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底辺ランドリーメイドが幸せになるまで  作者: 佐倉 百


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26 収穫祭とワイン

 テオドールから見たクレアは、丁寧に仕事をするという印象だった。


 作業速度は普通だ。人よりも突出した優れたものがない代わりに、目立つ欠点もない。仕事の成果だけを見ると、普通の範疇に収まってしまう。良くも悪くも主張をしないので、彼女が持っている個性に気がつきにくい。


 幅広い範囲に適性がある。もし機械的に評価をするなら、そんな結果になるだろう。


 同居するようになってすぐに、不快さがないと気がついた。自分の生活の中に他人が入ってくると、少なからず抵抗があるものだが、なぜかすぐに馴染んでしまっている。特に仕事が立て込んでいるときに、雑事を片付けてくれるのは助かった。


 朝テオドールが起きると、すでにクレアが起きて朝食を作っている。食事の後は洗濯を始めて、干し終わると住居部分の掃除に取り掛かる。天気が良ければ小さな庭の手入れもしていた。たまに近所の住人と話していることもあり、下町の生活に溶け込んでいる。


 立ちっぱなしでいることは辛いらしく、座って休憩しているところをよく見かける。テオドールは脚が長いイスを買って、キッチンに置いてみた。


 イスを使っても、立っている姿勢と同じように調理台へ手が届く。座ったまま料理ができるから、よければ使ってみてほしいと伝えた。クレアは調理以外では、窓際に移動させて外を眺めていることが多かった。窓辺に飛んでくる小鳥を観察しているらしい。たまにフェルがイスに座って、調理中のクレアと楽しそうに話していることもある。


 庭に置いた空き箱に、猫の親子が寝ているのを見かけた気分だ。思っていた使い方とは違う。だが本人は満足しているようなので、これはこれでいいと思った。


 よく動いて、生活しやすいように配慮してくれるから、助けたくなる。そう思わせるところがあった。


 ――怪我をさせた罪悪感だろうな。


 きっと贖罪の意識がそうさせているのだろうとテオドールは結論づけている。


 近所の住人の反応から、クレアは美人なのだろうと思う。もともと、テオドールはあまり美醜に興味がないので、よほど崩れた顔面でなければ気にならない。むしろ他人を見分ける部品に、一喜一憂する意味がわからなかった。


 興味は薄いが、クレアは綺麗な顔立ちだと思う。


 クレアが魔術で偽っていた髪と瞳は、本来の色に戻っている。傷んでいた髪は手入れをする余裕ができて、艶やかな銀髪になった。王国にいたころは感情が希薄だった顔は、抑圧から解放されてよく笑うようになったと思う。透明感がある濃い青の瞳に浮かんでいた、悲壮な色はもうない。


 明るくなった表情のせいだろうか。彼女が喜んでいると、こちらまで温かい気持ちになる。


 生活は順調だ。あとは王国がクレアを諦めるだけ。


 契約ではテオドールかクレアのどちらかが申し出たら、派遣を終了するとなっていた。ジェラールの周囲から王国の調査員が消えたときが、節目になるだろう。下町に隠れ住む理由がなくなるし、より良い条件で雇用されるところへ行ったほうがいい。


 ――あまり依存しないように気をつけないとな。


 クレアがいると助かる。当然だ。今まで一人で抱えていたものを分担したのだから。


 家の中が居心地がいいのは、そうなるようにクレアが気を使ってくれているから。誰かに家事を任せたことがないから、快適さを知らなかっただけだ。


 使用人の態度を勘違いして、問題を起こした雇用主の醜聞なら、嫌になるほど聞いている。ほとんどのメイドは立場が弱く、傷つけられても泣き寝入りするしかない。だからこそアリアンヌが教育をして派遣したメイドはみな、何かあれば帰ってこいと教えられる。権力者の後ろ盾があれば、まず道具扱いされないだろうという思惑からだ。


