王国では、魔術は特権階級にだけ開かれています。教育を受けられないはずの使用人が扱っていたら、まず問題になるでしょう」

「この国の魔女は徹底的に排斥されたことになっているからな」


 テオドールは肯定した。王国式の魔術以外は異端とされ、違反者を魔女や悪魔と呼んで弾圧した歴史がある。この魔女狩りで、王国の民間魔術は消滅したと言われていた。


 運よく見つからずに生き延びた魔女もいるはずだが、目撃情報は全くない。苛烈だった時代が再び巡ってこないよう、息を潜めているのだろう。


「王国の魔術師たちは、大掛かりな魔術には敏感ですが、小さな変化には疎い。扱う魔術が戦争向けに特化しているせいです。敵の攻撃を察知して、防御することを重要視してきましたから。だから白色を灰色に見せるような、取るに足りない魔術には見向きもしない。使用人が魔術を使えるわけがないという先入観もあって、攻撃してこない魔術には関心が薄いんです」


 少量の魔力で姿を変えている使用人がいても、気がつかずに見逃していると考えられる。


「シャルロット皇女は魔術の心得がありましたか?」

「最低限ではあるが、身を守る(すべ)を知っていた。子供の頃はいたずらに使っていたこともあったな」

「王太子が魔術を扱っていたかどうかは知りませんが、知識はあったでしょうね」


 ジェラールはシーツに残された痕跡を探るように、じっと見つめた。


「この魔術を使った者が、我々が探している子供だと思うか?」

「現時点では分かりません。魔女の末裔である可能性も否定できない。ですが先ほども申し上げた通り、帝国の魔術式の特徴と似ている。この国で正式採用されている魔術なら、もっと違う痕跡になったはず。王太子夫妻と使用者の魔力の特徴を知ることができれば、血縁関係があるのかを推測できますが……」

「つまり浮気を隠している者は、君から逃げなければいけないわけだ。黙っていても、己の魔力で親子関係が明らかにされてしまうからね」


 愉快だとジェラールが笑う。


「笑い事ではありませんが」

「いや、浮気者にとって君は天敵なんだなと思っただけだ」

「相手の魔力を探るのは、あまり好きではありません。できることなら、使わないことを願っています」


 比較するためには、対象者の魔力を自分の内側に取り入れないといけない。魔術で加工された状態とは違う。他人の純粋な魔力は、体が異物と判断して排出しようとする。そんな反応をねじ伏せて内側に留めておくのだ。体調に異変が起きないわけがない。


 特に相性が悪い魔力だと、触れた途端に吐き気がする。万策尽きてなりふり構っていられない事態でなければ、存在すら思い出したくない。相性が良ければ心地よさを感じると言われているが、検証する気になどなれなかった。


 ――簡単に見つかってくれるといいが。


 捜索の糸口さえ見つからない状態だ。希望通りの展開にはならないことだけは感じていた。

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