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底辺ランドリーメイドが幸せになるまで  作者: 佐倉 百


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41 元通り

 ダルニール王国の特使と会った数日後、今度は工房にしゃれた格好をした男が訪問してきた。火遊びが好きな女性が好む顔立ちと、癖がある黒髪に見覚えがある。


 男は物珍しそうに工房を見回し、テオドールに気がつくと、人懐っこい笑みを浮かべた。


「お久しぶりです。俺のこと、覚えてます?」

「ブラッド」

「今はシリルと名乗ってます。以前の名前は忘れてください。王国の奴隷から、ブロイ公爵の飼い犬になりました。いや、戻ったと言うのが正しいのかな?」


 王国で活動していた密偵は、あっさりと新しい身分を明かした。


 また余計な知識が増えてしまった。ブロイ公爵に関することから距離を置きたいのに、向こうはテオドールを解放する気がないらしい。


「ここへ来たのは、公爵から仕事でも任されたのか」

「仕事が半分、個人的な用事が半分です」


 シリルになった男は声をひそめた。


「交渉の結果、王女はやっぱり死産だったということで片付きました。国王が出した暗殺命令は、もともと表に出ない類のものでしたから。そのまま無かったことにするつもりのようです」


 クレアを調べても王族である証拠は出てこなかった。さらにジェラールに弱みを握られたとあっては、引き下がるほかない。


 さらにジェラールは帝国に潜んでいた密偵を帰国させたそうだ。王国がどう動こうと、望んだ結果にさせないという伝言だろう。力関係が如実に現れている。


「俺は五年契約で王宮に雇われてました。目的だった王女も見つけたし、帰国命令も出てたので帰ってきたんです。ちょうど契約更新の時期と重なってましたから、たぶん使用人連中は気がついていないでしょう」

「帝国は無傷か。喧嘩を売った相手が悪かったな」


 交渉に慣れているジェラールだからこそ、クレアの件を一任されていたのだ。手を出してきた敵を望んだ方向へ叩き落とす手腕は、近くで見聞きしていると恐ろしくもある。


 だからといって味方にしたいとも思わない。できることなら、知らないまま無関係でありたかった。


「一部の密偵は帰しましたが、まだ数人は王国の指示を探るために残しています。油断しないでくださいね。護衛の仕事も継続ですよ。公爵……というか、帝国の方針としては、彼女にはこのまま目が届く範囲で生活していてもらいたいようですが」

「ああ、そんなこと言ってたな。クレアも貴族的な生活には全く興味ないみたいだし、いいんじゃね? 時間をかけて赤の他人だと認識させるのが最適解なんだろうよ」


 クレアから余計なことをしなければ、ジェラールたちに消されることはないと思われる。


 幸い、スールズは多民族都市だ。下町にも外国から来た職人が何人もいるし、彼らの血を引く帝国人は珍しくなかった。よそから来た人間が一人増えても、大多数の者には気づかれない。


 それに近所の住人に受け入れられているクレアなら、おそらくどこへ行っても大丈夫だろう。


「それにしても……本当に騎士様じゃなかったんですね。普段の態度もあまり変わらないような?」

「いや、だいぶ違うだろ」


 規則だらけの騎士と下町の職人では、緊張感がまるで違う。

 シリルは口調しか変わってませんよと言って、作業台に懐中時計を置いた。


「じゃあ、ここからは私用ということで。それ、売ったらいくらぐらいになりますかね?」


 テオドールは時計の状態を順番に確認していった。


「期待はできないな。外側の材質が安物で、装飾がほとんどないだろ? 製造元が中流層向けに作ったものだ。製造番号が初期のものじゃない。人気が出て追加で製造したころの数字だな」

「へえ。見ただけで、そんなことまで判別できるんですか」

「単純に製造数が多いと、修理に持ちこまれる数も増える。何度も見れば、嫌でも覚えるさ」


 時計は保存状態が悪かったのか、表面に目立つ傷がついている。本体とチェーンを繋ぐ部品も、取れかけてぐらついていた。


「どこかに引っかけたか? あまり良くないな」

「若気の至りで乱闘になって、その時に。いい値段がつくなら、それを売って新しいものを買いたかったんですけどね」

「買えないこともない。時間を知るだけでいいなら、低価格のものがある」


 外側の装飾や部品の素材にこだわらなければ、売った金に少し足せば新しいものが買える。希望するなら取引に応じると言って、壁にかかっている時計売買の許可証を指すと、シリルは考えるそぶりを見せた。


 許可証は職人ギルドから発行されているものだ。テオドールの場合は持ち込まれた時計を買い取ることは少ないが、今回のように持っておくと役に立つこともある。


「じゃあ新調しようかな」


 あまり間を置かずにシリルが言った。


「それ、嫌な思い出しかなかったから。手放す理由なんて、なんでも良かったんです」


 シリルは用意した時計の中から一番安いものを選び、差額を払った。


「どうも。公爵から仕事の依頼があれば、また来ます」


 しばらく動きは無いと思いますよ――そう言い残して、シリルは工房を出ていった。


 改めて時計を見たが、やはり珍しくない量産品だった。女性から男性への贈り物として、一時期に流行したものだ。

 蓋の内側には言葉が刻印されている。


 ――特別なあなたへ、か。


 一見すると愛を伝える意味に読み取れる。だが心からの愛を表すには足りない。むしろ本気ではない相手を繋ぎとめておきたい時に使う、便利なセリフのようだった。


 思い出したくない記憶ごと、品物を手放す客は定期的に来る。シリルもその一人だったというだけだ。


 テオドールは深入りしないと決めて、時計の表面を磨いた。言葉を刻んだものは売れにくいが、名前入りでなければいいという客もいる。もし売れなかったとしても、内部のオーブメントは交換用の部品として再利用すればいい。


 磨き終えた時計は、売れた時計が入っていた引き出しへ入れておいた。


 ――クレアにも伝えておくか。


 王国の動向ぐらいは教えてもいいだろう。ジェラールがわざわざシリルを通じてテオドールに教えてきたのだ。漏れて困る情報だったなら、最初から接触してこない。


 伝えるのは無関係なフェルが不在の時だ。秘密を知る人間は、少ないほうがいい。二人きりになったとき、世間話のついでに伝える程度でいいだろう。


「世間話……」


 クレアの興味を引く内容はなんだろうかと考えると同時に、魔力のことを思い出してしまった。


 今まで相性が悪かった経験ばかりしてきたせいか、衝撃的な出会いだった。クレアが近くにいると変に意識してしまって、二人だけで会話をしなくても済む方法を探してしまう。


 ――何やってるんだか。


 年下相手に幼稚な振る舞いをしてどうするのか。


 酔った勢いで告白してきた相手に、その気になりかけている。一緒にいても不快ではないどころか、居心地がいいと気がついた直後だから、なおさら率直な言葉が効いた。


 クレアはあの日のことを覚えていない。隠しておくことが、こんなにも辛いとは思わなかった。


 護衛としての最適解は、感情移入をしないこと。この国で生活したいなら、ジェラールを敵に回すことは避けるべきだ。だからクレアのことは仕事と割り切って、距離を保ったまま別れないといけない。


 厄介なのは、そんな現状に反抗しようとする己の心だ。仕事以外の理由で、一緒にいられるように行動したくなる。


 一人で突っ走って自滅しないように――テオドールは改めて己を戒めた。

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