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底辺ランドリーメイドが幸せになるまで  作者: 佐倉 百


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45 襲撃者と過去

 ハンスの透けた背中を見ながら歩いていると、現実なのか夢の世界なのか分からなくなってくる。クレアは握りしめた手の痛みでしか、両者を区別できなかった。


 客室へ案内されている間、クレアとフェルは黙ったままだった。


「こちらがクレア様のお部屋でございます。ベルを鳴らしていただければ、すぐに参ります」

「案内ありがとうございます」

「フェルディナント様は、いつもの部屋にお泊りください」

「うん。ありがとう。案内はもういいよ。場所は知ってるから」


 ハンスは使用人らしく一礼をして、その場で消えていった。


「……不思議なお城ね」


 ここへ入ってから、人間の使用人を見ていない。楼門で橋を上げ下げしていたのも、幽霊だったのだろうかと思った。常に夢を見ているような心地になる。


「クレアさん、怖くない? ハンスたちは人間の使用人と同じように、勝手に客室に入らないからね。廊下とか庭では自由に動き回ってるけど……」

「大丈夫よ。最初からそういう存在だって知ってたら、怖くないわ」


 姿が見えない使用人と思えば、恐怖心は全くなかった。王宮やジェラールの屋敷で働いていた経験で、彼らの行動も予想がつく。


「フェル君。さっき聞いた吸血鬼のことなんだけど……実在しているのよね?」

「うん」

「色々と聞いてもいい?」


 フェルは口を開きかけたが、すぐに困った顔になった。


「……ごめんね。そういう話はしないように言われてるんだ。うっかり話しちゃいけないことまで言うかもしれないから。父さんかテオに聞くのがいいと思うけど、クレアさんが知りたいことを教えてくれるかどうかは分からない」

「そう……」


 力になれなくてごめんね――フェルはそう言って母親がいる部屋へ去っていった。

 クレアは客室に入り、窓辺に近いイスに座った。


 日当たりがいい客室には、柔らかな光が入ってくる。静かな室内に一人でいると、不安ばかりが増えていった。

 アルブレヒトはテオドールが生きている確信があるようだが、クレアにはそれを確かめる術はない。


「諦めたら駄目よ、私」


 与えてもらうのを待つのは楽だ。現状を受け入れて流されるままでは、何も変わらない。テオドールのことを知りたいなら、自分から動かないと意味がない。


 もう一度、アルブレヒトに会えないだろうか。ハンスに取り次いでもらえるよう頼んでみようとしたとき、誰かが扉を叩く音がした。


「クレア様、お休み中のところ申し訳ございません。主人がお呼びです」


 ハンスの声だ。扉を開けると、先ほどのように透けた体で立っている。出てきたクレアの返事を聞くことなく、背を向けて歩きだした。


 彼にとって客人の都合よりも、アルブレヒトの命令が上なのだろう。もしクレアが主人の意に沿わない行動をすれば、敵意があると判断するかもしれない。


 黙ってついていった先は、先ほどの中庭だった。


「呼び出して悪いね。フェルディナントから、私に質問があると聞いたが。先ほどの続きだろう?」


 フェルは自分が答えられない代わりに、アルブレヒトと会うきっかけを作ってくれたようだ。


 ――帰ったら、フェル君の好きな料理を作ってあげよう。


 今は心の中で感謝するだけにとどめ、クレアは聞きたいことを整理した。


「まず、吸血鬼について教えてください」

「そう難しい話ではないさ。古い時代に、人間の中から少しだけ強い個体が生まれたというだけの話だ」


 とある地方に疫病が流行したあと、魔力が多い子供が産まれるようになったそうだ。月日が流れるうちに異端さが顕著になり、やがて地方を治める権力者になっていった。


「人数が増えると、やがて方針に差が出てくる。特に支配者層は顕著だった」


 異能を使って勢力圏を広げようという一派、軋轢となる前に力を隠して人の中で暮らそうとする一派、どちらも選べずに中立を選んだ少数派に別れたそうだ。


「勢力圏を広げていた派閥――純血主義を尊び、普通の人間を支配していた者たちは、過激な行動が仇となって人間の敵となった。これが吸血鬼の正体だ。血を吸うと言われているのは、他人から魔力を奪う行為が、そう錯覚させた結果だろうな」


