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底辺ランドリーメイドが幸せになるまで  作者: 佐倉 百


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43 訪問者2

 冷たい風が首筋をなでた。クレアは両腕をさすって辺りを見回した。


 強引に魔術で転移させられたのは、どこかの森の中だった。スールズよりも気温が低い。風で木々がざわめいている。鳥や獣の気配はなく、どこか陰鬱だった。


「クレアさん。寒くない?」


 心配そうなフェルの声で、一人ではないと思い出した。


「大丈夫よ。私ね、スールズよりも寒いところに住んでたから」


 王宮で着ていたメイド服は、丈夫なことだけが取り柄だった。重ね着をしても寒かったことばかり覚えている。今クレアが着ているのは軽くて温かい。急に寒いところへ放り出されてしまったが、凍えてしまうほどではなかった。


 フェルはクレアの前に立って、森の先を指差した。


「ここから少し歩いたところに、安全な場所があるから。そこまで来てくれる?」

「ええ。案内、お願いね」


 木の根が隆起する森は歩きにくかった。フェルはときおり後ろを振り返って、クレアが歩く速さに合わせてくれる。迷惑をかけたくなくて、攣りそうになる足を動かした。


 どれだけ歩いたのか分からなくなってきたころ、森の先に白いものが見えてきた。近づくにつれて壁だと見分けられるようになり、同時に大きさに圧倒される。


「お城……?」


 ジェラールの屋敷よりも大きく、尖った形の屋根が特徴的だった。人の姿は確認できない。クレアたちが近づいても、訪れる者を拒絶しているかのように静かなままだ。


 高い壁の手前は広い堀になっていた。底は見えない。城へ入るための跳ね橋は高く上がっている。ここは戦うための要塞を兼ねているのだろう。余計な装飾や無駄を無くした、洗練された美しさがあった。


 フェルは橋の手前まで来てから、テオドールから預かった鍵を掲げた。頭の上で振り、対岸にいる誰かへ合図を送る。楼門の屋上に小さな光が点滅したかと思うと、跳ね橋が音をたて、ゆっくりと降り始めた。


「クレアさん。ちょっと変わった場所だけど、安全だから。驚かないでね」


 橋が半ばまで降りてくると、楼門にある落とし格子も動き始めた。何人の人間が門の仕掛けに携わっているのだろうか。橋も落とし格子も、見ただけで重さが推測できるほど立派だ。