 そんな裏側の事情を知っているテオドールは、ことあるごとに持ち込まれる相談を鬱陶しく思っていた。


「テオドールさん、そろそろクレアちゃんを紹介してほしいなあ」

「断る」


 工房を訪れた男の要望を切り捨て、未加工のままだった素材を作業台に乗せた。とある魔獣の鱗で、魔術と非常に相性が悪い。ちょっとした魔術なら弾いてしまう。加工するのは難しいが、その性質が攻撃から身を守る盾になる。暗殺者を差し向けられても、しばらく無傷でいられるはずだ。


 滑らかな鱗は正面から見ると、ガラスのように透き通っていて綺麗だ。角度を変えれば、また違う色が現れる。


「まあそう言わずに。厄介な親戚のことは聞いたけどよ、見つからなきゃいいんだろ? 大丈夫だって。スールズは広いんだから。だからさあ」

「断るって言ってるだろ。お前に紹介するために、派遣してもらったわけじゃないんだぞ」


 選別作業を中断して男を睨むと、相手は肩を震わせて目を逸らした。威嚇しただけで気持ちが萎えるような奴に、公爵家から預かったメイドを渡せるわけがない。


「なんで駄目なんだよ?」


 男――リコはなおも食い下がってくる。彼だけではない。クレアのことが近所に知れ渡ってから、たびたび同様のことで工房を訪れる者が増えた。


 下町育ちの女性は気が強い。気難しく荒々しい職人に囲まれているせいか、絡んでくる男がいても鼻で笑って追い返すところがある。だからクレアのような人当たりが良くて優しい雰囲気の女性は珍しく、興味本位で近づいてくる者が多い。


 敷地から出るときはテオドールかフェルが同行しているから、偶然を装って話しかけることもできない。だから工房へ来て許可を得ようとしては、テオドールに冷たく追い出されている。なかなか知り合いになれない状況は、諦めるどころか逆に意欲をかき立てられるらしい。


 ブロイ公爵家と血縁関係があると知れば、普通の男は諦めて離れていく。だが血筋は絶対に明かせない。


 護衛として防波堤になるもの疲れてきた。そろそろ殴って追い返してもいいだろうか。揃いも揃って頑丈な奴ばかりなのだから、多少の喧嘩では潰れないはずだ。


「別にテオドールさんの彼女ってわけじゃないんだろ?」

「まともに家賃も払えないような、いい加減な奴に惹かれる女がいるとでも? 苦労するのが目に見えてんのに紹介したら、俺が恨まれるわ」

「い……いや、それは」


 リコの勢いが明らかに落ちた。


 クレアには説明していないが、テオドールが所有している物件は工房だけではない。一階に工房を有する、この建物全体が所有物件だ。三階から最上階は賃貸として貸し出している。リコはそのうちの一室を借りて住んでいた。


「まずは滞納してる二ヶ月分、しっかり払え。話はそれからだ」


 渋々、リコが財布を出し、カウンタに金を置いた。金額を確認したテオドールは、賃貸用の帳簿を引っ張り出して記入した。


「金があるなら、最初から素直に払え」

「いやぁ一度払うのを忘れると、こう、今じゃなくてもいいかなって」

「いいわけあるか。追いだすぞ」


 入居希望はいくらでもいるんだからなと伝えると、リコは情けない声を出した。


「お前一人が出て行っても俺は困らん。この辺りは中心街が近くて人気だからな。空き部屋はないかって、昨日も問い合わせがあったところだ」

「い、嫌だな。テオドールさん。これからはちゃんと払うからさあ」

「理解したら、さっさと仕事に行って稼いでこい。お前が払う家賃がクレアの給料になるんだよ」

「それを早く言ってくれよ!」


 工房から追い出す理由を適当に言っただけだったが、効果はあったようだ。リコはご機嫌で扉へ向かう。


「あ、忘れるところだった」


 出ていく間際でリコが振り返った。


「テオドールさん、次の祭りのこと、聞いた? 今年はうちの地区が担当だからさ、今週末に会合して準備を始めるって」


 返事を聞かずにリコは出ていった。閉まる扉につけたベルが、からりと音をたてる。

 すっかり忘れていた。

 テオドールは鱗を持ったまま、時間が欲しいと切に願った。

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