 純血主義者たちは大多数の人間を敵に回したことで、討伐されていったそうだ。生き残っているのは、ほんの数人だろうとアルブレヒトは言った。


「人の中で隠れ住む一派は、人間の理解者と混血を繰り返して力を弱めていった。このまま世代交代が進めば、吸血鬼という存在は伝承の中でのみ語られる存在となる」

「その生き残っている人たちは、どうしてリヒターさんを狙っているのでしょうか」

「純血主義者にとって、裏切り者の家系だからだよ。弟子の祖先――私の身内でもあるのだが、最初は勢力圏を広げることに賛成していた。ところが、同じ人間のはずなのに力を持たない者を一方的に踏みにじって支配するやり方に、疑問を持ったのだろう。離反して、人間の中に戻ることを選んだ。それが純血主義者には許せなかったらしい」


 それ以来、生き残った純血主義者は裏切り者と断定した者たちを探して、始末している。彼らの異能に近い痕跡を見つけると、使用者を特定して襲いかかってくるそうだ。


「もう何年も前のことなのに、今も恨みが続いているのですか?」

「吸血鬼は人より少し長生きで、異能を持つ子も生まれやすい。もっと長い時間をかけないと、争いの記憶は風化しないのだ。お嬢さんは王国の生まれだから、知らなくても無理はない。あちらは魔女や人狼の生息域だからな」


 時間だ――アルブレヒトは立ち上がって、中庭の中央へ歩いていく。彼が進む方向の景色が歪み、人らしき姿が見えた。


「……リヒターさん?」


 歪みから出てきたテオドールの右肩が赤く染まっていた。支えを失ったかのように膝から崩れ落ち、浅い呼吸を繰り返している。真っ赤に変色した瞳は綺麗だったが、同時に正体がわからない恐ろしさも表しているようだった。


 初めて見る傷ついた姿に戸惑いながら、クレアはそばに駆け寄った。


「仕留めたのか」

「まだだ。完全にとどめを刺すには魔力が足りない。檻に閉じ込めてる」


 ふらつきながらも立ち上がったテオドールは、クレアに気がついて露骨に目を逸らした。


「あの……」

「今は近寄らないでくれ」


 テオドールは居心地が悪そうに距離を取り、感情が読み取れない声で言う。嫌われているのだと思わせる、冷たい態度だ。


「動けるようになるまで、休憩する」

「相手が回復する前に終わらせるのか。その体で?」

「簡単に諦めてくれる相手じゃないだろ。仇敵を見つけたら、どちらかが死ぬまで襲ってくるのは、お前が一番よく知ってるくせに。お互いの潜伏先を知った時点で、殺す以外の選択肢はない。俺も、あいつらも」


 吐き捨てるように言ったテオドールは、クレアを見ないまま通り過ぎた。


 ――怪我の治療、しないと。でも。


 動けなかった。なぜかテオドールのことが危険な存在だと思えて、足が動かない。クレアは鳥肌が立つ両腕をさすった。


「お嬢さんは部屋に戻りなさい。今日は弟子と会わないように」

「なぜですか」


 背後からアルブレヒトの声がする。

 クレアはテオドールが去っていった方を向いたまま、振り返らなかった。


「知ってどうする? 弟子に同情でもするか?」

「リヒターさんは、いつも私を助けてくれました。与えられるだけで何もお返ししないなんて、私は自分が許せなくなります。だから、いま私にできることがあるなら、教えてください」

「知識はなくとも本能は察しているようだ。弟子の姿を見て、震えが止まらないのだろう? その状態でできることなど無いと思うが」


 手を強く握ると、震えは少しだけましになった。


 アルブレヒトが指摘する通り、クレアは弱い。だが怖いからといって引き下がりたくなかった。逃げ続けても事態が好転することはないのだ。


「私に色々なことを教えてくれた先生がおっしゃっていました。知って、正しく怖がりなさいと。正体を知らないものを恐れてはいけない、無知であることを放置したまま怖がるのは、恥ずかしいことです」


 クレアは振り返ってアルブレヒトをまっすぐ見つめた。


「魔力があれば治りますか?」

「弟子に恨まれても事実を知りたいのか」

「私自身がどう思われようと関係ありません。リヒターさんが生きていることが重要なんです」


 アルブレヒトは黙ってクレアを見下ろしていたが、やがてハンスを呼んだ。

 うっすらと現れたハンスに、案内しなさいと命令する。


「弟子のところだ。お嬢さんを連れて行きなさい」

「かしこまりました」

「お嬢さんの推測通り、魔力があれば傷は治る。だが弟子が受け入れるかどうかは別だ。あれは己の中にある力を嫌っている。力に頼らなければ、目的が達成されないことも知っている」


 こちらへどうぞと促されたクレアに、アルブレヒトが言った。


「もしかしたら、君が相討ちを防ぐ首輪になるかもしれないな」

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