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底辺ランドリーメイドが幸せになるまで  作者: 佐倉 百


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27 収穫祭とワイン2

 下町で暮らし始めて、クレアは知っていることと見て体験することは違うのだと理解した。


 屋敷に滞在していたころに、町の運営については少しだけ教えてもらった。領主は領民から税金を徴収して、領地の運営に充てる。知識では知っていても、それがどういう意味なのかまでは理解していなかった。


 働いて得られたお金を税金という形で取り上げられて、不満はないのだろうかと不思議だった。テオドールによると、徴収されている以上に還元されていると感じているから、不満が少ないそうだ。


 傷んだ石畳を綺麗に直すのも、犯罪を犯した者を捕まえる衛兵を養うのも、お金があるからできる。記念日には、無料で劇場や闘技場が開放されることもあるらしい。


 もしブロイ公爵が私欲を優先して領地に還元しなくなったら、領民は声を上げるだろう。封殺される危険性はあるが、金と労働力を差し出す代わりに不満を口にする自由がある。聞いてくれないなら行動して、気づいてもらう。そうする権利を、領民は今代のブロイ公爵から与えられているという。


 黙って従うしかなかった王宮の使用人とは真逆だ。


 王宮で優雅に暮らしていた人々は、生活を支える者に何かを還元していただろうか。死なない程度の生活と、安全は確保されていた。それは労働力に見合う報酬だったのか、クレアは今でもわからない。


 下町での生活は驚きの連続だ。王宮で聞いていた、残虐で排他的な帝国人がいない。近所の人はみな親切で、クレアが知らなかったことを教えてくれる。


 新しくできた店。

 食材を安売りする時間帯。

 帝国の風習に、季節の行事。

 一度に押し寄せる情報が豊富で、圧倒されてしまう。


 気になるのは、情報の速さは職人よりも商人のほうが上ということだ。今ですら溺れそうになっているクレアは、商人の家では働けないだろう。すぐに追いつけなくなって、派遣の契約を切られてしまう。


 ようやく日々の生活に慣れてきたころ、テオドールに護身用具について相談があると告げられた。


「どうせなら見た目にもこだわりたくなった。好みのものはあるか?」


 作業台の上にラフ画が広げられている。可憐な花や蝶に似せたものが多い。アクセサリの完成予定図だと思っていたクレアは、自分のために作られる道具と聞いて耳を疑った。


「ブロイ公爵の依頼なんだよ。安心して暮らせるように作れって。これがあれば、一人でも外出できるようになる、と思う」


 先日の出張は、作成に必要な素材を調達するためだったと、ようやく知った。見せてもらった鱗は、クレアの手とほぼ同じ大きさだ。見る角度を変えると、石鹸の泡のように虹色へと変わる。


 これを手に入れるために、どれほど危険なことをしてきたのだろう。テオドールは何も言わない。袖から少しだけのぞいていた包帯は、出発前にはなかったものだ。


 ――怪我をしたのは、私のせいですか?


 知りたくても聞けない。どう詫びればいいのだろうか。

 クレアはたくさんあるラフ画のうち、一つを指さした。


「これが綺麗で、かわいいですね」


 尖った花びらをした花の絵だ。完成予定図ばかりが並ぶ中で、生花のスケッチがあるのが気になっていた。


「それでいいのか? 単純な形だから、作るのは楽でいいんだが……」

「いいんです。なんの花ですか?」

「名前は知らないんだ。ガキの頃に見かけたのを、息抜きに描いただけだから」


 気候が合わないのか、スールズでは見かけたことがないそうだ。


 花の話題はすぐに終わり、体のどこにつけたいのか希望を聞かれた。鱗が露出していないと効果がないそうなので、なんとなく髪飾りがいいと答えておいた。家事の邪魔にならず、傷をつけてしまう心配もない。


 本業の合間に護身用具を作り始めたテオドールは、楽しそうに見えた。


 道具作りは素材の加工だけでは完成しない。必要な魔術を封じて、ようやく機能するそうだ。道具に魔術を刻むのは繊細な作業なので、集中できる静かな夜に行うのが普通だった。


「テオはさ、作るのが好きなんだよ」


 また夜中に工房にこもっているテオドールを心配していると、同居歴が長いフェルが言った。


「いま持ってる知識と技術を惜しみなく詰めこんで、一つの作品に仕上げたいわけ。苦労して作る行程も楽しいらしいよ。根っからの職人だからさ」


 仕事に追われてやっているのではなく、趣味を兼ねているのだという。


「本人は好きでやってるから、嫌だなんて思ってないよ。いつもあんな感じで、夜は読書とか魔術の研究とか、何かを作ってるからね。よくわかんないけど、一つ完成させると次の糧になるとか言ってたっけ」


 とにかく放置しても大丈夫だと言われ、少しだけ気が楽になった。自分と関わることが負担になってほしくない。クレアの護身道具を作ることが良い経験になるなら、いくらでも利用してほしかった。


 数日後、希望した形の護身用具が完成した。淡いピンク色の金属で縁取られた、デッサン通りの花が咲いている。


 異性に装飾品を渡されることが初めてだからか、心の中がうるさく騒ぐ。感想を言うべきだとわかっていても、押し寄せる感情が邪魔をして言葉が潰れていく。結局、口にできたのは、なんの捻りもない感謝だけだった。


「ありがとうございます」

「攻撃に反応して守ってくれるから、クレアはつけているだけでいい。忘れないでほしいのは、攻撃は防いでくれるが、体に触れるだけなら効果がないことだ」


 刃物を持った強盗には平気でも、スリの被害は防いでくれないそうだ。もし一人で外へ出るなら、人ごみは特に気をつけないといけない。


 さっそく髪につけたが、後頭部だったので自分では見えない。けれど触れると確かにそこにある。ずっとテオドールがそばにいて、守ってもらっているようだ。


 くすぐったい気持ちの中には、一握りだけ不満が隠れている。


 仕事ではなくて個人的な贈り物だったら良かったのに――なんて図々しいのだろうか。与えてもらうことしかできない立場で、普通の関係からはみ出たいと思っている。


 言わなければ伝わらない。言えるわけがない。風化して思い出になるまで、自分の気持ちに気がつかないふりをするだけだ。

 きっとそれが正しい。


「クレア」


 工房から出ようとしたクレアに、テオドールの遠慮がちな声がかけられた。


「もうすぐ収穫祭があるんだが、手伝ってほしいことがある」

「私にできることなら」


 秋にある大きな祭りだと、近所の人に教えてもらったことがある。職人街では地区ごとに交代で運営をすると言っていた。警備だけでなく準備や清掃など、やることが多いらしい。


 祭り自体を知らないクレアに、できることがあるのだろうか。それでも頼ってもらえた嬉しさから、ためらいなく引き受けた。

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