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底辺ランドリーメイドが幸せになるまで  作者: 佐倉 百


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34 唐突な訪問

 雑に降ろされ、クレアは息が詰まった。

 視界は真っ暗なままだ。体は荒い布に包まれて身動きがしにくい。

 誰かがすすり泣く声がする。話し声もしていたが、低くて聞き取れなかった。


 クレアは自分の状況を察して、後悔していた。テオドールたちはクレアを守ってくれていたのに、自分から台無しにしてしまった。


 庭のすぐ近くで、幼い子供が転んで無視できなかった。付近に近所の人はいない。親を呼ぶ声に、子供の頃の自分を重ねてしまった。


 子供の顔は知っている。近所だから大丈夫だろうと、敷地の外へ出たのは間違っていた。テオドールたちを呼ぶべきだったのだ。もしくは子供を連れて工房へ行くべきだった。

 自分にもできると思い上がって、失敗する前に。


 声が近づいてきた。体を転がされ、布から解放される。布の正体は大きな袋だったらしい。


 クレアの目の前に現れた男たちが、何かを喋っている。どうやらクレアに話しかけているようだが、意味を聞き取れない。男は諦めたようにため息をついた。


「これ――無駄か――? 次の――」


 クレアはようやく、男たちが喋っているのは王国の言葉だと気がついた。半年以上、ずっと帝国語を聞いて使っていたせいで、思考がついていけなかったらしい。

 男たちは話しかけても反応が薄いクレアのことを、帝国人だと思ったようだ。


「どうする?」

「一応、調べておかないと……」


 一人の男が金貨のようなものを近づけてきた。クレアの額に押し当てると、淡く発光する。


「この反応って……おい、当たりかもしれん。あの人を呼んでこい」

「時間がかかるぞ。今は郊外へ行っているはず」

「もう一度、縛って転がしておけ。伝令は誰が行く?」


 クレアの近くにいた男が、縄を手に背後へ回った。


「動くなよ――って、言っても分からんよな」


 男はクレアの両腕を後ろへ誘導し、手首を縛る。簡単に解けないように固く結ばれ、締め付けられた手首に痛みが走った。


 拘束されている間、クレアは室内の様子を眺めていた。自分の他に連れてこられたらしい、二人の女性がいる。一人は静かに泣いていて、もう一人は恐怖で震えていた。


 男たちが泣いているほうを縛ろうとすると、泣き声が叫びに変わった。慌てた男が女性の口に布を押し当て、声が出ないようにした。数人がかりで縛られた女性はなおも暴れようとしていたが、男が何かを振りかけると目を閉じてそのまま眠ってしまった。


「だから来たくなかったんだよ……」


 道具を使った男がため息をついた。


「外国の女を誘拐してこいとか、宮廷魔術師の考えることは分からん」

「おい、誰かに聞かれたらどうするんだよ」

「どうせここには言葉が通じない女しかいないだろ」


 クレアが大人しくしていることに、男たちは安堵した様子だった。口元を覆う布を巻かれたが、暴れた女性と比べると力加減が優しく感じる。クレアたちを誘拐して監禁しておくのは、彼らの意に沿わないのだろうか。


 男たちが部屋を出ていってすぐ、クレアは縄が解けないか試してみた。しばらく動かしてみても、結び目は弛まない。それどころかますます固くなるようだった。口は上から布で覆っているだけだ。膝に何度か擦りつけていると、結び目はそのままに首元まで落ちてきた。


 室内は薄暗い。窓は木製の鎧戸が閉められていたが、割れたところから明るい日差しが入ってくる。窓の下には割れたガラスが落ちていた。長い間、修理されないまま放置しているのだろう。雨水が侵入したと思われる箇所が黒ずんでいた。