 下まで降りた橋を渡り、門をくぐると、今度は鎖が巻き取られて橋が上がっていく。


 楼門を通り過ぎると、また分厚い壁があった。クレアたちがいるのは、外壁と城の間だろう。フェルの後ろから曲がりくねった道を進み、城の内部へ続く門へ到着した。


 門は開いていた。楼門にいた誰かが知らせてくれたのだろうか。門から一歩外へ出たところに、誰かが立っている。その体に違和感を覚えたとき、フェルが大丈夫だと言った。


「普通の人間と同じように接していれば、攻撃されないから」


 一見すると執事の服装をした若者だ。だがその体は半透明で、反対側の景色が朧げに見えている。執事は穏やかな表情でクレアたちを待っていた。


「お帰りなさいませ。お客様も、ようこそおいでくださいました」


 執事はハンスと名乗った。フェルによると一世紀以上は城で勤めているそうだ。


「父さんはいる?」

「ええ、しばらく前から滞在なさっておられます。ご挨拶なさいますか?」

「うん。案内をお願い」

「かしこまりました」


 ハンスの受け答えは人間と何ら変わらない。だがクレアは驚きが勝って話しかけられなかった。攻撃されないというフェルの言葉も気になる。


 城の中に入ると、フェルが前もって忠告してくれた理由がわかった。

 廊下の端で、箒が勝手に動いて掃除をしている。

 窓を拭いている布巾はクレアたちが近づくと、目立たないように床の近くまで落ちた。


「あれは低級の霊だよ。姿を見せられるほどの魔力を持ってないんだ。意思も弱くて、上位者に使役されてる」

「ここでは幽霊が仕事をしているのね。じゃあ、ハンスさんも?」

「うん。ハンスぐらい強くなると、よく見えるようになるんだ。ここにいる霊を取り仕切っているよ」

「凄いのね」


 仕事と霊としての階級の高さに感心すると、ハンスは誇らしげに微笑んだ。


 案内されたのは天井が高い部屋だった。丸いステンドグラスと部屋の奥が数段高くなっているので、城主専用の礼拝堂として作られた場所なのかもしれない。祭壇を設置する場所には、なぜか棺が置かれていた。


 棺に向かって長身の男性が作業をしている。光る文字が現れては、砂のように下へ崩れ落ちていく。


 フェルは入り口付近に止まったまま、作業を見守っていた。ハンスも主人に声をかけようとしない。クレアは邪魔をしないよう、二人から下がったところで沈黙していた。


 やがて作業が終わったらしい男性が、こちらを振り返った。輝くような金髪と、顔立ちがフェルに似ている。


「おや。我が弟子ではなくて、息子だったか。どうりで霊が喜んでいるわけだ」


 落ち着いたというよりは、どこか浮世離れした声だった。目の前にいるクレアたちへ喋っているのに、もっと遠くを見ている印象だ。

 男性はフェルに、おいでと言って招いた。


「新しく見つけた薬草が効いているようだ。外の音に反応するようになってきた。ああ、そちらのお嬢さんも会っていくといい」


 どこか緊張しているフェルと一緒に、クレアは棺へ近づいた。


 男性の口ぶりから予想した通り、棺の中で女性が眠っている。頬や唇は血色が良く、ただ目を閉じているだけのようにも見える。彼女のほうがフェルと似ていた。年齢で判断すると、フェルの母親だろうか。


 男性は彼女の頬にかかる、柔らかそうな髪をそっと払った。


「挨拶ができなくて申し訳ないね。彼女は眠り続ける奇病にかかってしまった。有効な治療法が見つかるまでは、生命維持のために魔力を注ぐことしか対処できない。今はね」


 定期的に大量の魔力を必要とするため、男性はなるべく彼女の近くにいなければいけないそうだ。


「場所を変えようか。疲れた」


 返事を聞かずに、男性は部屋を出ていく。クレアは名残惜しそうなフェルと後を追った。


 いつの間にかハンスの姿がない。城の中で働いていると思われる、他の霊も見当たらなかった。主人の前には出てこないようにしているのだろうか。


 中庭へ出た男性は、茶器が用意されたテーブルへ向かった。用意されているイスは三脚。その一つに男性が座ると、ハンスが現れて紅茶が入ったポットを持ち上げた。


「まずは自己紹介でもしようか。アルブレヒト・ラルフ・フォン・オーベルシュタット。大層な名前がついているが、高貴な者への礼儀は不要。隠遁している身だからね」


 クレアたちが席につくなり、アルブレヒトは灰色がかった赤い瞳をこちらへ向けて名乗った。こちらの内心まで見透かすような、強い視線だ。なぜかテオドールが目の前にいるように思えてしまい、クレアは膝の上で両手を握りしめた。


