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底辺ランドリーメイドが幸せになるまで  作者: 佐倉 百


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33 動揺2

 リコが案内したのは、表と裏の通りが交差する地点だった。誘拐犯たちはリコを殴って転倒させ、追跡を振り切ったという。表通りでリコに騒がれて、衛兵を呼ばれることを嫌ったようだ。


 裸眼で表通りを観察すると、クレアがつけている護身道具からこぼれた魔力が道しるべのように残っている。

 テオドールはリコに金をいくらか押し付けた。


「案内ご苦労。治療費だ」

「こんなに!? 貰いすぎだって!」


 変なところで律儀な男だ。


「じゃあ情報料ってことにしておけ」


 なおも何かを言うリコを無視し、痕跡を辿る。少し進んだところで、また裏道へと続いていた。追手を警戒するような経路ではない。リコを振り切ったことで安心したのだろうか。素人の犯行に思える。


 誘拐した集団は港がある方向へ向かっていた。そのまま海へ出るのかと思われたが、手前で途切れている。


 ――この場所は。


 船と馬車の積荷が集まってくる地区だ。物流の交差点とも言われており、荷物を宛先ごとに仕分けて運ぶ業者が多く在籍している。下町とは違う種類の気性が荒い者がいるので、治安はあまり良くない。


 テオドールは痕跡が続いている倉庫へと歩いた。入り口には、どこから見ても堅気ではない雰囲気の若者が立っている。若者はテオドールを見つけると、止まるように指示してきた。


 若者の体に魔力が付着しているのだから、誘拐犯の一人に間違いない。


「おい、ここは関係者以外――」


 若者が言い終わる前に、テオドールは彼の腹に蹴りを入れた。

 先手必勝。便利な言葉だ。


 ――犯罪者なら遠慮はいらないな。


 テオドールは体を折り曲げて咳きこむ若者の髪を掴んだ。無理やり上向かせ、視線を合わせる。


「おい。誘拐した女をどこへやった?」

「し……知らねえよ!」

「強気だな。海水浴は好きか? 海獣と一緒に泳げる穴場を知ってるんだが、特別に教えてやるよ」


 若者を倉庫の壁に押しつけ、氷でできたナイフを顔の近くに突き立てる。


「どうした? 顔色が悪いぞ。ああ、寒かったのか。気がつかなくて悪い。じゃあ温めてやるよ。今は機嫌が悪いから、黒焦げになるかもしれないがな」


 氷を消して火を見せてやると、若者が小さな悲鳴をあげた。


「俺は知らないんだって! ここまで運んでこいって命令されただけで、それで」

「それで?」

「言ったら俺が殺される……」

「もったいぶるんじゃねえよ。野郎に焦らされてもムカつくだけだ」


 他の仲間は倉庫の中だろうと予想して、若者の胸ぐらを掴んで出入り口へと向かう。扉は鍵かかかっていた。開けろと命令するのも面倒になり、蹴破って強引に解錠する。粗末な木製の扉は派手な音をたてて内側へ落ちた。


「な、誰だ!?」

「見張り、何やってんだよ!」


 中にいた誘拐犯たちが突然の訪問にざわめいている。

 テオドールは先ほどまで脅していた若者を蹴って、仲間のところへ合流させてあげた。


「何って、ちょっと仲良くオハナシしてただけだよ。そうだよなぁ?」


 若者は涙目で首を横に振っている。彼から仲間に会話の内容を教えてあげてほしかったが、自分から喋る気はないらしい。本当に手間がかかる。


「誘拐した女をどこへやったのか、教えてくれねえかな。できれば、五秒以内に」

「ふざけんな。なんでお前なんかに」


 男たちは示し合わせたようにテオドールを囲んだ。


 テオドールとしては対話で終わらせたかったが、彼らは元気が有り余っているらしく武力での排除を選択してきた。相手の意見を尊重して拳で応じると時間がかかる。今回は魔術で片付けたところ、想像以上に戦意を喪失していた。


「……女たちは倉庫で引き渡して、それっきり知りません。俺らは金で雇われただけで……」


 首領と思われる男が声を震わせて言った。他の仲間たちは遠巻きに首領を見守っている。テオドールがむさ苦しい集団を見ると、一斉に目をそらした。


「女たち?」

「銀髪の若い女を見つけたら攫ってこい、人数に応じて報酬を増やすって言われて」


 さらに、いくつかの集団が誘拐に関わっていると首領が言う。


「引き渡した時の状況は? 女たちに歩かせたのか、それとも箱に詰めて出荷したのか」

「袋に詰めたまま、馬車へ。髪の色を確認するのに、一度だけ袋を開けましたが……」


 ――クレアを見つけたから誘拐したわけじゃない?


 地元に詳しい者を使って条件に合う女性を見つけ、血縁かどうか片っ端から調べるつもりなのだろうか。

 テオドールは懐中時計で時間を確認した。


「お前たち、しばらく寝ててもいいぞ」


 テオドールがそう言うと、誘拐犯たちの表情がうろんになり、床に倒れこんだ。眠らせた男たちの通報は後回しでいいと判断して、倉庫の外へ出た。


 クレアの痕跡がここで途切れているということは、護身道具に追跡の魔術が使われている可能性を考慮して、魔力を遮断してから連れていったのだろう。相手は魔術に一定の理解があると考えていい。


 ――クレア個人を追えないなら、次は。


 虚空へ向かって人ならざるものを呼ぶ。

 招きに応じたのは、王国でも呼んだ黒い塊だ。不定形の体をふるりと震わせ、指示を待っている。

 テオドールは塊を両手で掴み、よく言い聞かせるように優しく言った。


「いいか、今日からお前は犬だ」


 塊が緩やかに揺れ続けている。聞いているのか不明だ。理解しているかどうかは、もっと分からない。手に伝わる感触が気持ち悪かったが、全力で無視した。


 テオドールは塊に知性があると想定して続けた。


「犬は獲物を追う生き物だ。分かるよな? 目標に近づくほど、魔力は濃くなる。お前が追うべき魔力は、これだ」


 クレアの髪留めに使った魔術式を教えてやると、塊から新しい突起が生えた。上部の突起は犬の耳を、下部は足を模しているらしい。左右で大きさが違う耳が動き、黒い塊は街の中へ素早く移動し始めた。

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