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底辺ランドリーメイドが幸せになるまで  作者: 佐倉 百


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24 変わっていく関係

 テオドールがいない間も、あまり生活は変わらなかった。フェルがいるので孤独も感じない。ただ工房に明かりがついていないことが、少し寂しかった。


 クレアは表向き、アリアンヌのところから派遣されたメイドという扱いだ。アリアンヌには報告の手紙を出すことになっているし、定期的に面会をして雇用状況を確認される。もし面会時に待遇が悪いと訴えたなら、派遣先へ帰ることなく、そのままアリアンヌに保護される。クレアだけでなく、彼女のもとで働いている全てのメイドが保護対象だ。


 面会の日になると、工房の前まで馬車が迎えにきた。御者はいつもテオドールを送迎している男性らしく、フェルが顔見知りだと教えてくれた。


 さらに馬車の扉を開けて出てきたのは、アリアンヌの秘書ではなくフラヴィだった。迎えの馬車が誘拐犯かどうか疑わなくてもいいように、配慮してくれたのだろう。


 屋敷に到着するまで、ずっとフラヴィと話していたので、移動時間が短く感じた。彼女は馬車がお気に入りの店や劇場に近づくと、仕事じゃなければ寄ったのにと悔しそうにしていた。フラヴィと遊びにいくことになったら、きっと一日では足りない。そんな予感がする。


 アリアンヌは出会った時と同じように、優雅な笑顔で出迎えてくれた。


「さてクレアさん。外での仕事はどう?」

「とても穏やかに過ごしております。近所の方々も親切にしていただいて、仕事で派遣されていることを忘れてしまいそうです」

「元気そうで良かったわ」


 満足そうなアリアンヌは、じっとクレアの顔を見つめた。


「表情もだいぶ良くなったわね。ここへ来たころとは別人みたいよ。いい人でも見つかったの?」

「そ……そういう人は、まだ……」


 声が次第に小さくなっていく。隠していたことを見つけられてしまったような、恥ずかしさと気まずさだ。顔に熱が集まるのが自分でもわかった。


 狼狽えて黙ってしまったクレアを、アリアンヌは微笑ましく見守っている。


「もし今とは違う未来へ進みたくなったら、相談してね。ここで教育を受けた子は、私の子供のようなもの。子供は親に遠慮しては駄目よ。傷ついたときは、いつでも帰っていらっしゃい」


 アリアンヌの言葉は、包み込む優しさが溢れていた。余韻がしばらく頭の中に響いて、夢を見ているようだった。


 帰りの馬車に揺られながら、クレアはどうしてテオドールのことを思い出したのだろうかと考えていた。

 相手は雇用主で、自分は住み込みのメイドだ。ずっとこの関係が続くわけがない。いつかクレアが出ていく日が来て、お互いを忘れてしまう。それが普通だ。


 いま自分が使っているキッチンは、知らない女性が使うことになるのだろう。もしその時が来たら、遠く離れたところで就職できるよう、アリアンヌに願いしてみようとクレアは決めた。


 遠いところにある町なら、うっかり幸せそうな光景に出くわすこともない。昔の思い出にして、綺麗な心のまま忘れられる。


 馬車が工房の前に到着した。預かっている鍵を出して、扉に差し込んだ。重い音がして鍵が開く。御者はクレアが工房の中へ入ったことを確認してから、馬を走らせて帰っていった。




 ***




 予定よりも早く用事が片付いた。テオドールは重くなったカバンを担ぎ、帰路を急いだ。


 連日、夜遅くまで仕事を片付けていた影響で、睡眠時間が足りていない。早く帰れば、その分だけ休める。体が求めている要求に逆らってまで、外にいる理由はなかった。


 カバンの中に入っている素材が、歩くたびに涼やかな音をたてている。魔獣から剥ぎ取った鱗だ。魔術が効きにくい相手なので討伐には手間取ったものの、サーベル一本を犠牲にしただけで済んだのは幸運だった。


 ――残りの部位も高額で取引できたし、ブロイ卿から費用を前借りしなくても済みそうだな。


 ジェラールからの依頼でクレア専用の護身用具を作るために、どうしても必要な素材があった。専門店で購入することも可能だが、希少性が高く高額で売買されている。ジェラールなら必要経費ぐらいは払ってくれる。だが店にあったのは求めている品質には遠く及ばないものばかりだったので、自分で調達することにした。