 あまり手入れをしていない部屋のようだ。床は埃が堆積して、足跡がはっきりと残っていた。男たちは別の部屋で寝泊まりをしているのだろう。寝具はもとより荷物もない。


 クレアは時間をかけて立ち上がった。両手が使えないのは不便だ。窓辺に近づき、割れたガラスを後ろ手で拾う。なるべく長い形のものを選び、縄に擦りつけた。


 少しずつ縄がちぎれていく感覚がする。途中で脆くなったガラスが割れて交換することになったが、クレアは自力で拘束を解くことに成功した。


 ――ここから、どうしよう。


 一緒に捕まっている女性も助けてあげたいが、一人は眠らされている。もう一人はただ怯えているだけで、会話にならない。彼女たちと逃げるには、ただ声をかけるだけでは駄目だ。


 男たちが出入りしていた扉は、外から鍵がかかっていた。ドアノブは普通に動くが、扉は少し開けたところで動かなくなる。


 他に脱出できそうなのは窓だけだ。ガラスが抜けている窓を開け、鎧戸に手をかけた。鎧戸を窓枠に固定している金具が、雨で錆びついてしまっている。強引に動かすと、金具ごと鎧戸から取れた。


「ご、ごめんなさい……」


 クレアは取れてしまった金具を床に置いた。


 申し訳ない気持ちで鎧戸を開け、窓から脱出できるだろうかと外を見たが、すぐに諦めた。地面が遠い。下にある窓の数で判断すると、この部屋は四階にあるらしい。


 クレアが窓から離れてすぐ、強い風が吹きつけてきた。閉まりかけた鎧戸を、外から入ってきた誰かが掴んで止める。人の身体能力では四階まで跳躍などできないと思っていたクレアは、突然の訪問に驚いた。