 クレアが名乗ると、アルブレヒトはフェルと二人で城を訪問した理由を尋ねてきた。


「転移の魔術を使ったのは弟子か? 何があった」

「急に鳥のようなものが襲ってきたんです」


 襲撃してきた生き物をクレアが説明し、鍵を渡されたところからフェルが続けた。聞き終えたアルブレヒトは生き物の正体を知っているのか、特に驚いた様子は見せなかった。


「お嬢さんは、なぜ弟子の家にいた? あれが他人を自宅に滞在させるのは珍しい」

「ある方からの依頼です。私を護衛するようにと」


 どこまで教えてもいいのだろうかと迷いつつジェラールの名前を出すと、アルブレヒトは納得した顔でうなずいた。


「ブロイの小倅か。元は私に来ていた依頼だろうな。弟子が引き受けたのなら、問題ない。むしろ壊すしかできない私よりも、上手く立ち回るからね」


 アルブレヒトはクレアの髪飾りに視線を移した。


「弟子がついに相手を決めたのかと思ったが、私の早とちりだったようだ」

「相手とは?」

「弟子に魔術の知識を分け与えるときに、いくつか約束をした。弟子がお嬢さんに喋らないことを選んだのなら、私はそれを尊重しよう。打ち明ける時期ではないのか、それともお嬢さんが適任ではないのか、判断がつかない」


 他に聞きたいことはあるかとアルブレヒトは言う。

 クレアは焦る気持ちを抑え、襲撃してきた生き物について尋ねた。


「使い魔だ。執拗に弟子の命を狙う、因縁の相手がいる。異能が使われたことを察知して放ってきたのだろう」

 不思議そうな口調とは逆に、アルブレヒトの表情はほとんど変わらない。

「異能?」

「弟子は仇敵を確実に仕留めるために、慎重に準備していたはず。見つかるようなことは避けていたはずだ。フェルディナント、魔眼を連続で使うようなことでもあったのか?」


 静かに紅茶を飲んでいたフェルが顔を上げた。クレアに向かって申し訳なさそうな顔をしてから、言いにくそうに告げる。


「その……たぶん、クレアさんの出自を誤魔化すために使ったんだと思う」


 血縁関係を調べられたくなかったのだとフェルが説明した。


 ――工房に王国の特使が来たときね。


 ブロイ公爵の屋敷へ行く直前、テオドールが使ったのが異能だったのだろう。テオドールの灰色の瞳が赤みがかって見えたのは、気のせいではなかった。


 クレアと関わらなければ、異能を使わずに済んだ。自分の存在が、災いを引き寄せたのだとしか思えない。助けてもらった恩を返すどころか、足を引っ張ることになっている。


「過ぎてしまったことは仕方ない。弟子も即座にやられることはないだろう。あれは頑丈だからな。魔獣の群れに放りこんでも、生きて帰ってくる」


 アルブレヒトは淡々と述べた。その冷静な声は、クレアにとって罵倒されるよりも辛かった。


「この場で弟子のことを案じていても意味がない。二人は弟子が迎えに来るまで、ここに滞在するといい。ハンスに部屋まで案内させよう」

「父さん」


 フェルはようやくアルブレヒトを呼んだ。

 感情が凪いでいるように見えたアルブレヒトの瞳が、わずかに揺らいで見えた。


「母親のところへ行きたいなら、そうしなさい。でも触れてはいけないよ。あの奇病は感染る」

「うん。ありがとう」


 許可をもらえたフェルは素直に微笑んだ。


 はっきり紹介されていないが、フェルとアルブレヒトは親子だろう。母親の病気が原因で離れて暮らしているせいか、見えない壁のようなものがある。遠い親戚だというテオドールのほうが、よほど家族らしい交流をしていた。


「あの……最後に一つだけ、よろしいでしょうか?」


 クレアは思い切って自分からアルブレヒトに話しかけた。


「リヒターさんの敵というのは、やはり魔術師ですか?」

「ある意味では正しい」


 アルブレヒトは曖昧な言い方をした。


「人間より長く生き、血に関する魔術に長けている。魔力さえあれば傷も癒せる。昔は過激な純血主義者が暴れていた時代もあったが……今では伝承の中に名を残すのみとなった」


 そこで区切りを入れたアルブレヒトは、憂鬱げに紅茶が入ったカップを持ち上げた。


「不死者の王、宵闇の貴族――彼ら自身はそう名乗っているが、霧の都から来たお嬢さんには、吸血鬼という名称が分かりやすいだろうね」

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