 素材は全てそろった。道具に刻む魔術の構築も完成している。残る問題は、どんな見た目にするかという点だけだ。依頼主の性格を考えると、女性に似合う見た目がいいと言うだろう。


 ――派手なのは好きじゃなさそうだな。


 クレアの服装を思い出しながら、テオドールは外観の構想を練っていた。護身用具として売られているもののうち、最も多いのが指輪型だ。だが普段のクレアの行動を考えると、家事の邪魔になりそうなので決めかねていた。


 今までの依頼では、指輪を除けば万年筆や懐中時計に偽装した、男性向けのものばかりだった。女性が好みそうなものを作れる自信がない。


 一緒に暮らしてみてわかったことだが、クレアなら必要性を説明すれば納得して身につけてくれるだろう。テオドールが言うことを疑っていないところがある。


 ――流行りのデザインぐらいは調べておくか?


 相手の素直さに甘えて、地味で野暮な粗悪品を渡すのは、職人として許せなかった。やはり使う本人の好みを反映させるのが無難だろう。ラフ画ができたらクレアに事情を話して見てもらおうと決めた。一人で悩んでいたら、いつまで経っても完成しない。


 考え事をしながら歩いていたせいだろう。裏通りから自宅の庭が見えるころになって、連絡を入れる約束をしていたと思い出した。誰かに帰宅時間を知らせるなど、したことがなかった。


 ――言い訳を考えてる場合じゃねえな。


 もう裏口まで来てしまったのだ。正直に謝るほうが早い。

 鍵を開けて入ると、家の中は誰もいなかった。無人のキッチンやリビングなど珍しくないはずなのに、在るべきものが消えてしまったような物足りなさを感じる。


 クレアがいる生活が当たり前になっていた。

 他人から押し付けられた仕事だったはずだ。

 いつの間に、悪くないと思っていたのだろうか。


 そんな己の内面に気がついて、胸のあたりがざわついた。感情がうまく言葉にならず、霧散していく。


「あれ? 帰ってきたの?」


 開けっぱなしだった裏口から、フェルが入ってきた。野菜を詰めたカゴを両手に抱え、重そうな足取りでテーブルに置く。


「連絡するって言ってなかった?」

「忘れてた。それは?」

「近所の人からの差し入れ。クレアさんにどうぞ、だって」

「お前一人か?」

「クレアさんなら、アリアンヌ様のところに行ってる。いつもテオがお世話になってる御者の人が迎えに来てたよ。クレアさんの知り合いっていうメイドが一緒だったから、特に警戒しなかったけど」

「ああ、あれか」


 定期的に屋敷へ呼ばれると聞いていた。今日がその日だったと思い出せないくらい、体が疲れているようだ。


 手に入れた素材をカバンごと工房へ運んだ。下準備ぐらいは今日中に済ませておこうか迷っていると、外に見覚えがある馬車が停まった。中から降りてきたクレアが御者に礼を言い、工房の鍵を開ける。


「リヒターさん!」


 目が合ったクレアは驚いていたが、すぐに笑顔を浮かべた。


「お帰りなさい。早かったんですね」

「運よく目的のものが見つかったんだ。その……連絡するのを忘れて、すまない」

「いいんです、それぐらい。ご無事で何よりです」


 謝罪をあっさりと受け入れたクレアは、棚に触れないよう工房の中をゆっくり歩いた。


「休憩なさいますか? アリアンヌ様から茶葉をいただいたんです」

「……そうだな。時間もちょうどいいし」


 急いで作って、素材を駄目にすると困る。今日ぐらいは休んでも許されるだろう。


 クレアの提案でキッチンへ向かおうとしたテオドールは、ふと思い立って彼女の名を呼んだ。前を歩いていたクレアが、返事をして振り返る。


「はい」

「定期報告で屋敷へ呼ばれてたらしいな。おかえり」

「ただいま戻りました」


 照れくさそうに答えるクレアに、こちらまでくすぐったい気持ちになってきた。

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