「クレア」


 混乱しかけたクレアに向かって、聞きたかった声がした。目から下を布で覆い、体型を隠すように外套を着ているが、自分を呼ぶ声は聞き間違えようがない。


「リ……リヒターさん?」

「遅くなってすまない」

「どうやって、この高さまで?」


 身軽に窓枠を乗り越え、室内へ入ってきたテオドールは、埃っぽい室内を見まわした。


「魔術で」

「そんなことができるんですね」

「できれば、誰にも言わないでくれ。犯罪に使っていると思われる」

「分かりました。誰にも言いません」

「窓を開けてくれて助かった」


 テオドールがクレアの手首についた傷に気がついた。


「大丈夫です。これぐらいなら、すぐに治りますから」

「他は? 怪我してないか?」

「特にありません。運ばれる時に、少しお腹が痛かったぐらいです」


 袖で傷を隠すと、もう一度、謝罪されてしまった。謝るべきなのは、勝手なことをしたクレアのほうだ。

 部屋の外が賑やかになった。争っているような物音が近づいてくる。


「衛兵に誘拐犯がいると通報した。今のうちに逃げるぞ」

「あの二人は」


 拘束されたままの女性が心配だ。


「衛兵が保護してくれる。ここにクレアがいるほうが、色々とまずい」


 テオドールは落ちている縄を拾った。クレアがいた痕跡を完全に隠すつもりらしい。


「帰るぞ」


 やや強引に肩を抱き寄せられた。来た時のように窓から出ていくと思ったクレアは、咄嗟にテオドールの上着を掴む。


「心配しなくても、窓から飛び降りたりしない」


 優しく笑われた気がする。

 周囲に霧が満ちたように白くぼやけ、すぐに視界が開けた。薄暗い室内にいた反動か、明るさに目が眩む。埃っぽい空気から解放されて、呼吸が楽になった。


 いつもの庭に戻ってきた。誘拐されてだいぶ時間が経ったように感じていたが、日はまだ高い位置にある。

 クレアはテオドールから離れた。


「すいません。私が軽率だったせいで、こんなことになって……」


 一人で外へ出るなと言われていた。危険な目に遭ったのはクレアのせいだ。自分を助けるために、テオドールに犯罪まがいのことをさせてしまった。


「……リコから経緯は聞いた。誘拐を防げなかったのは、俺のせいでもある。無事だったんだから気にするな」


 優しい言いかたが心に刺さる。いっそのこと叱責されたほうが楽だったかもしれない。

 庭に現れたクレアたちに気がついたのだろう。裏口を開ける前に、中から近所に住む女性が飛び出してきた。


「クレア!」

「ソーニャさん?」


 子供はどうしたのと聞く前に、クレアはソーニャに抱きつかれた。


「ごめんね。私、目の前であなたが連れ去られたのに、何もできなくて」

「ソーニャさんたちに怪我がなくて良かった」

「腰が抜けて動けなかったの。でもそんなこと、言い訳にしかならないよね。ごめんね。怖かったよね」


 ソーニャは泣きたいのを堪える顔で、クレアの手を引いた。


「あら、怪我をしているの? 大変! 手当は任せて!」

「でも、少し皮がむけたぐらいで……」

「ダメよ! ちゃんと治さないと跡が残るんだから!」


 勢いに流されて家の中に入ったクレアに、テオドールが背後から声をかけた。


「手当てが済んだら、クレアは休暇だ」

「休暇、ですか?」

「その手で仕事をするつもりか?」


 家の中で待っていたフェルが、傷薬や包帯を戸棚から出してテーブルに置いていた。ソーニャはクレアをイスに座らせる。


 明るいところで見た自分の手には、血がにじんでいた。ガラスで縄を切ることに夢中で、手を守るなんて考えていなかった。


 クレアが手当てをしてもらっている間、テオドールとフェルはキッチンで何かを作っていた。包帯を巻き終わるころになると、甘い香りがしてくる。


「クレアさん。これあげる」


 治療が終わるところを見計らって、フェルが小皿をテーブルに置いた。オレンジの皮を砂糖漬けにした、古くからあるお菓子だ。強い甘みと爽やかな香りが特徴的で、根強い人気があるらしい。


「ありがとう。わざわざ買ってきてくれたの?」


 家には置いていなかったはずだ。


「僕が自分用に買ってたやつ。これ食べると幸せな気持ちになるから、お裾分け」

「じゃあ大切に食べるね」


 砂糖を使ったものは、王国にいたころは滅多に食べられなかった。ところがスールズでは当たり前のように店先に並んでいる。貿易都市だから豊富な食材が流通しているそうだ。


 ここの暮らしに慣れると、よそへ行ったときに物足りなく感じるだろう。


「クレア」


 今度はテオドールがシナモン入りのミルクティーを持ってきてくれた。テオドールは人数分を用意したらしく、同じものをソーニャたちに配っている。


 フェルが空いていたイスに座り、その近くにテオドールが立った。クレアが交代しようと立ち上がりかけたが、そのまま座っているように止められた。


「水仕事はしばらくできそうにないけど、この二人がいるなら大丈夫そうね」


 ソーニャはミルクティーを飲みつつ、テオドールたちに話を振った。


「そうだな。特に問題はない。クレア、さっきも言ったが明日は休め」

「任せてしまいなさいよ。クレアが来る前は、リヒターさんとフェル君だけで暮らしてたし、一通りの家事は二人がやってくれるわよ」


 迷うクレアに、ソーニャが背中を押すように言った。


「あ……でも洗濯は、その……」


 下着は見られたくない。

 濁した言葉を察したテオドールの表情が強張る。


「えっ洗濯? 大丈夫よ、あたしが手伝うから。リヒターさんのもついでにやってあげようか?」

「いらない。クレアの手伝いだけでいい」

「そうだ! せっかくだから手が濡れない道具、作ってよ」

「俺は便利屋じゃねえぞ」


 ソーニャがうまく誘導してくれたおかげで、微妙な空気にならずに済んだ。

 クレアはようやくミルクティーが入ったカップに口をつけた。多めの砂糖が入っていて甘い。けれど落ち着く味だった。

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